第2話王都を目指して

 砂漠に囲まれたヤシャール王国は、建国して二百年ほどになる。建国当初一番のオアシス都市であったスールマーズを王都と定めた。

 王都の中心には、尖塔ミナレットが立ち並ぶ王宮があり、一番大きな建物は屋根がドーム状になっている。レンガ造りにタイルで幾何学模様を描いているので、壮麗な建築物である。


 王宮の主は、六代目の王ジャハーンダールである。漆黒の夜空のような黒髪に、褐色の肌、つり目がちで瞳の色は紫水晶のようである。総じて、整った顔立ちと均整の取れた体つきであり、王宮の女官たちや貴族の令嬢から高い人気を誇っていた。


 白地に供糸で幾何学模様の刺繍が施された貫頭衣カンドーラを着ていて、腰の辺りで金糸で編まれたベルトで止めている。腰にはジャンビーアという短剣の曲刀を帯刀している。肩には赤と黄色の縞模様のスカーフをかけて、アクセントにしている。なめし革で作られたサンダルは、留め具に細かな模様が施されていた。

 年の頃は、二十代になってすぐの頃。代替わりが早く、すでに先代は亡い。

 年頃になっても妻を迎えようとしない若き王に、年嵩の側近達がやきもきしているのが、ここ最近の出来事だ。


 そんな平和であったこの国に、不穏な知らせがもたらされた。

 彼の右腕でもある宮廷魔術師のヘダーヤトが報告したことによると、魔獣による被害が去年よりすでに上回っているということであった。


 執務室でヘダーヤトの報告を聞いているジャハーンダールは眉を寄せて思案顔だ。砂漠に住む魔獣達が人間を襲う被害は毎年一定数あるので、対策をしている。隊商キャラバンがよく利用する街道周辺は、定期的に警備隊を派遣し、魔獣の駆除や警戒に当たっている。王都スールマーズは、高い城壁で囲み外敵の侵入を防いでいる。近隣の農村には、囲いや避難用の砦の建築など整備を進めていた。


「いままで外壁がそこまで崩されることは無かっただろう?」


 今回の魔獣による被害は、西側の城壁の一部が破壊されたことだ。魔獣が襲ってきてすぐ、警備隊が駆けつけたため、人的被害を防ぐことが出来た。以前は、魔獣が襲ってきても頻度は高くなかった。

 原因は不明だがたびたび魔獣が王都スールマーズとその周辺を狙っている。


「明らかに魔獣達は強くなってきている。魔獣達の群れの中で上下関係ができて、司令塔の役割をする魔獣がでてきたようなんだ。おかげで、こちらの被害も増えている」


 宮廷魔術師ヘダーヤトは、やれやれとため息をついて言った。年の頃は、ジャハーンダールと同じぐらい。二人は乳兄弟でもある。太陽のような赤毛に、涼やかな切れ長の目元、瑠璃色の瞳をしている。整った顔立ちで、ジャハーンダールと供に女性達に人気が高い。特に時折、金色に煌めく瞳孔がミステリアスだと女官達の間で噂になっている。

 宮廷魔術師なので、やや細身の体つきだが棒術の使い手でもあるので、普通の文官に比べると若干筋肉質でもある。


「俺たちは、魔獣の進化を研究したいわけでは無いぞ」


 ヘダーヤトの説明に、ジャハーンダールは不機嫌そうに答えた。


「そういうと思ったけど、有効な手は打ててないよ」


「人手を回せ。魔獣研究家ぐらい城下にいるだろう。王宮に呼び出して、手伝わせろ」


「王宮に呼び出しと言えば……王の盾マレカ・デルウ王の妃マレカ・マリカを呼び出したんだって?」


「優秀な人材が欲しいからな」


王の妃マレカ・マリカも?」


「重臣達がうるさいので、王の妃マレカ・マリカであれば結婚すると宣言した。今頃、おもだった貴族の娘達は全員王の妃マレカ・マリカの持ち主になっているだろうよ」


王の妃マレカ・マリカは、王の妃になるためだけの王の痣マレカ・シアールでは無いんだけどなぁ」


 ヘダーヤトが、演劇じみたわざとらしい仕草で首を振ってため息をつく。


王の魔術師マレカ・アッラーフらしいことをたまには言うではないか」


 ジャハーンダールは、口の端をにやりとあげてヘダーヤトをからかう。


「そうだよ。僕は優秀な宮廷魔術師モアッレム・アルセフルなんだから」




 ワシの金切り声が遠くで聞こえる。辺り一面の砂から、サボテンが点在する砂と岩が広がる一帯までファルリンは駱駝に乗ってやってきた。ここまで半日ほどの行程だ。

 あと少し行けば、小さなオアシスにたどり着く。


 口元をスカーフで覆っているが、それでも多少の砂粒が口の中に入り、乾いた土の味がする。さきほど岩の上で日光浴をしていたトカゲが、ファルリンの影に驚き、岩陰に逃げていった。

 砂漠に住む者バティーヤたちのキャンプ地から最寄りの小さなオアシスまでは、放牧でよく来る場所である。ファルリンは、迷うこと無く小さなオアシスへと駱駝を操った。


 昼過ぎに、小さなオアシスへと到着した。荒涼とした土地に、大きな湖が横たわっている。湖の周囲には草や木が生えていて、人々を休ませる木陰を作り出していた。その近くに幾つかの小屋が建ち並んでいる。旅人相手に商店を開いているのだ。宿の他に、水売り、金物屋、土産物屋などが軒を連ねる。

 駱駝に水を飲ませて、ファルリンは木陰に腰を下ろした。オアシスの中心部から、物売りの良く通る声が聞こえる。


 ここから王都まで、ファルリンは指で数えるほどしか行ったことが無い。できれば、どこかの隊商キャラバンの一員に加わって王都を目指したいとファルリンは考えていた。

 同じように木陰で休憩している隊商の隊長に自分をメンバーに加えてくれないか交渉をするが、ファルリンはすべて断られた。

 ファルリンの見かけと年齢で、護衛として役に立たないと判断されたのだ。むしろ、護衛を雇う側なのでは?と逆に売り込みをかけられた。

 ファルリンが困っていると、見るに見かねたのか一人の隊商キャラバンの隊長が声をかけた。


「報酬は、半分だがうちの隊に加わるかね?」

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