第44話2人の仲

 ファルリンは、ジャハーンダールのいつもと違う様子に戸惑った。

 彼は自分を王の妃マレカ・マリカの持ち主だから目をかけていたのでは無かったか。ジャハーンダールの瞳が少しだけ潤んでいた。


「ファルリン、俺はヘダーヤトを王の魔術師マレカ・アッラーフだから近臣に引き立てたわけじゃ無い。カタユーンを神官長にしたのは地方の神殿で改革をし民からの信頼を回復し、成功していたからだ。神聖魔法に優れただけの神官なら他にも居る……そういうことだ」


「陛下は、王の痣マレカ・シアールのあるなしに関わらずその職制に最も適した人を配置しているということでしょうか」


 お互いの息がかかりそうなほど顔が近づいた状態でファルリンは回答した。


「だから、わかるな?」


 ファルリンは回答につまった。つまり、きっかけは王の痣マレカ・シアールかもしれないが、ジャハーンダールは王の痣マレカ・シアールがあったからファルリンと行動を共にしたわけではないと言いたいのだ。


(自惚れていいのだろうか……?)


 ファルリンは困ったようにジャハーンダールを見返した。相変わらずジャハーンダールはファルリンの頬に手を添えている。


(この人に、信頼をしてもらっている。王の痣マレカ・シアール関係なしに見てくれているの?)


「はい。貴方を信じます。ジャハーンダール……様」


 ファルリンは力強く返事をしながらも、語尾はだんだんと小さな声になって消えていった。ジャハーンダールはファルリンが自分の名前を呼んだことが、彼女なりの答えだとわかったので、無邪気に笑った。

 ファルリンは今まで見たことの無いジャハーンダールの少年のような笑顔に見とれる。


「祝勝会、楽しみにしている」


 ジャハーンダールはファルリンの頬から手を離すときに二、三回ファルリンの頬をむにむにと揉んでから手を離した。ファルリンの頬は触り心地の良いぷにぷにした感触だった。






「それで、何もせずに帰ってきた……と?」


 ジャハーンダールの執務室にヘダーヤトとカタユーンが居た。二人とも再建される神殿の進捗報告にやってきたのだ。

 部屋の中心にある大きな絨毯の上に円陣になって座っている。絨毯は最高級製で毛足が長くふわふわした肌触りでそのまま座るのに問題ないが、さらに上等なクッションも備え付けられている。


 ファルリンのお見舞いに行ってきたばかりというジャハーンダールに彼女の様子を聞いたところだった。まるでのろけか、というような話をジャハーンダールから聞かされた二人だったが、肝心の盛り上がりに欠けた。


「何もとは何だ。ファルリンはけが人だぞ」


「そこは、それ。良い雰囲気だったんだろうに」


「良い雰囲気か……?」


 ジャハーンダールは首をかしげる。最近、ようやく自分を見ても泣きそうな顔をしなくなったファルリンと恋愛方面で良い雰囲気だとはとても思えなかった。あれで手を出したら、今度こそ口も聞いてくれないどころか姿すら見せてくれなくなりそうだ。


「良い雰囲気かはともかく、きっちりはっきり態度を示してください。だいぶ王宮内で噂になっていますよ」


 カタユーンが下世話にからかおうとするヘダーヤトの頭を軽く叩いた。ファルリンがジャハーンダールの私室に連れ込まれたのは、王宮の使用人達の大勢が目撃している。人の口に戸は建てられず、噂はたちまち広がった。

 ファルリンが手柄を立てたおかげで、宮廷内ではジャハーンダールとファルリンの仲は好意的な者もでてきた。しかし、ジャハーンダールは幼馴染みであるマハスティと親しい仲であるという噂が流れていたので、略奪した女として印象の悪い噂も流れていた。


(陛下が一言、ファルリンを妃に迎えるとおっしゃればいいのに)


 カタユーンは、ジャハーンダールの煮え切らない態度が気に入らない。国王として忙しいジャハーンダールが寸暇を惜しんで会いに行っている相手は、ファルリンしかいない。

 幼馴染みのマハスティには礼儀程度にしか相手にしていない。


「女性不信気味だったジャハーンダールが、ちゃんと女性を好きになれたみたいで良かったよ」


 ヘダーヤトは、幼い頃から容姿端麗だったジャハーンダールが宮廷の年上の女性達から目を付けられ、大変な目に遭ってきたことを知っている。しかも初恋相手は可愛い美少年(自分)だったのだから。


 ジャハーンダールは、ヘダーヤトの言葉を聞いて固まっていた。


(俺……ファルリンの事……好きなのか?)

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