異世界巨大迷宮攻略大作戦 part 11

 今僕の目の前では到底理解できないような状況となっていた。


あの目玉頭の男の魔法。

それによって呼び出されたのは、巨大な人形だった。

赤ん坊のようにふっくらとした頬に無垢そうな表情。

肌には人間のような質感はなくツルツルとしていた。

花の模様のワンピースを着ており、ブロンドの髪とワンピースの裾がヒラヒラと揺れていた。


しかしそこには可愛げなどは微塵もない。

何故なら、その人形はこの広間の天井に到達しそうな程に巨大だったからだ。

僕の召喚したドラゴンも巨大な姿をしていたが、目の前の人形はそのドラゴンよりも威圧的で、空中に浮かぶ僕とドラゴンを見下ろしていた。


「この魔法の能力は三つだ」


男は指を顔の横に3本立てた。


「一つは”おもちゃ”に対する破壊力、耐久性の向上」


指を一本、薬指を折りたたむ。


「二つ目は”おもちゃ”に合わせての自信のサイズ変更の可能」


中指を折りたたむ。


「三つ目、こいつが遊び道具と認識できたものは全て”おもちゃ”となる」


最後に人差し指を折り畳んだ。

それと同時に男は両手をズボンのポケットに入れ、一言言い放った。


「やれ」


その言葉を合図に巨大な人形が動き出した。

僕はその人形の動きを観察した。

過去に人形遣いという職業を見たことがあり、その技術力の高さに驚かされたことがあったからだ。

人間そっくりの動きや、人間では到底できないような関節などの体の動き。

もし目の前の人形にこれらの能力が備わっていたとなれば、とてつもない脅威となる。


しかし観察してみると、どうやらあの人形は肩と首の部分しか動かないようで、ぎこちない動きをしている。

おまけに動きも遅いようで、ドラゴンに向かって歩いてきているが、それは簡単に逃げられそうなほど遅い。

これならば被害も少なく倒すことができるだろう。


問題は人形の強度だが、こればっかりは試してみるしかない。

僕はドラゴンへと指示を出す。

もちろん私事は声に出すことなく、頭の中で考えるだけで僕はドラゴンを自由自在に操ることができる。

ドラゴンへと出した命令は、ブレス攻撃だ。


「『塵芥の雷火』!!」


ドラゴンが口を大きく広げ、その喉の奥から眩しい光が溢れ出す。

そして一瞬の瞬きにも満たない時間でブレスが発射される。

発射と同時に巨大な人形の頭へとブレスが着弾。

大爆発が起き、あたりは黒い煙に包まれる。

人形の体は炎に覆われた。


これは炎と雷の二つの属性の合わさったブレス攻撃だ。

雷の速度と炎の燃焼が合わさり、ブレスが放たれた後には何も残らない。

まさに全てを塵芥にする破壊力を持っている。


さて、このブレスを喰らってどのくらい残っているかな?

頭は消し飛んだとして、胴体が原型を留めていたとすればなかなかの強度を持っていることになる。

決して手を抜くことなどしない。

確実に殺す。


しかしそこには僕の予想を遥かに超える結果が残っていた。


「無傷…だと…!?」


人形は、ブレスを喰らう前と何一つ変わらない姿形でそこに立っていた。

ブレスの着弾した部分は黒くなっているが、そこに人形のダメージは全く見えない。

どうなっている!?


「聞いてなかったのか?こいつはそう簡単には壊れねえよ」


声の聞こえた方へと顔を向けると、そこにいた男はチッチと舌打ちをしながら首を横に振っていた。


「それにお前の蜥蜴を見てみろよ。そいつはとっくに俺の魔法の効力を受けてるぜ?」


僕はドラゴンの方へと顔を向ける。


しかしそこにドラゴンはいなかった。

その代わり、そこには安っぽい蛇のおもちゃが空を飛んでいた。


「な…!?」


それはいくつかの筒状のものがネジのようなもので接続されて作られた胴体に、飛び出た目玉のふざけた顔をしたドラゴンの頭。

手は凝ってしまったかのように固まってしまい、羽根はもはや紙のような薄いものが代わりといった具合で胴体にくっつけられていた。


それの色や形状は確かに僕の作り出したドラゴンとそっくりだ。

しかしもはやみる影も内姿となっている。

まるで王都にでも売っているような、おもちゃのドラゴンとなってしまっていた。


「ぼ、僕のドラゴンが…!」


頭が真っ白になっていると、おもちゃのドラゴンの首にあたる部分を巨大な腕が掴んだ。

そのままドラゴンが空中で振り回される。

僕がドラゴンの姿に気を取られている間に、人形が接近していたようだ。


首を掴まれたドラゴンは体を壁や床に何度もぶつけられる。

その度に凄まじい衝撃が広間を揺らし、轟音が鳴り響いた。


(く…このままではまずい!)


僕は脳内からドラゴンに指示を出す。


(防御しろ!)


その指示を出すと同時にドラゴンの魔力が昂る。

その魔力は炎と雷へと変換され、ドラゴンの身を包んだ。

これぞまさに炎雷の衣!

これで不用意に触ることなんてできない!


しかし巨大な人形はそれを全く意に介さずにいた。

まるで炎も雷も聞いていないかのよう。

先のブレスは何か魔法で人形を強化して防御したと考えていたが、どうやらそうでは無いようだ。


確か男が言っていた。

「”おもちゃ”に対しての破壊力、耐久性の上昇」…と。


となれば今の姿のドラゴンではあの巨大な人形を破壊することはできないだろう。

ならば僕が、僕自身の魔法であの男と人形を破壊するしかない!


「雷魔法…『天雷』!!」


僕が魔法を放つ瞬間、目の前の巨大な人形がドラゴンを振り回した。

僕の放った魔法は振り回されたドラゴンの胴体へとあたり、火花を散らしながら人形に届くことなく消えて、そして振り回されたドラゴンは広間の壁へと強く叩きつけられ、そのままピクリとも動かなくなってしまった。

瓦礫が壁から大量に崩れ落ち、それに紛れるようにして僕の召喚したドラゴンも消えていってゆく。

信じられない光景だった。


「そ…そんな…こんなバカなことがあってたまるか…!」


僕は髪をかきむしった。

身体中から汗が流れるのを感じた。

それは動いたことによって流れたものではなく、情けない結果を目にしたことによる冷や汗であった。

そこからさらにこの現状をどう打破するか、思考を巡らせることによる焦りの汗も流れることとなった。


魔法というものは大概術者を倒すことによって解除されるものが多い。

ならばあの男を倒すことによってあの人形を消すことができるかもしれない。

あれほどの魔法ならば再び唱えるのにも時間と魔力が多くかかるはずだ。

そこを狙うこともできるし、再びドラゴンを召喚してもいいかもしれない。


おまけにあの巨大な人形は今は消えてしまったドラゴンを探しているのか、瓦礫の山をいじっており絶好のチャンスだった。


ともかく今はあの男を殺すことに専念すべきだ!

僕は意を決して、暇そうに欠伸をしている男へと向き直った。

全身の魔力をコントロールし、詠唱、結界を同時に展開する。

術式が頭の中を駆け巡る。


「くらえ!『超級魔…」


しかし僕が魔法を発動する寸前、巨大な人形が予想を超える速度で腕を振るい、僕の体を掴み取った。

それによって魔法の発動が無効化されてしまった。


「なに…!?」


「子供がおもちゃを前にしておとなしくしてるわけねえだろ?」


男が人差し指を立てて横に小さく振る。

僕の体を掴む巨大な手に力が込められていく。

骨がミシミシと音を立てて軋んでいる。


「ぐっ…!」


僕はすぐさま身体強化魔法を発動させ、ダメージの緩和。

そして同時に攻撃魔法を展開し、人形へ向けて解き放った。

高温の炎が人形の顔へと着弾し、真っ黒な黒煙と凄まじい熱風を顔から浴びた。

ダメージは少なくとも、これで僕を握る手の力が弱まることを狙った物で、その隙をついて脱出しようという考えだった。


しかし期待は外れ、人形は少しの変化もない顔を煙の中から現した。


「なに…!?」


「気づいてないのか?」


男がこちらを見上げながら話しかけてきた。


「こいつは”おもちゃ”と認識した相手の攻撃に対して高い耐性を持てるってな」


その言葉に僕はハッとする。

自分の体を見てみれば、手には人形のような節ができ、まるで木でできたパペットのようになっていた。

体の関節も動かしづらく、口は横に動かせなくなっていた。


召喚したドラゴンのように、僕自身もおもちゃへと変化していた。


「こ、これは…!?」


「さてさて、そろそろ終いにするか。ビリッケツってのは嫌なんでね」


人形の僕を掴む力が強まっていく。

掴まれた体からミシミシと軋むような音が響いてくる。


「ぐああ!?」


そのままゆっくりと僕を掴んだ人形の腕が上へと持ち上げられていく。

作り物の人形の目が終始、僕を見つめてくる。


「俺は子供が嫌いなんだよなあ」


男が何か喋っていたが、必死に抵抗する僕の耳には聞こえてこなかった。


「あいつらすぐに泣くわ喚くわうるさいったらありゃしねえ」


人形の頭上まで持ち上げられた。

人形が僕をじっと見つめる。


「おまけになあ、すぐに悪戯なんかしやがんだよあいつらよぉ」






「そこらにある物なんでもすぐ口に入れちまう」




人形の口が開かれた。


ミシミシと鈍い音を鳴らしながら開かれた巨大な人形の巨大な口。

それは耳元まで裂けて開いていた。


「ま…まさか…」


僕を掴んでいる人形の腕が、ゆっくりと下され始めた。


人形の口元へと向かって。















コートの胸ポケットに手を入れる。

そこから1パックのタバコを取り出すと、いつもと同じように一本だけ取り出し、口元へと運ぶ。

よく眼球だけの頭なのに、なんで物が食えるんだって聞かれるが…自分でもわからねえことを他人に説明できるか、って答えてるな。


指先に魔法で火を灯してタバコに火をつける。

火を消してる頃には煙を吸っている。

タバコをしまってる頃には煙を吐いている。

いつもと同じだ。


近くにあった座るのにちょうどいい瓦礫に座り、意識を現実へと戻して目の前の光景に目を向ける。


ちょうどターゲットが俺の魔法で出した人形の顔2メートルってとこまで近づいていた。

その間もずっと何やらわめき散らし、魔法を唱えては放ち続けていた。

しかしそのどれもが一切の効果を出せずにいた。


にしてもさっきから何を喚いてんだ?

「僕は選ばれた」とか「こんなところで死ぬわけには」とか、聞いてるだけで笑っちまいそうだよ。

自分が誰よりも偉いなんて考えてるんだろうな。

馬鹿馬鹿しい。

そんなこと考えて調子に乗るから自分より上の存在に摘み取られちまうんだよ。


そうこうしているうちにターゲットの頭が、人形の口の中に入った。

人形の口が徐々に閉まっていく。

そうして人形の上と下の歯が頭を挟む形となった。


俺はタバコの煙の中で、その光景を眺めていた。

瞬きをした時には、俺の仕事は完了した。



人形の口からは、苺ジャムよりも真っ赤な血が垂れていた。





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