第54話弓の名手
さすがに騎射の文化の無い
「三日……」
ジャハーンダールは思案顔である。ファルリンは心配そうに見上げている。
「王都を三日も空けるわけにはいかない。短期決戦をしたいところだ」
「ジャハーンダール様、私に良い考えがあります」
ファルリンは説明するより見た方が早いと、ジャハーンダールを外へと連れ出す。
ファルリンは、ジャハーンダールを連れて騎射練習場へと連れて行った。
移動して生活をする
一直線に伸びたコースに沿って的が間を空けて並んでいた。
「まずは、私が騎射の見本をお見せします」
ファルリンは軽々と駱駝に乗った。背負っていた弓と矢を構えて走り出す。弓を構えているので、駱駝の手綱は握っていない。
一つ目の的が近づいてきて、ファルリンは駱駝に乗ったまま弓を射る。鋭い矢の飛ぶ音と的に突き刺さる音がした。ど真ん中に命中している。
ファルリンはそのまま速度を落とさずに駱駝を走らせ、次の的を射る。真ん中に命中。
三つ目の的もファルリンは真ん中に命中させた。ファルリンは駱駝の走る速度を落とし、スタート地点まで戻ってきた。
「今のが騎射です」
「遊牧民では無い俺ができると思うか?俺はどちらかというと魔術師寄りだぞ」
一通り、基本的な武術は学んだとはいえ戦闘を本業としている騎士達には劣る。王は全てに一番である必要は無く、上に立つ者として人を導く才能の方が重要である。
「駱駝には乗れますよね」
「乗れる」
「駱駝に乗りながら魔法は使えますか?」
「できる」
「駱駝に乗りながら、魔法で的を射れば良いですよ」
「良いのか?それで?」
「これは神に捧げる儀式の一つで、日頃から鍛錬している技術を神に披露し、成長できたことを神に感謝をする意味があります」
「なるほど。それなら練習すればなんとかなりそうだ」
「はい、一緒に頑張りましょう」
ファルリンは、ジャハーンダールに微笑みかけた。自分を応援しようと純粋に思っている明るい笑顔に、ジャハーンダールは胸が温かくなる。
(やはり、俺の隣にはファルリンが居ないと)
二人は日暮れまで騎射の練習を続けた。その様子を
約束の日よりも一日早い次の日、お客様用のテントで休んでいたジャハーンダールをファルリンが起こしにきた。ジャハーンダールは同じテントでお泊まりしたそうだったが、ファルリンの父親が目を光らせていたので、断念した。
ここで心証を悪くして結婚を反対されるのは避けたい。
羊の毛で作った毛布にくるまれているジャハーンダールにファルリンが優しく声を掛けた。ジャハーンダールは何か言葉を発していたが、不明瞭でファルリンには聞き取れなかった。起きる気配がないので、ファルリンは彼に近づきもう一度呼びかけた。相変わらずジャハーンダールは、毛布にくるまれているのでファルリンはそっと彼の肩に手を伸ばした。
突然起き上がったジャハーンダールに手を取られ、ファルリンは簡単に床に寝転がらせられる。
「あいたたっ」
「あ、すみません……咄嗟に」
ファルリンは、日頃の訓練のたまもので馬乗りになってくるジャハーンダールの顎を下から手で突き上げていたのだ。
ジャハーンダールとしてはここで、押し倒して恥ずかしがるファルリンを堪能しようと思ったのに誤算である。
しかし、ファルリンが手を緩めたのでジャハーンダールは舌なめずりをしてファルリンの手を床に縫い付ける。ファルリンが何か言おうとするより早く、ジャハーンダールは背を曲げてファルリンの頬にキスをした後、頬を舐めあげて彼女の右耳たぶを食む。
ファルリンは、耳たぶを食まれるくすぐったい感触に声にならない悲鳴をあげた。
思ったような反応を得られて機嫌を良くしたジャハーンダールは、ファルリンの頬を左手で撫でてから彼女の唇に自分の唇を寄せた。
「もう、中々起きないとちょっと心配したんですよ」
暗殺者に狙われることさえある国王は、普通人の気配を感じるとすぐに起きる者だ。ジャハーンダールはファルリンの気配を感じても中々起きなかったので、心配になりわざわざ近くまで起こしに行ったのだ。
「ファルリンが入ってきたときに、すでに起きていた。当然だろう」
ジャハーンダールは、ファルリンと甘い時間を過ごすためにわざと寝たふりをしてファルリンをおびき寄せたのだ。まんまと引っかかったファルリンは、ジャハーンダールの餌食になったのだ。
「も、もう!朝食の準備が出来てます。食べにいきましょう」
ファルリンは、ジャハーンダールの甘い罠に引っかかったと気がついて、顔を赤くしながらテントから出るように促した。
朝食はファルリン達の家族が使っているテントに用意されている。当然、ファルリンの家族達と食事を共にする。
「呼びに行ってすぐに戻らなかったから、お父様きっと不機嫌だわ」
恋人を起こしに行ってすぐに戻ってこなければ何があったかなんてすぐに察せられる。
ジャハーンダールは、針のむしろのような気分を再び味わうこととなった。
ジャハーンダールは、比較的器用な質で何度か練習をすると駱駝に乗って走りながら魔法で的を射貫くことができるようになった。
しかしファルリンの用に百発百中というわけにはいかない。せいぜい四割に留まる。
「四割も当たれば良い方です。しかし、お父様は弓の名手。間違いなく大陸随一の弓の使い手です。競い合うなら精度を上げた方が良いと思われます」
「ファルリンより上手なのか?」
ファルリンの弓の技術は目を見張るものがある。それ以上の名手となると想像も付かない。
「私など、
ファルリンが弓が達者に見えるのは魔法の効力を熟知して最大限に利用していることだ。
「どうすれば精度があげられる?」
ジャハーンダールの良いところは、地位が高いからと言って他者に教えを乞うことを躊躇しないところだ。いつでも丁寧に、その道に秀でた人に教えを乞う。
「練習しかありません」
「にべもない」
「あとは、視力ですね。ジャハーンダール様は的を狙うときにはっきりと的の中心が見えていますか?」
「……そういわれるとあまりきちんと見えていないかもしれないな」
「弓は自分で目で捕らえた物を射ます。おそらく魔法で的当ても同じかと」
「やってみよう」
ジャハーンダールはすぐに駱駝で駆け、的に対して魔法を放つ。的をよく見るようにして放った魔法は見事にど真ん中を射貫いた。
「さすがです。すぐに出来るようになりますね」
「ファルリンの指導が良いからだ」
ジャハーンダールは駱駝の首を巡らせ、もう一度練習を始めた。
三日目の朝、ジャハーンダールはアシュカーンと騎射の勝負を行う。神事ということで、ジャハーンダールは
ファルリンは、その姿に感激し何度もジャハーンダールの姿を褒め称える。容姿については褒められ慣れているジャハーンダールだが、惚れた相手に褒められるというのはまた別格のようで、珍しく照れていた。
まずは、最初にアシュカーンが駱駝に乗り的当てを行う。弓の名手と言われるだけあって、難なく的の中央に矢を当てた。続いて、二射目も真ん中に命中。三射目は的を当てたが真ん中から外れた。
「お見事でございます」
ジャハーンダールが勝負に勝つには二回以上、的の真ん中に魔法を命中させる必要がある。ジャハーンダールは駱駝に乗り魔法の弓と矢を出現させる。駱駝を走らせ、最初の的を狙う。弓から放たれた矢は、緑色の鳥の羽を生やし羽ばたきながら的へ向かい、真ん中に突き刺さる。
続いて二つ目の的。同じように弓を放つ。緑色の羽の生えた矢が弧を描いて的の真ん中に刺さる。
最後の的、ジャハーンダールが魔法を使うと軌道がずれる。このまま的に当たらないかと思われたが急に矢の軌道が変わりど真ん中に当たる。
軌道が変わったことにどよめきが起きる。
「どうです?お父様」
ファルリンは得意げに父親に近づいた。アシュカーンは苦い茶を口に含んだ顔をしている。
「……認めよう」
ファルリンにしか聞こえないぐらい小さな声で返事をした後、アシュカーンは最敬礼をしてジャハーンダールに膝をつく。
「どうぞ、娘を末永く陛下のお側に」
「どちらかが、命分かつときまで共にあると誓おう」
ファルリンがジャハーンダールに駆け寄ろうとする前、アシュカーンが声を掛けた。
「陛下の側にあり、常にお助けせよ。先ほどのようにお前の魔法が役に立つこともあるだろう」
「見抜いておいででしたか」
「あからさまだ」
ファルリンは、父親に礼を述べてジャハーンダールの元に駆け寄った。実は、ジャハーンダールの三つ目の的当ての時、魔法の矢の軌道を戻したのはファルリンだ。
いつものように風の魔法を操り、ど真ん中に命中させた。ジャハーンダールだけの力であれば、彼の負けであったがファルリンの心に免じてアシュカーンは二人の中を許したのだ。
大勢の
ここはヤシャール王国よりも西、ヤシャール王国とは文化が異なる大国の王宮の謁見室に二人の男女が国王と対面していた。
男の方は、アパオシャだ。女の方はフードを被っている。
「して、亡命を望むとな?」
「はい。私はヤシャール王国の王宮内部の様子を存じております。その情報と引き替えに」
女はフードを取った。美しい黒髪がこぼれでる。月のように美しいと言われた美貌に、謁見の間に居た男達全員が息をのむ。
目に、復讐の色を宿すマハスティだった。
マレカ・シアール〜王妃になるのはお断りです!〜 橘川芙蓉 @fuyo_kikkawa
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