第36話王都への道

 ファルリンは、咳をして起き上がると同じように砂まみれのピルーズがこちらにやってきた。ピルーズも吹き飛ばされはしたが、軽傷のようだ。


「大丈夫?」


 ピルーズがファルリンに手を差し出す。ファルリンはピルーズの手を掴んで立ち上がった。


「はやく知らせないといけません。あの人、私の記憶を見て、アナーヒター様が王都に居ることを知ってしまいました」


「あの男の目的は、女神様なの?」


「たぶん……あれはアパオシャです」


「……なるほど、だから女神様を狙って」


 ヤシャール王国で信じられている宗教は、善側の神と悪側の神との果てのない戦いで、アナーヒターやティシュトリアの宿命の対決の相手として旱魃アパオシャが選ばれることが多い。昔から、この地は水不足に悩まされていたので、水に対する人々の思いが反映された物だろう。


「一端、砦に向かおう。今の僕たちでは追いつけないし、このまま人々を王都へ向かわせたら惨劇になると思うよ」


 ピルーズの主張も最もだったので、ファルリンとピルーズは行軍を追いかけるように砦へ向かった。





 砦は人でひしめき合っている。元々、行軍のために一夜をすごすために作られたものだ。行きとは違い、行軍になれていない一般人を連れての移動のため二日かけて砦に全員が戻ってこれた。

 ファルリンとピルーズはさっそく近衛騎士団の団長アーラードに報告をする。暫くアーラードは考え込んだ後、ファルリンに王都へ向かい現状を知らせるのと、必要があれば王の盾マレカ・デルウの力を使い国王を守ることを命じた。


「問題は……王都へ戻れなくなった人々をどうするかだ」


 ホマー城は、魔獣達に荒らされすぐに戻るには難しい。かといって、今から王都に向かえば、魔獣を操る怪しげな人物と戦っている最中に遭遇することになるだろう。


「この近くには砂漠に住む者バティーヤの野営地があります」


 砂漠に住む者バティーヤの野営地について話したのはファルリンではなく、他の近衛騎士団の者たちだ。


砂漠に住む者バティーヤに助けを求めるのです。民間人を助けるなら協力してくれるのではないでしょうか」


「誰が交渉をする……ファルリンはだめだ。王都へ戻る。ファルリンより駱駝の早駆けが早ければ、交代するが」


 アーラードのよびかけに誰も答えない。ファルリンの駱駝の早駆けの早さは、近衛騎士団で知らない者は居ない。

 ヤシャール王国で定住している者で、砂漠に住む者バティーヤと交流をもっていることは少ない。誰も進んでやりたがらない、そう思われたが。


「その交渉、俺にやらせてください」


 モラーズが手を上げた。


「俺が、砂漠に住む者バティーヤと交渉します」


 他に適任者がいないようで、アーラードはモラーズを砂漠に住む者バティーヤへの使者とした。


「でしたら、これを持っていってください」


 ファルリンは、首から提げていたペンダントをモラーズに渡した。


「これは、族長の一族しか持っていないペンダントです。これをみせれば、私と関わりがあったことがすぐにわかり、話が通りやすくなると思います」


 ニスル・サギールを象ったペンダントを、モラーズは手にして、ファルリンに礼を述べた。ファルリンは、このまま夜通し王都へ向けて駱駝で早駆けをする予定だ。


「死ぬなよ」


「もちろんです」


 ファルリンは駱駝に乗り、王都へとひた走る。







「衝撃に備えて!」


 カタユーンは、神殿で毎日恒例の神事を執り行っていたとき、得体の知れないモノが自分の神殿の結界に体当たりをしようとしている気配を感じて声を荒げた。

 カタユーンの声に、神官達は慌てて祈りの力を強めるが、間に合わない。何かが爆発するような音と同時に、地面が激しく揺れる。怒号と悲鳴が上がった。

 カタユーンのいる祈祷場の上階から壁の崩れる音がした。何者かが、神殿の結界を壊すのと同時に、神殿の壁に体当たりをしたのだ。

 天井から、レンガの破片が大量に降ってくる。神官たちが、混乱し右往左往している。

 カタユーンが、落ち着くように声を出そうとした時、天上から青年の声が降る。


「アナーヒターの匂いを追ってここにいたんだけど、はずれちゃったかな?」


 カタユーンが見上げるより早く、何者かに喉を掴まれる。彼女は、声にならない悲鳴を上げた。

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