第24話私の好きな人

 ピルーズは、いたずらっこの様に笑ってもう一度、ファルリンの唇に茘枝リッチーを軽く押しつける。


「ほら、口を開いて?」


 まるで小さな子供に促すかのように、ピルーズは言うがファルリンは、口を開けずに固まったままである。

(よくよく考えたら、ここは結構人通りがある場所……!)


 ファルリンは、よく思考が回らない頭でこの広場が王都に住んでいる人たちの憩いの場で利用者が多いことを思い出していた。

 誰かに見られているということが余計に恥ずかしい。

「あぁ……果汁が垂れてきた」


 ピルーズの指先に茘枝リッチーの白くすべすべした果肉から、透明な液体が滴り落ちる。ファルリンの唇にも、甘く香る果汁を感じた。


(この際、一度や、二度も同じ……!)


 ファルリンは、意を決して口を開いて茘枝リッチーの少し酸っぱくて甘い果実を受け入れる。


「よくできました」


 ピルーズは、咀嚼しているファルリンの頭をぽんぽんと撫でる。まるで小さい子供をあやすような仕草だが、ピルーズの気安さにファルリンの体中が熱くなる。 その後は二人で仲良く茘枝リッチーを分け合って食べた。




 太陽が天頂に登る頃に、解散となった。昼間は気温が上がりすぎるので、基本的に日陰で昼寝をして体力を温存する。恋人同士であれば、二人で仲良く昼寝ということもあるが、さすがのピルーズもそこまでは遠慮した。二人で一緒に宿舎に戻って、それぞれの部屋で昼寝をすることにした。


(ピルーズ、手慣れている上に距離が近い!)


 ファルリンは午睡用の藤でできた長椅子に横になりながら今日のことを振り返っていた。寝やすいように貫頭衣カンドーラを緩めて着ている。

 ピルーズとのことを振り返れば振り返るほど、目は冴えて眠れそうにない。

 何度も寝返りを打って、なんとか昼寝をしようと試みる。寝返りが数十回になったところで、ファルリンは眠るのを諦めた。


(本でも読んでいよう)


 今から外に出るのは、熱中症になる恐れがあるので危ない。部屋の中で、体力を温存しできることと言えば、物の少ないファルリンの部屋では読書ぐらいしかない。

 ファルリンは、書庫から借りてきた子供向けの神話の全集を読むことにした。

 以前は、星と慈雨の神ティシュトリアのイメージは具体的ではなかったと、ファルリンは思う。最近、神話を読み返すたびに、ティシュトリアのイメージがメフルダードに重なるのだ。

 ティシュトリアは、人々を導き、戦場では常に先頭に立って戦う理想の英雄像であるが、なぜか正反対の優しい物腰しのメフルダードの姿が浮かぶ。


(幾ら、気になる相手だからってメフルダードじゃなくてもいいのに)


 それでも、ファルリンはピルーズやモラードなど近衛騎士団の仲間の姿をティシュトリアに当てはめようとしても、すぐに霧散してしまう。


(何故、彼なんだろう)


 ファルリンは、深く考えるうちに自然と眠りに落ちていた。





 太陽が空を赤く染め上げる頃、ファルリンは相当の決意で持って中庭に来ていた。いつものように四阿で、人を待っている。

 今日、購入した茘枝リッチーを女神アナーヒターに渡したら、「半分は、貴女が大事な人と食べなさい」と言ってアナーヒターは茘枝リッチーの実の山を半分こにしたのだ。

 ファルリンが、「大事な人」と言われてすぐに思い浮かべたのは、遊牧民としてあまり他の食材を食べる習慣の無い両親と妹が思い浮かんだ。しかし、一緒に食べるには遠すぎる。次に、思い浮かんだのはメフルダードの優しい笑顔だった。


(もう、認めてしまおう)


 ファルリンは、自分の心に正直になることを選んだ。

(私の体には王の妃マレカ・マリカが宿っている。いつか、それが陛下にばれて、「妃に」と言われたら……)


 ファルリンは、ぐっと奥歯を噛みしめた。


(心を殺して、生きていこう)


「どうしましたか?ファルリン、深刻な表情をして」


 いつの間にか目の前には、いつものメフルダードが居た。机に両手をつき、ファルリンの顔を心配そうに覗き込んでいる。


(ああ、この人だ……やっぱり、この人の事が好きなんだ)


 ファルリンは、今まで名前を付けてこなかった想いに初めて名前を付けた。これが「恋」であると。自然にファルリンの目から、涙がこぼれ落ちる。


「ファルリン?!」


 メフルダードが驚いたようにファルリンの隣に並び、肩を掴んで自分の方へ顔を向けさせる。その間にもぽろぽろとファルリンの目から、大粒の涙がこぼれる。


(私は、メフルダードが好き)

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