第19話戦場で背中を任せられる人
ファルリンの勝利宣言に、ファルリンの所属する
モラードは、ファルリンが投げつけた染色液を胸元から垂らしたまま、櫓の床に膝をつき呆然としていた。
「なんで、お前来れたんだ?櫓で指揮をしていたんだろう?」
「指揮官が櫓から離れてはいけないなんてルールはありませんでした。実際の戦場でそんなことは言っていられませんから。ピルーズが前線に出てくることは読んでいました。真正面からぶつかって勝つことは難しいので、自陣の守備隊が弓を打ち、飛距離は魔法で伸ばしました」
ヘダーヤトが櫓に登ってきた。
「うまく考えたものだよね。駱駝に乗ると魔法が使えない魔術師達は全員、砦の見張り台から弓矢の飛距離を伸ばす魔法だけをずっと使っていたんだ」
「ピルーズは、必ずどこから飛んできたのか考えると思いました。その隙に
「後は、派手に砦の入り口を壊して侵入し、僕が名乗りを上げて多くの注目を集める。その隙に……」
「私が櫓を駆け上がり、貴方を倒した、というわけです。どうですか?田舎者の作戦は?」
モラードが最初の頃、ファルリンをバカにするためによく言っていた言葉を使った。モラードは、はっと息をのみ、ため息をついて立ち上がった。
「完敗だよ。見事なもんだ」
「体よく勝利宣言をして、誤魔化そうとしてもダメです」
あれから、演習に参加した者たちは全員、近衛騎士団の隊長であるアーラードから演習の総評をもらって解散となった。アーラードのファルリンの指揮の評価は高かった。しかし、まったく納得していない人が一人居た。
演習から戻り、湯を浴びてファルリンが四阿へ行くと同じように湯を浴びたのかこざっぱりとした格好で、メフルダードが居た。
眉をぎゅっと寄せた不機嫌な表情をして、メフルダードはファルリンを手招きした。
日は傾き、四阿に西日が差し込んでいる。
恐る恐るファルリンは、メフルダードのいる四阿に近づき向かい側に腰を下ろした。
「僕が言いたいことが何だかわかりますか?」
「いえ、わかりません。チームは勝利しましたし」
「確かに、貴方の作戦は素晴らしかった。騎士は魔術師を守る者、魔術師は砲台の役割しかしないもの、という常識を覆しました。……でも!」
メフルダードは、机を両手で叩いた。大きな音にファルリンは肩をすくめた。
「貴方は指揮官です。供の一人も連れずに戦場を駆け巡るなど言語道断。実際の戦場なら、格好の的です」
作戦会議の時に、メフルダードが反対をしなかったのは、誰か共を連れて行くと思ったからだ。だか、結果的に、誰も連れて行っていない。
櫓から、駱駝に乗り荒野を疾走するファルリンを見て、ジャハーンダールの肝は冷えた。
「盾となるような供を連れて行けって言うことですか?」
「最終的にはそうなるでしょう。そうならないように協力して助け合える供を連れて行ってください。戦での常識ですよ」
「分かりました。今度からはメフルダードを連れて行きます」
「え……え?僕です……か?」
メフルダードは驚いて勢いが削がれ言葉に詰まった。ジャハーンダールは、ファルリンと供に戦場を駆けることはできない。でも、宮廷魔術師のメフルダードが本当に存在するならファルリンと供に駆けることもできただろう。
「一番信頼できる人をと思って、今日は参謀に指名したのです。だったら、貴方を……どうしました?」
珍しくメフルダードは、片手で両目を多いファルリンの視線から逃れるように体を横に向けている。よく見ると、耳が赤い。
「あまりにも、その、熱烈なので」
一番信頼している人と戦場を駆けたい、という純粋なファルリンの言葉に、ジャハーンダールは照れてしまったのだ。今までそのように真っ直ぐな言葉をかけてくれる者は、あまり居なかった。
「ね、熱烈……確かにそうかもしれませんが、でも、本当のことで……」
ジャハーンダールの気恥ずかしさがファルリンにも伝染したのか、ファルリンの頬が徐々に染まり、声がか細くなって消えた。
「とにかく、私は、メフルダードが一番ですから!」
今までで一番熱烈な言葉を言って、ファルリンは恥ずかしそうに慌てて四阿から退散した。
ファルリンの赤毛が夕陽に反射して、弧を描きながら煌めく。
後に取り残されたジャハーンダールの頬も、ファルリンに負けず劣らず、赤く染まっていたことに気がつかないで。
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