第33話王国と王を守る者

「ヘダーヤトが初恋の相手?!どういうことよ」


 マハスティは、両手を腰に手をあてて甲高い声で怒鳴りつけている。感情を表に見せないように訓練している貴族令嬢だが、思いも寄らない発言により感情の制御ができないようだ。


「マハスティだって、最初に僕と会ったとき女の子だって思ったじゃないか」


 僕って、子供の頃は美少女だったんだよね~とこの息の詰まりそうな雰囲気の中で、のんびりとヘダーヤトは嘯いている。


「乳兄弟って言っても王族とはお風呂は別だし、しばらくはお昼にしか会わなかったから、幼いジャハーンダール王子は、僕のことをとびきりの美少女だと思ったんだよ」


 得意げに語るヘダーヤトに反して、ジャハーンダールはどんどんと顔から表情が消えていく。それが真実の証拠のようであった。

 ファルリンは、ジャハーンダールの意外な一面を知って、面白そうに表情を失っていく彼を見ている。カタユーンやアナーヒターも興味深そうにヘダーヤトの話に耳を傾けているが、マハスティだけは怒りで体をぷるぷると震わせていた。


「ある日、僕の性別に気づく事件が起きて……」


「あー!それ以上は言うな!」


 幼い頃の恥ずかしい思い出を、これ以上暴露されてはたまらないとジャハーンダールは、ヘダーヤトの話を遮る。


「とにかく、俺の初恋の相手はマハスティでは……」


 ジャハーンダールが、マハスティに真実を告げようとしたとき、王宮の鐘楼がけたたましく辺りに鳴り響いた。

 ひっきりなしに叩かれる鐘楼の合図は、警戒レベルが最大値の時に鳴る音だ。


「怖いわ。ジャハーンダール」


 マハスティが怯えたようにジャハーンダールに抱きついた。どさくさに紛れて、幼い頃のように呼び捨てだ。

 ファルリンは、それを尻目に身を翻した。緊急時、近衛騎士団は詰め所に集合しなければならない。ジャハーンダールが、マハスティをなんと慰めているのか気にはなったが、ファルリンにはやることがある。

 着飾って守って貰うだけの女の子だったら、ファルリンはジャハーンダールとは会えなかったのだ。


 ジャハーンダールと出会うきっかけになったこの力を、蔑ろにするようなことはできない。


 ファルリンは振り返ってジャハーンダールの様子を確認したいのを堪えて、詰め所へと走った。

 まだ、警戒を告げる鐘楼が鳴り響いている。


「マハスティ、離せ。俺は国王の勤めを果たさないとならない」


「そんな!私の事を放ってどこへ行かれるのですか?」


 なおもジャハーンダールに、しがみつこうとするマハスティをジャハーンダールは、従者に任せてヘダーヤトとカタユーンを連れて、執務室へと向かった。




 ジャハーンダールが執務室に戻ったとき、すでにジャハーンダールの部下や大臣達が集まっていた。

 騎士の制服を着た青年が部屋の中央で、最敬礼していた。その姿は砂にまみれていて、ところどころ傷があった。


「何事か、報告せよ」


 ジャハーンダールの言葉に、騎士の青年は上ずった声で話し出した。


「第二騎士団所属のファルロフです。本日、周辺の哨戒にあたっていました。第二騎士団は、魔獣の大群と遭遇し戦線の維持ができません」


 緊急事態を知らせるために、三人の伝令が戦場を駆け抜けたが辿り着けたのはファルロフだけだったようだ。


「場所はどこだ?」


「王都の西、ホマー城からです」


 ホマー城は、王都の最後の砦であり大規模な城下町もある。魔獣の出現が頻繁になった昨今では第二騎士団が駐屯し警戒していた。

 ホマー城の第二騎士団と王都の第一騎士団で王都周辺を哨戒しているが、その時に魔獣と遭遇したようだ。大臣たちは状況が分からないから王都からの出陣は時期尚早だの、周辺の他の騎士団に救援をあたらせろと自分たちの保身に忙しい。

 王都の警備を空にして魔獣の襲撃を受けることを恐れているのだ。

 しかし、ジャハーンダールは違う。無意味に恐れている大臣たちを鼻で笑い、王命を下した。


「王都に駐在する全軍を集めよ。出陣だ。ホマー城へ向かう」


 ジャハーンダールは、王都に駐屯している騎士団全軍でホマー城を襲撃している魔獣に戦おうとしているが、実際に全軍を出陣させるわけではない。

 王都の治安維持のために近衛騎士の半数は王都に残す必要があった。


(できれば……ファルリンに残ってほしい)


 ファルリンを前線に送るのは嫌だった。どうして、メフルダードとジャハーンダールが同一人物だと気が付いたのか聞いていない。


(そうではなくて、手の届かないところで死んで欲しくない)


 今まで国王として、必要があれば兵士を前線に送ってきた。犠牲者が出れば追悼をし喪失感を味わってきた。

 だけれど、ファルリンが出陣するとなると身も千切れそうなほど苦しく、喉の奥がひりつく。


(どうしてこんなにも、側に置いておきたいのだろう)


 自問をしてもジャハーンダールは答えを出せなかった。

 ジャハーンダールは全軍が集まる広場に面したバルコニーに向かう。そこで、兵士たちを鼓舞し出陣を命じるのが習わしだ。


 だけれど。


 ジャハーンダールは急いで踵を返した。

 今ならまだ広場に集合する前のファルリンを捕まえられるはずだ。そこで、何でもいいからファルリンと話がしたかった。


 ジャハーンダールは、1人の女性にこんなにも執着したことは無かった。去る者は追わない主義だった。

 戦に向かう装備をして広場に向かうファルリンを中庭の回廊で見つけた。


「ファルリン」


 ジャハーンダールは、呼びかけるとファルリンは肩を震わせ立ち止まり最敬礼をして頭を垂れた。


「ファルリン、顔を上げてくれ。いつものように話がしたい」


「どうかお許しを。ご尊顔を拝謁する資格はありません」


 ファルリンは頑なに顔をあげようとはしなかった。ジャハーンダールの服装は、国王の豪奢な衣装でメフルダードの質素な魔術師の服装ではない。遠目にも国王ここにあり、と分かる。国王が、一介の騎士に声をかけたため、慌ただしく城内を動き回る騎士や使用人たちの注目の的になっていた。

 ジャハーンダールは、ファルリンの目立ちたくないという気持ちに気がつかないでそのまま話を続ける。


「資格ならあるだろう。王の妃マレカ・マリカの持ち主だ」


 ファルリンは、ひゅっと息を飲み込んだ。幸にしてジャハーンダールは声を潜めたのでファルリン以外には聞こえていない。


「いつから……知って」


ファルリンは絞り出すように言葉を発した。ファルリンの鼓動は早くなり嫌な汗をかいている。


「初めて、メフルダードとして会った時から」


ジャハーンダールは、王の妃マレカ・マリカの持ち主がファルリンであることを最初から知っていたことを明かし、ファルリンに身分差など些細なことであると安心させようとしたのだが、今回は裏目に出た。

 ファルリンは、体を固くし大理石の床を見たまま言葉を続けた。


「どうかお許しを。私は王の盾マレカ・デルウを持ち、王国と王を命に変えて守る者。御前失礼致します」


 ファルリンは完璧な礼をして、ジャハーンダールの前から走り去った。交渉は決裂したのだ。

 ジャハーンダールは、一つに纏められたファルリンの赤毛が翻るのを茫然と立ち尽くして見ていることしか出来なかった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る