奴隷の悪魔と2人の雇われ悪魔 4

 タケルの持つ固有スキル《吸収》は、本来ならスライムなら衝撃、炎系モンスターなら熱といったように、その生物に適した対象に対して友好的なスキルである。

しかしそんなスキルを人間が持ってところで、良くて魔力の吸収しかできない。

それも相当集中して相手の魔力の動きを掴み、かつ接触しなければ一切効果を発揮することができないという所謂ハズレスキルであった。


そんなものをこの世界への転生時に女神から授かった。

他の転生者からもこの世界の住人からもバカにされてきたが、ある日、強力なモンスターに襲われ命の危機となった時にスキルが進化した。

それは相手の『命』を吸収するというものであった。


この日から、タケルは下克上の道を歩んできた。

触れれば最後の最強スキルと化したスキル《吸収》の力によって様々な強敵を打ち倒してきた。

相手の防御も気もスキルも関係無い。ただただ相手の生命エネルギーを吸収し、自分のものとすることで炊ける自身もどんどんと強くなっていった。


強い者の元には人が集まる。そうして沢山の仲間もできた。

そうした中で会ったのがアースブルム王国時期国王候補であるエイス王女であった。


彼女は貧しく立場の低い者だろうと誰に対しても平等に接し、冒険者に対しても毎日労いの言葉をかけていた。

そんな彼女を国中の人々が支持した。

一部の王子派を除いて…


俺は彼女から告白されていた。

俺はそれを承諾した。

俺は彼女を生涯かけて守ると誓った。


しかし彼女は王国はの手にかかり、事故死に見せかけて奴隷に身を落とされてしまった。

俺たちギルド一同血眼になって探し、ついに所在を見つけた。

そして今日、隣国へと輸送されると話を聞きつけこうして多くの者が集まった。


しかし多くの者の命が失われてしまった…

だがここで彼女を助け出すことができなければ、アースブルムは王子派による悪政によって多くの人々が苦しむことになる。

それに何よりも、俺自身が彼女を守ると誓った約束を果たすため。


今ここで、絶対に負けない!!










「ガキが粋がるんじゃねえ…!」




タケルの身体を悪魔ごと塩が覆い包んだ。

少しの隙間なく覆われ、逃げ場がなくなった。


「!?何をする気だ!!」


「どんな手品使ってるかは知らんが…」


自分たちを取り囲む球状の塩の壁が徐々に迫ってくる。


「てめえの願望が、希望がどれだけ大きかろうが関係ねえ…」


「くっ…!」


タケルはスキル《吸収》の力を強めた。

しかし悪魔にひるんだ様子は一切なかった。


「なっ…人間の致死量は軽く超えてるぞ…!」


手に持った短剣を悪魔の背中に何度も突き刺すが、迫り来る塩の壁は一切に速度を落とさない。


「俺の欲望の方がお前の欲望より強かった、それだけだ」


ソルは背後のタケルへと視線を向けた。


「俺の野望はな…この世の大地全てを塩で覆い尽くすことだ」


ニタリ


塩の悪魔が笑った。


タケルはその笑みを見たとき、背筋が凍った。

今まで悪意に満ちた笑顔を幾度となく目にしてきた。

蔑み、嘲笑、嘘をついた者特有の濁った笑顔…

しかし、今目にしているこの笑みはそのどれとも違う。


一切の悪意も濁りも無い、ただただ自分が夢が叶うのが楽しみでならない、まるで子供の様な笑い方。

そして一つ目の視線はもはや自分には向けられていなかった。

タケルという男が一切眼中に無い様であった。




「塩害上等…」


一気に塩の壁が迫ってきた。

タケルは手に持った短剣を捨て逃げようとしたが後の祭りであった。


大量の塩に包まれる…





「《獄殺塩責め_水難_》」








悪魔と少年を覆っていた塩が浮力を失い、あたりに広がる。


そこに立っていたのは塩の悪魔ただ一人。

その足元には押しつぶされカラカラに干からびた人だったものが転がっていた。


「あー…しんどいわー…」


ソルが見えないが存在する口にタバコを咥え、火をつけようとズボンのポッケを弄るが、そこにあるはずのライターが無かった。

舌打ちをしてタバコをしまおうとすると、目の前に火が差し出された。

それはスレイバーが愛用しているジッポの火だった。


「…サンキュ」


「お疲れ…刺された怪我は大丈夫かい?」


「ああ、とっさに身体を塩化させた…流石に一撃目は防げなかったが内臓にゃ傷はついてない…はず」


確かにソルの背中には刺された傷と血が付いていたが、他に目立った外傷はなかった。


「けどコレをやると体の水分をごっそり持ってかれるんだよなあ…」


「それなら馬車の中で休んでいるといい。もうここも安全だろう」


「いや、まだ連中の援軍か別部隊がいるかもしれねえ」


ソルはそう言うと、タバコの煙を吐いた。


「それならここで馬車の見張りをしてくれ給え」


スレイバーは曇天の悪魔クードが戦っている方向へと歩き出した。


「指図すんな」


ソルがそう返すと、スレイバーは振り返った。


「私は君の雇用主だ、死なれては困るのだよ」





「この後の護衛が減ってしまう」









 辺りを黒い煙の様なものが覆っていた。


そこかしこから冒険者の叫び声が聞こえてくる。

それと同時に打撃音や衝突音が響く。

特にその音は、悪魔と戦っているであろうSランク冒険者レオンのいる方向から多く大きく激しく聞こえてきた。



「クッソ!何処にいやがる!」


レオンは苦戦を強いられていた。

レオンの持つ短剣はよくいる長剣・短剣使いよりも早く小回りも効く。

重装備の相手に対して振りに思われるかことも多いが、相手の鎧のつなぎ目を狙い、動きが鈍ったところを急所を狙って仕留める戦いなどによってほぼ弱点はないものと思っていた。

しかしここにきて全近接職に対しての圧倒的優位性を保つ相手が現れた。


実体を持たぬ不定形型の敵であった。


いくら剣で切ろうとも一切のダメージが通らない。

そうしてもたついている間に周りの煙…雲から攻撃が飛んでくる。

それは拳や足の形をしていた。


魔法で攻撃しようにも、敵が雲を放出してこの場を覆い、それに戸惑っているうちに真っ先に狙われて、魔法色は全員頭の骨を砕かれ絶命した。


…ただ一人を除いて。



「エンチャント!」



レオンの持つ双剣が炎に包まれる。

そしてその場でそう剣を振るい、一回転すると、レオンの周りの雲が晴れていった。


「やっぱりそうか…雲なら炎が弱点じゃねえかって思ったんだよな!」


雲が晴れると、その熱風を受けるようにして、曇天の悪魔クードが立っていた。


「…」


「弱点がバレて驚いている…ってわけじゃなさそうだな」


レオンは双剣を構えた。


「ま、とにかくおっ始めるか?」


レオンが悪魔に声をかけると、悪魔は手を空へと向けた。


「…あいにくこれは喧嘩でも決闘でもない」


雨が降り始めた。


「ただの”仕事”、だ」


天に掲げた腕を勢いよく前方にいるレオンへ向けて振り下ろした。








腕が宙をまった。


レオンはそれを見て、親指が左側についているから左腕だと考えていた。

一体誰の腕か?


それは双剣を持ったレオンの腕だった。


「な…!?」


腕が地面に落ちると同時にレオンは悪魔から距離をとった。

一体どんな攻撃をどこから放ってきたのか…


「!」


レオンは上空に目を向けた。


天を覆う黒い雲から槍の雨が降り注いでいた。


それは水でできた人の背丈ほどもある槍だった。

その槍がレオンの左腕を貫いたのだった。


最初の一撃を皮切りに、上空から一気に無数の槍が降り注いだ。

槍は次々と冒険者たちを貫いていった。

それはレオンも同じことだった。

レオンにも槍が次々と降り注いだ。


それを寸前で避け続けるが、左手を失い感覚が狂いその上大量の出血で意識も朦朧としていた。

それでも全ての槍を避けきった。

しかし周りを見てみれば立っている者は自分と目の前の悪魔、そしてわずかに残った軽傷者のみだった。

大量の血が流れ、戦いの場は混沌としていた。


レオンも瀕死の息だ。

それでも立っていられるのは、依頼を達成するという固い意思か冒険者としての意地か。


「ぐ…広範囲制圧型の水魔法…」


「魔法ではない」


もはや勝負は決していた。


「俺は雲を操る」


周囲の雲が動き出した。

雲は徐々に厚みを増し、悪魔とレオンを取り囲んだ。

そこはさしずめ台風の目、それもハリケーンの中心のようであった。

そしてその雲の壁の内部に徐々に光が広がりだした。


「ここまでの健闘を讃えよう」


エネルギーが高まっていく。


「さらばだ、冒険者達よ」


光がひときわ強くなった瞬間、円の中心をいくつもの雷が駆け巡った。

そのまま雲の中へと向かった雷は雲の中の冒険者達を貫いた。

貫かれた冒険者達は全身が焼け焦げ、崩れ落ちた。


貫いた雷は徐々に中心へと収束していき、悪魔とレオンの上空へと駆け上がった。


空を一際大きな光が照らした。




「《唸る雷》」







爆音が森の中に鳴り響く。


後の中心部にはクレーターが、その側には真っ黒に焼け焦げたSランク冒険者の成れの果てが、肉の焦げた匂いを立ち上らせながら、倒れていた。



もはやこの場に生き残った人間は誰一人として存在していなかった。



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