第47話ジャハーンダールの思惑

 ファルリンは、これ以上無いというほど鼓動が高鳴っている。以前、ピルーズと城下町に遊びに行ったときに微妙な顔をされたのだ。

 同じような反応をジャハーンダールにされたら、ファルリンは二度とジャハーンダールに心を開かないだろう。

 ファルリンは、その微妙な表情のピルーズのことがあって一般的な女性の服装についてカタユーンに相談したのだ。

 カタユーンは、「神官は清楚、清貧を求められるので服装には詳しくない」と申し訳なさそうな表情をしていたところに、女神アナーヒターが乗り込んできてあっという間にファルリンに似合う服を選んでみせたのだった。

 今着ているのは、その時アナーヒターが選んでくれた服装だ。貫頭衣カンドーラは小花柄の薄手の布地で作られていて、淡い黄色。ファルリンは髪を下ろしているので、赤い髪色が映えている。帯は色とりどりのビーズで作られていてアクセントになっている。強い日差しから肌を守るために、頭からスカーフを被っている。

 スカーフは、貫頭衣カンドーラと同じ布地でできている。

 全体的にファルリンを愛らしい印象にさせる。


 ジャハーンダールは、ファルリンの姿を見て数秒固まって上から下まで何度も視線をファルリンの体に這わせる。

 やがて、溶けるように笑った。


「すごく似合っているな。可愛い」


 ファルリンは飛び上がりそうなほど嬉しくなった。ジャハーンダールは、ファルリンが嬉しそうにもじもじしているのを困ったように笑って、手を伸ばした。


 ファルリンの手を取って手を繋ぐ。


「さ、行くぞ」


 ジャハーンダールの今日の服装は、魔術師メフルダードとしての服装より少しだけきっちりとした姿だ。王様の時の衣装ほど豪奢ではないが、少し羽振りの良い商人ぐらいには見える姿だった。

 王様の時の近づきがたい神様じみた雰囲気は、服装も手伝っているのだな、とファルリンは思った。

 今日のジャハーンダールの姿は、親しみやすく彼の顔立ちの精悍さを引き立てていた。

 二人は並んで城下町へと向かった。




 この間のアパオシャの襲撃の被害は、だいぶ回復しいつもと変わらないぐらいに城下では、人々が行き交っている。人々のけたたましい声に、時折まじって聞こえてくる聞き慣れない異国の言葉。様々な服装の人や人種の人が居て、世界中の物が集まるというのは大げさな表現では無い。

 大通りの入り口で二人は立ち止まった。


「さて、どこへ行く?」


「え?行きたいところがあるのでは?」


「それは、もう少し日が落ちてからだ……そうだな、鷹匠レースでも見に行くか」


 鷹匠と聞いてファルリンが興味を示す。ファルリンは狩りの時には鷹を使っていた。あのまま砂漠に住む者バティーヤとして生活するなら、自分の鷹を持っただろう。


「見に行きたいです!」


 ファルリンの瞳が煌めくのを見てジャハーンダールが頷いた。


(掴みは良さそうだ)


 ジャハーンダールが内心でほくそ笑む。ジャハーンダールとしては、ファルリンを追い込んで自分以外には目向きもしないほどにしておきたいのだ。

 ファルリンはまったく自覚していないが、近衛騎士団内でファルリンはそこそこに人気がある。しかも、逢い引きマウイドに関してはピルーズに先を越されてしまっているのだ。

 なんとしてでも、ここでファルリンに好印象を与えて王の妃マレカ・マリカだから選んだのでは無いと理解して貰う必要があった。


 鷹匠レースをしているのは、東の城門を出たところの砂漠だ。城門の近くに受付用の白いテントが張られていてそこから、一直線に白い布で柵のようにしてコースが作られている。審判はゴールで待ち構えていてスタート地点から、コースをそれること無く飛んできたニスル・サギールの早いもの順に順位を付けていく。

 結構な距離を飛ぶので、鷹匠はニスル・サギールに指示を出すために駱駝に乗って追いかける。 観客でも熱心な人は駱駝に乗って追いかけることが認められていた。

 倍率にも寄るが、一等賞になったニスル・サギールを当てた人は、平均的な庶民のひと月の食事代分ぐらいの儲けは出るようになっている。


 ジャハーンダールは、賭け事をするわけにはいかなかったので、ファルリンに鷹匠レースに賭けるか尋ねた。


「いえ……私は見ています」


「遠慮することは無いぞ」


「遠慮では無く……その、多分理由はすぐにわかります」


 ファルリンが回答に言い澱んでいると、見知らぬ男がファルリンに声をかけてきた。


砂漠に住む者バティーヤが賭けに参加してんじゃねぇぞ」


 レースに賭け事、と荒くれ者が集まりやすい環境ではあるが、受付用のテント内に居ただけのファルリンに文句を付けてきたのだ。

 男は、酒でも飲んでいるのか赤ら顔で筋骨たくましい体つきをしている。戦士として鍛えていると言うよりも肉体労働で培った筋肉だ。ジャハーンダールと並ぶと、ジャハーンダールが貧相に見える。


「俺たちは、レースを見に来ただけだ。それに砂漠に住む者バティーヤが賭け事をしてはいけない法律なんて無いだろう」


 ジャハーンダールがファルリンを自分の背に庇うと、場を穏便に済ませようと男に賭けはしていないことを告げる。

 しかし、ジャハーンダールは筋肉隆々という体型ではない上に、少し裕福な商人の若旦那という出で立ちのせいで、男になめられてしまっていた。


「女の前だからって良いかっこしなくたっていいんだぜ?砂漠に住む者バティーヤはレースをめちゃくちゃにするからダメなんだよ。知らねぇのか、田舎者」


「根拠の無いことを言うな。俺は王都住まいだ」


「素人が口だしてんじゃねぇ!砂漠に住む者バティーヤを連れて歩いてるなんてスキモノ野郎が!!」


 男がジャハーンダールに殴りかかる。素人が殴りかかってきても、訓練を受けているジャハーンダールにとって避けるのはたやすい。ファルリンもジャハーンダールが避けた男にぶつからないように、さっと後方へ下がる。


「ちょろちょろ動きやがって」


 懲りずに殴りかかろうとする男の腕をジャハーンダールは抑えて、体をひねり男の背中へと男の腕を回す。男は通常とは逆側に腕を曲げられて、悲鳴を上げた。


「俺が誰を連れ歩こうとお前には関係ないだろう」


 男は情けない声を上げて許しを請うているので、ジャハーンダールはファルリンを見た。ファルリンも呆れた顔で解放してあげて欲しいと言ったので、男を押さえていた腕を放した。

 男は、賭け事をせず一目散にテントから出て行った。

「ありがとうございます」


 ファルリンはジャハーンダールに礼を述べた。助けてくれたことも嬉しかったが、「俺が誰を連れ歩こうとお前には関係ないだろう」とジャハーンダールが言ったことが、一番嬉しかったのだ。


「だが……」


 ジャハーンダールは、ファルリンになんと言葉をかけたら良いのかわからなかった。まさか、鷹匠レースを見るだけなのに「砂漠に住む者バティーヤ」というだけで赤の他人に文句を付けられるとは思わなかったのだ。


「こればっかりは仕方がありません。私たちはニスル・サギールの扱いに慣れていますから」


 ファルリン曰く、砂漠に住む者バティーヤの中にも素行の悪い者はそれなりに居て、鷹匠レースで不正を行ったらしい。自分たちが賭けたニスル・サギールが一等賞になるように、他のニスル・サギールを妨害したのだ。自分たちが得意としているニスル・サギールを操る技術を使って。


町に住む者ハダリの技術は砂漠に住む者バティーヤに比べれば、未熟ですから。それで、砂漠に住む者バティーヤが鷹匠レースの賭けに参加することを良く思わない人が多いんです」


 ファルリンは寂しそうに笑った。

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