第26話背中を任せる人

 王都スールマーズから東へ駱駝で行くと半日ほどの距離の所に、太陽のホルシード町と呼ばれる場所がある。あまり大きな町ではない。

 町の中心には大きな神殿がありその神殿を中心として町が形成されているのだ。神殿自体はとても昔からあり、神話時代のことが書かれた貴重な資料が収められている。

 太陽のホルシード町までの道のりをファルリンたちは駱駝で踏破し、町や街道沿いの周辺を見回った後王都まで戻ってくる任務が巡回の任務である。

 巡回中に魔獣に遭遇した場合、魔獣が少数であればこれを撃破し、群れとであった場合は王都へ急ぎ戻り援軍を連れてこなければならない。

 太陽のホルシード町までの道のりと町周辺の安全を守る大事な役目であった。


 ファルリンとメフルダードは、駱駝の首を並べ横に並んで駱駝を歩かせている。今のところ魔獣や盗賊などの危険な目には遭っていない。

 太陽は徐々に天頂へと向かいそれにともなって気温が高くなってくる。二人は頭からスカーフをすっぽりとかぶり、太陽光の刺すような痛みから肌を守る。

 ところどころに低い木が生え、かさかさと葉を揺らせて風が吹き抜けていく。


「見えてきましたね」


 ファルリンは、幻ではないかというほどぼんやりとした地平線の彼方に見える街並みをみつけた。メフルダードは、遠すぎてよく見えていない。


「僕には見えません」


「あれ?そうなんですか?」


 砂漠に住む者バディーヤは、放牧や狩りをするので視力に優れた者が多い。ファルリンもその一人だ。


「距離的にもあと少しと言ったところでしょうか」


 街道沿いに駱駝で歩いているだけあって、道のりは平坦で駱駝が歩きやすく舗装されている。旅人や商人が行き交う活気のある街道だ。

 二人は警戒しつつものんびりと太陽のホルシード町へと向かった。




 太陽のホルシード町は、白い石で作られた神殿を中心に道が放射線状に広がり、それに沿って街並みが作られている。白い神殿は町のシンボルであった。小さな町なので、王都スールマーズに比べれば人通りは少なくはあるが、活気はあった。人々は魔獣の脅威に恐れを抱きながらも、たくましく生活をしていた。

 二人はまず神殿に挨拶に赴いた。王宮の神殿とは違い昔ながらの神殿の造りをしている。王朝が変わっても神殿が作り替えられることがなかったのだろう。神殿の神官達に挨拶を済ませた二人は、周囲の見回りをすることになった。


 王都に近いながらも、太陽のホルシード町は魔獣の被害はあまりないらしい。町の警備隊でなんとか凌いでいるという神官達の話であったが、王都の騎士達が見回ってくれるのは心強いとも話していた。ファルリンは、その思いに答えたいと思う。

 徒歩で町の周辺を歩いていると、ファルリンはあることに気がついた。


「ここって遺跡が多いのですね」


太陽のホルシード町は、神話時代から人々が住んでいたと言われています。過去の遺物がそこかしこに埋まっているんです」


 人々が単なる岩だと思って座っているのは、かつての祭壇の跡だ。岩の側面に古代魔法語の文字が風化せずに残っていた。


「あれ、良いんですか?」


 風化しているとはいえ、古代魔法語の文字が刻まれている魔法道具である。何かの拍子に起動したら大変なことになる。


「あの文字は、神への祝福が書かれているだけなので何も起きません。昔は神への祈りの言葉は神聖魔法語だけではなく古代魔法語も使っていたという名残ですね」


 魔術師のフリをしているとはいえ、ジャハーンダールはよどみなく知識を披露する。王として研鑽を積んできた結果であった。


「大昔は、今のように魔術師が使う魔法と神官が使う神聖魔法のように区別がなかったのでしょうか。不思議な感じがします」


 今は体系立てて魔術師が使う古代魔法と神官が使う神聖魔法のように使う魔法に明確な区別がついている。両方とも魔法が使えるという人間は極めて希な存在だ。王の魔術師マレカ・アッラーフであるヘダーヤトでも古代魔法と神聖魔法の両方を駆使することは出来ない。そのかわり、自分でオリジナルの魔法を作り出すことが出来るという別のベクトルで才能を発揮していた。


「昔は、今よりも魔法を使うことが簡単だったのではないかと言われています。それが古代魔法と神聖魔法の両方を使うことが出来た原因の一つかもしれないですね」


 ファルリンとメフルダードは二人並んでのんびりと歩きながら、魔法談義をしている。ファルリンは魔術師ほどではないが、魔法の素養があり多少の魔法を使うことは出来る。メフルダードとの共通の話題は、嬉しいらしく終始楽しそうに話していた。

 そのとき、ファルリンは警戒するニスル・サギールの様な鋭い目をして辺りを警戒する。


「……何か来ます!」


 ファルリンがメフルダードを庇うように一歩でて、西の方角に体を向け、弓を構える。

 西の地平線から数匹の四つ足の動物が近づいてくる。その生き物は疾走しているようで、どんどんと姿が大きくなっていく。

 最初は黒い点だったものが、今はその姿をはっきりと捕らえることが出来る。黒い毛皮と立髪に紅瞳の四つ足の生き物だ。


「魔獣か!」


 メフルダードは思わずジャハーンダールの時の話し方が出てしまったが、ファルリンは気に留めていないようだ。


「数は、4。どうしますか?」


「僕たちだけで片付けましょう。いけますよね?」


「もちろんです」


 ファルリンは答えるのと同時に、まだ距離のある魔獣へ向けて弓を放つ。弧を描いて空を駆けていく矢に飛距離を伸ばす魔法をかける。続けざまに、2つ、3つと連続で射る。

 そこへメフルダードの古代魔法が当たり、ぎゃんっという短い悲鳴の後、魔獣が動かなくなる。残りの三匹に向けて、ファルリンは弓を放つ。

 矢の雨をかいくぐり、ファルリンに肉薄する魔獣の振りかぶった前足を、ファルリンは曲刀で受け止める。


「悪神の使いを焼き払え!」


 そこへすかさず古代魔法を唱えたメフルダードが、魔獣を焼き尽くす。あうんの呼吸で手際よく魔獣を退治していく。


(ファルリンと戦うのは、勝手が良いな。安心できる。悪くない)


 ジャハーンダールは、ファルリンと背中合わせになりながら魔獣と対峙する。

 魔術師というのは、魔法も使うが魔法が使えなかったときの場合に備えて棒術も学んでいる。メフルダードは、小さくして携帯していた魔法の杖を大きくする。自分の背丈ほどになった杖を構えて魔獣に叩き込む。

 魔獣の低い悲鳴があがる。最後の一匹を倒して、メフルダードは一息ついた。


「ファルリンとはうまく戦えそうな気がします」


 メフルダードが手放しでファルリンを褒めると、ファルリンは恥ずかしそうに頬を染めて、落ち着きなさそうに視線がさまよう。

 そんな初々しい様子に、メフルダードは笑みがこぼれ落ちる。


「さ、一端神殿に戻りましょう。今の魔獣の襲撃の報告をしなくてはいけません」


 ファルリンとメフルダードはまた、二人で並んで神殿へと戻っていった。

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