第27話星の降る夜
神殿で魔獣の襲撃があったことを神官に報告をすると、念のために一日この町に泊まって他の魔獣が様子を見に来ないか確認をして欲しいと頼まれた。
ファルリンたちは神官達の頼みを受けることにし、本日は
神殿は、神官達が宿舎として使用している建物があり、その空室を二部屋借りることになった。隣り合わせで用意された部屋は騎士団で利用している宿舎よりも質素だった。
ファルリンは、荷物を置いて夕食までの時間、メフルダードと神殿を探索することにした。
古い神殿だけあって、神殿の造り自体に歴史を感じられる。そぞろに神殿の廊下を歩いていたが、メフルダードは書庫で調べ物がしたいと、神官に書庫の場所を聞いて二人で向かった。
書庫の扉は他の部屋の扉と違い、装飾の無い質素なものであった。メフルダードが扉を開けると古い本の匂いがした。壁一面に本棚が設置され、埋め尽くすように本が所狭しと並んでいた。この神殿の歴代の書庫の管理者は几帳面なようでジャンル別に書籍は整理され適宜見出しが付けられていた。
メフルダードは迷わず神話、伝説が並んでいる棚に向かった。
「何を調べるのですか?」
「神話や伝説に残されている女神復活について調べています」
「女神アナーヒター様のですか?」
「そうです」
「それこそ無数にありますよね?アナーヒター様は人気の女神です」
「できる限り原典に近い物を探しています」
「わかりました。手伝います」
ファルリンも本棚に向かいメフルダードの手伝いを始めた。とはいえ、ファルリンは正式に魔術を勉強したこともなく、神学を勉強したわけでもないので昔の記録を読み解くことができない。
昔の記録の大半は古代魔法文字か神聖文字で記述されている。最終的には、メフルダードに目を通してもらわないとわからないので、あまり助けにはなっていない。
「あまりお力にはなれないみたいです」
「いえ、充分ですよ」
(本当に、充分だ。俺が次の本を読みやすいように読み終わった本を片付けてくれる。細やかな気遣いだ)
ジャハーンダールはファルリンの細やかな気遣いに感嘆していた。ジャハーンダールが本を読みやすいような環境になるように気を配るのだ。
何冊目かの本を読み進めて、ジャハーンダールは目当ての本をみつけた。
彼の探していた本は、悪神
アナーヒターは豊穣の神なのでアナーヒターの「生と死」は小麦の成長を現しているのではないか、という説を唱える神学者もいる。
(
悪神復活を今時信じる人はいない。しかし、本当に女神は復活してしまったのだ。悪神が復活してもおかしくはない。なので、時代錯誤とは思っていても笑い飛ばすことができなかった。
ファルリンは、やがてメフルダードが本格的に読書に没頭したのを確認すると、自分も書庫で見つけてきた本を読み始めた。
夕食と入浴を済ませ、ファルリンは神殿の中庭でくつろいでいた。王宮の中庭に比べればこじんまりと質素であったが、手入れの行き届いた庭である。常夜灯も兼ねた灯籠に火がつけられているので、幻想的な雰囲気だ。夜空には満天の星空が広がる。
ファルリンは夜空を見上げながら、今日の魔獣退治のことを思い出していた。
(メフルダードは一緒にいて戦いやすい人だった。息が合うというのはこういうことなのかもしれない)
「ここで魔法を使ってくれたら」とファルリンが思うタイミングで、確実に魔法を使ってくれるのである。戦い方の定石もあるが、おそらく本当に相性がいいのだろう。そうファルリンは結論づけた。
次に思い出すのは、書庫で読んだ本だ。
それは
歴代の痣の持ち主は、代々の騎士であったり、王の乳兄弟であったりすることが多い。
ファルリンは何故、自分に宿ってしまったのか不思議でならない。
征服された民族のかつての王家の娘に、そんな痣が宿るなんて皮肉以外の何物でもない。
ファルリンの祖父は自分の代で王国を潰したことを嘆いて死んでいった。父はヤシャール王国に従いながらも遊牧民の誇りの間で揺れている。
ファルリンは、胸の奥のチリチリした感情を吐き出すように溜息をついて、空を見上げた。
(星は、いつも変わらない。私たちの王国が消えたことも、私に
「どうしましたか、ファルリン?」
よく知った最も頼りにしている人物の声が背中からした。夜の優しさの声のようでファルリンは、メフルダードの柔らかい声音が好きだった。
ファルリンが振り返ると、メフルダードが声をかけたというのに、メフルダードは目を見張っていた。
(本当に、このまま消えてしまいそうだ)
月明かりに照らされたファルリンは、昼間の時とは違い今にも消えそうな儚さがある。メフルダードは、借りている部屋に戻ろうとして通りかかったら夜空を見上げるファルリンを見つけた。
今にも消えそうな雰囲気に、思わずジャハーンダールは声をかけた。
「いえ、何も」
ファルリンは首を振って何も無いと答えた。
「星が綺麗ですね」
メフルダードがファルリンの隣に並んで立った。夜風が2人の間を通り抜けて、髪を揺らす。メフルダードから爽やかな柑橘系の香りが漂う。
共同のハマムを使ったので、同じ石鹸を使用している筈だ。自分からも同じ柑橘系の香りがするのかと思うと、気恥ずかしくなりファルリンは俯いた。
「星を見ていると、自分の悩みなんて小さな事に思えて小さい頃からよく夜空を見上げていました」
「と、いうことは何が悩み事でも?」
メフルダードに、背中を丸めて下から覗き込むように顔を見られてファルリンは瞳が揺れた。
ファルリンは何も答えられずに黙ってしまう。メフルダードもあまり気にしていないのかすぐに、先ほどまでのファルリンと同じように星空を見上げる。
「星が降ってきそうですね」
メフルダードは何も聞かなかった事にしてくれたようだ。何気ない優しさがファルリンの鼓動を早める。
「はい、手が届きそうなぐらい」
ファルリンは子供の頃に星をつかもうと夜空に手を伸ばした事がある。あの時と同じように手を伸ばして掴もうとするより早くメフルダードが、ファルリンの手を掴んだ。
言葉なく、ファルリンとメフルダードは見つめ合った。やがて、最初に目を逸らしたのはメフルダードだった。
「夜風が出てきましたね。冷える前に部屋に戻りましょう」
ファルリンの手を掴んでいたのを離し、部屋に戻るようにファルリンの背中をそっと促すように押した。
ファルリンは、流されるままメフルダードと借りた部屋に戻っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます