第29話垣間見る

 ファルリンは、初任務に張り切っていた。ついにジャハーンダール王の警護をすることになったのだ。とはいえ、ファルリンは近衛騎士の中では新人で、王のすぐ近くまでいけるわけではない。

 御前会議の部屋の外を警護するのだ。ヤシャール王国の王宮は中庭に面してどの部屋も作られていて、風通りを良く、部屋の温度が外気より低くなるように作られている。そのため、中庭に面した回廊にも警護が必要なのだった。

 御前会議の部屋は国王が座る専用の席があり、そこは御簾が天蓋から降りている。王は貴い存在のため、直接見ることは非礼にあたるとして、高位の貴族でも王の姿を間近で拝謁しない。



 ファルリンは王の警護用の近衛騎士の服装に着替えた。いつも着ている貫頭衣カンドーラとは違い装飾性の高い衣装だ。黒地の貫頭衣カンドーラに金糸で植物の模様が刺繍されている。

 布地の手触りも良く、しっとりと手になじむ。特別な近衛騎士の貫頭衣カンドーラに身を包みファルリンの気分は上がった。


 ファルリンは、ピルーズと供に御前会議の警護に当たっていた。とはいっても、ファルリンもピルーズも新人であるので、御前会議の会議室に入室は許されていない。中庭に面した回廊での警護だ。

 時折風が中庭から会議室に向かって吹き抜けるぐらいで、至って平和である。それでもファルリンは気を抜かないように、目を光らせる。

 すぐそこで、重要な御前会議が開かれているが、防音の効果のある魔法がかけられているのか、会議の内容はファルリンの耳まで届かない。ただ、さすがに回廊のすぐ近くまで人が来れば、話し声は聞こえる。




 御前会議は、粛々と進んでいた。本日の議題は、雨季での雨水の貯水についてだ。地方に住む神官達から例年よりも、雨季前の兆候があまり無いことが報告されている。

 砂漠の国で、雨季に雨が充分に降らないのは死活問題だ。

 どのように不足分を補うか、重臣達から案をつのっているが思ったほど意見はでてこない。実際に雨季になってみないと危機感が沸かないのだろう。

 ジャハーンダールは、危機になってからでは遅いので早めの対策を立てようとしているのだが、思ったように進まない。


「実際に、危機が起きると決まったわけではないでしょう。陛下はお若いから、世の中の法則がおわかりではない」


 マハスティの父親である財務大臣ファルザームが、ジャハーンダールに意見を述べる。ファルザームは、建国の忠臣であり、他の大臣や貴族達にも多大な影響力がある。会議の雰囲気が一気に、ジャハーンダールの功の焦りであると言う考えに変わった。


「雨季になり、雨が降らなくなってからでは遅い。雨は田畑を潤し、人の生活用水となる。雨季の雨量でその年の穀物の収穫量が決まる。事前の対策が必要だ」


 ジャハーンダールの言葉も、ファルザームのさらなる意見により打ち消される。


「雨季になってから、考えればよろしいのでは?ちょうど女神様も降臨されていますし、雨ぐらいどうにでもなりましょう」


 女神がいるということが、人々を安心させているようだ。だが、女神アナーヒターとよく接しているジャハーンダールは、都合良く女神が動いてくれるとは限らないことを知っていた。


「でも、みなさんも自分の領土の収穫が落ちたらお困りでしょう?どうでしょう。すぐに対策をと言われてもすぐに意見はでてきません。地域によって雨季に対する備えも違います。持ち帰って次の御前会議にもう一度というのは?」


 カタユーンが、ジャハーンダールに助け船を出した。ここで、若き王の功にあせった馬鹿な意見であると、重臣達から忘れ去られるぐらいなら、次の御前会議までの宿題にしたほうが、記憶に残る。


「まあ・・・・・・そういうことなら、いいでしょう」


 会議が終わったのか、会議室にいた人々が部屋の中から回廊へとでてきた。ある一定の距離まで近づくと急に人の話し声が聞こえるので、ファルリンは不思議な感じがした。

 あらかたの人は、会議室からでていったようだったが、肝心の国王が会議室からでてこない。数名でまだ部屋に残っているようなので、話のキリが悪いのかも知れない。


「今日は、だいぶ風が強いね」


 回廊のすぐ近くに、ヘダーヤトがいるようだ。ファルリンの耳に、ヘダーヤトの落ち着いた声が届く。


「ああ、そうだね。もうすぐ雨季だというのに、空気が乾燥しているのは僕も気になっている」


 ヘダーヤトは、誰かと会話をしているようだ。部屋の中には国王もいるはずなので、もしかしたら王とヘダーヤトが会話をしているのかも知れない、とファルリンは推察した。

 ファルリンが、こっそりと視線を向けるとヘダーヤトは御簾の方へと体をむけていたので、中に居ると思われる国王と話をしていそうだった。


 そのとき、風が吹き荒れた。下から煽るような風で、美しい絹糸で編まれた御簾がめくり上がる。


「あれ……は……」


 めくり上がった御簾の中には、国王がいるはずである。しかし、なぜファルリンのよく知った人物がいるのだろう。


 夜の闇を切り取ったかのような黒髪に、黄金の髪飾りを付け、気の強そうなつり目に紫水晶の瞳が煌めいている。良く通った鼻筋に唇は薄く、自信の表れなのか口の端がきゅっと上がっていた。

 艶やかな布地は紺色に染められ、金糸で幾何学的な模様が肩から胸にかけて刺繍が施されていた。美しい貫頭衣カンドーラに身を包んだ体は均整がとれている。


 ファルリンは、彼が慣れない王宮生活を優しく支えてくれたことを知っている。背中合わせに魔獣と戦ったときは、息が合ったことを体が覚えている。

 力強く手を掴まれたことも。


「メフルダードが……王様だったのですね」

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