第30話失恋

 その日、ファルリンは残りの近衛騎士の勤めをどうやって終わらせたのかあまり記憶に残っていない。気がついたら、いつもの中庭の四阿で座ってぼんやりとしていたのだ。

 辺りは黄昏色に染まり、もうすぐ夜が訪れる。


(メフルダードは、王様で。王様は、メフルダードで)


 ファルリンは、行き着いた考えに頭を抱えた。


王の妃マレカ・マリカを持っていても、メフルダードを好きでいていいの……?)


 ファルリンは、ずっと想いを無かったことにしたいと思っていた。王の妃マレカ・マリカを宿していることを隠し通せなければ、王の妃候補になることは充分に考えられたからだ。

 王が、「王の妃マレカ・マリカを妃とする」と公言しているからだ。メフルダードと想いを通わせたとして、そのメフルダードに王の妃マレカ・マリカが宿っていることを知られたら、仲がこじれるに決まっている。


(メフルダードが来たら……王の妃マレカ・マリカのこと相談してみようかな)


 ぼんやりしていても仕方が無いと、ファルリンが立ち上がり四阿からでようとしたとき、人の話し声が聞こえた。

 ファルリンのいる四阿は中庭の片隅にあり、茂った蔦が目隠しになるのかここに四阿があるということ自体気がついていない者も多い。誰もいないと思って話をしているようだ。

 聞こえてきたのは男女二人の会話だが、距離があるため話の内容までは判らない。ファルリンは、男の声に聞き覚えがあるな、と感じていた。


 黄昏時で、人気は無いが美しく手入れのされた中庭、男女での密会、となれば親しい者同士で会っている可能性が高い。聞き覚えがある声なので、もし近衛騎士団の誰かだったら気まずいと、ファルリンは考えそっと中庭から立ち去ろうとした。

 しかし、見えた光景にファルリンは思わず足を止めてしまった。男女ともに見覚えがあったのだ。

 女の方はファルリンの方に向いているため誰だかすぐにわかった。ファルリンが王宮に来たばかりのころ、色々と言いがかりをつけてきた貴族の娘マハスティである。

 マハスティは薄い桃色の貫頭衣カンドーラを着ている。花の刺繍がほどこされた貫頭衣カンドーラは華やかな顔立ちのマハスティによく似合った。髪飾りや耳飾りは控えめなデザインだが、それが余計にマハスティの華やかさが際立っていた。

 そのマハスティが、ファルリンに対し背中を向けている男に抱きついていた。男の方は、慌てるでもなくマハスティの背に腕を回し、抱き返していた。

 男は、黒髪に浅黒い肌とヤシャール王国人の平均的な色だが、それでもファルリンは後ろ姿で誰だかすぐに判った。

 いつもファルリンと会うときの魔術師の格好でも、御前会議の時に見た華やかな服装でもない。それでも、誰だか判る。


(あれは……メフルダード……王様、そう、マハスティと)


 ファルリンは、地の底に落ちた感じがした。ジャハーンダールは、腕の中に居るマハスティに何か囁いているようだったが、ファルリンのいる所まで声は届かない。

 だけれど、それで良かったのかも知れない。ファルリンは、泣くのを堪えながら迅速に足音を立てず中庭から逃げ出した。


 ジャハーンダールの影から、マハスティがほくそ笑んでいることに気がつかずに。

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