第53話救国の聖女
若き王の宣言に、一番に賛同したのは近衛騎士団の団長だった。彼は、ジャハーンダールが一介の魔術師として変装してまで近衛騎士のファルリンに会いに来ていることを知っていた。
当初は、お互いのためにならないのでは無いかと思ったが、ファルリンはジャハーンダールの良いところを吸収し、近衛騎士として成長したしジャハーンダールは少しだけ、他人に対する当たりが柔らかくなった。お互いに良いところを影響し合っているのである。この上ない組み合わせと言えた。
近衛騎士団の団長に続き、団員達までもが最敬礼で二人の仲を祝った。「王妃にする」とは言っていないのに、もはや決定事項のような雰囲気だった。
日和見をしていた貴族達も、マハスティを支持していたままでは王の心証に良くないと判断し、口々に祝いの言葉を述べ頭を垂れる。
いまや、ジャハーンダールとファルリンの仲を認めていないのはマハスティだけであった。
ジャハーンダールは見事にファルリンとの仲を公に認めさせたのである。
「いずれ、ファルリンには王妃となってもらう。異存は無いな」
「彼女以外に相応しい人など、おりません」
ヘダーヤトは、ジャハーンダールの問いかけに王が満足する回答をした。誰もヘダーヤトに異を唱えない。こうして、ジャハーンダールはファルリンを正式に「王妃候補」としたのであった。
ファルリンとの仲を認めさせてからは、ジャハーンダールはファルリンを側に置いて何かとベタベタしていた。マハスティと仲が良かった頃を知る貴族達もその違いに、「あれは、単なる幼馴染みの友情だったのか」と認識を改めた。
マハスティは、ジャハーンダールの「恋人」宣言から呆然とやりとりを見ていたが、やがてふらりと姿を消した。
それを誰も追いかけようとはしない。さすがに、失恋の痛手も大きかろう、と誰しもが思ったのである。
マハスティは誰も居ない裏の庭園のベンチを貴族令嬢らしからぬ様子で、苛立ち紛れに蹴り上げた。木製のベンチがひっくり返る。
「あの女……よくも、私のジャハーンダールを!」
ひっくり返ったベンチをさらに蹴り飛ばす。
「憎たらしい。あんな貧相な女に本気になるなんて、騙されているんだわ!!」
「そうだね。みんな言っていたじゃ無いか。
マハスティは今までの発言を誰かに盗み聞きされていたと、慌てて態度を取り繕って当たりを見回す。
物陰からでてきたのは、アシュカーンであった。
「あんたね!あんたが、祝勝会にでればジャハーンダールが私を認めてくれるっていうから出たのよ!!」
「君は、本当は認められるはずだったんだよ。だけど、運命のいたずらで認められなかったんだ」
「……ちょっと、何をいっているのよ。急に気味が悪いわよ」
夢見るおとぎ話のお姫様のようになりたいと思っているマハスティだが、さすがに「運命」だのなんだの言われるのは信じ切れない。
「だって、君たち『運命の幼馴染みカップル』だったんでしょ?将来絶対に結婚するっていう状態だったんだよね」
「そうよ。私とジャハーンダールは幼い頃から仲が良くてお似合いって言われていたのよ」
「どうして、そんな二人が別れちゃったのかな?」
「決まっているわ!あの女、あの薄汚い
「そうそう、そうだよねぇ」
アシュカーンの話し方が変わった。マハスティはこんな話し方をする男だったっけ?と疑問に思ったがファルリンへの腹立たしさの方が勝って、すぐにそのひっかかりは消えていった。
アシュカーンは、一歩マハスティに近づく。アシュカーンの髪色が変わる。もう一歩、マハスティに近づく。今度は目の色が変わった。
「じゃあ、選ばれし乙女である君が救国の聖女にならなくちゃ」
マハスティの正面で対峙したアシュカーンは、その姿をアパオシャの姿に変えた。マハスティは疑問を持たず、アパオシャから告げられた「救国の聖女」の言葉に心が躍る。
「わ、私『選ばれし乙女』ですの?『救国の聖女』ですの?」
「そうだよ、君は……神に選ばれた乙女さ」
マハスティは、高笑いをしてアパオシャから差し出された手を取った。アパオシャは、マハスティに見えないようににんまりと、笑うとマハスティと共にその場から溶けるように消えていった。
祝勝会から二週間が経った。ジャハーンダールは、旅装に身を包み、ファルリンと共に
結婚を申し込んだ男性が、誰しも通る道である彼女の父親に結婚の了承をもらいに行こうと言うのだ。国王であるジャハーンダールであれば、「召し上げる」という名目で、父親への挨拶など不要であるがジャハーンダールは、一般的な男性と同じようにファルリンの父親に了承を得ようと思っていた。
ジャハーンダールはいつになく緊張した面持ちで、ファルリンは隣で駱駝に乗りながら、くすくす笑っていた。
「父は、そんなに厳しい人ではありません。……ですが……」
ファルリンは言葉を止めて、思案している。なんと言おうと迷っているようだ。
「
「わかった。剣で勝負しろとかそういうことか」
「鷹匠や駱駝競争もありえます」
「善処しよう。鷹匠も駱駝競争もやったことはないが……」
ありとあらゆることを学んだジャハーンダールでも、鷹匠や駱駝競争はしたことがない。その手の勝負となったときは、ファルリンの父親と交渉し練習時間を貰おうと考えていた。
荒涼とした大地を駱駝で進み、やがて
駱駝を放牧しているのがファルリンの父親だ。
久しぶりに帰ってきた娘が男連れだったこともあって、ファルリンの父親カームシャードの機嫌は最低であった。不機嫌さを隠そうともしない態度でテント内でファルリンとジャハーンダールと向き合って座っている。
「お嬢さんをいずれ我が妻、王妃として向かいいれたく参りました」
「ファルリンは、こんな青瓢箪でいいのか?」
ジャハーンダールは、「青瓢箪」と言われるほど不健康に細身では無い。しかし普段から駱駝を乗りこなし狩りをしている生活の
ファルリンは、不安そうな表情をしているジャハーンダールと見つめ合って答えた。
「ジャハーンダールが良いのです」
娘の回答にカームシャードは手にしていた駱駝用の鞭を手で鳴らした。さらに機嫌が悪くなり、顔の表情は世界が滅んだかのようだ。
「俺と勝負をしてもらおう。騎射で競う。ちょうど神事もあるからな」
話は終わったとばかりにカームシャードはテントからでていった。
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