第10話本物?偽物?

 カタユーンはファルリンが湯から上がったことを確認してすぐにジャハーンダールへ報告に向かった。


 王は、執務室で度重なる魔獣の被害の報告書を読んでいた。羊皮紙を机の上に置いて、カタユーンへと視線を向ける。

 さすがに彼は、宮廷魔術師の服から、いつもの貫頭衣カンドーラに着替えていた。


「ほう、やはり王の妃マレカ・マリカを持っていたか」


「一人の人物に二つの王の痣マレカ・シアールを宿すなど、今までには無かった事です」


「無かったことがあったからと言って、不都合なことはあるまい。あったものが無くなると不便になることはあるがな」


「彼女を、妃にされますか?」


「そうだな……いや、相手の出方を待とう」


「彼女の出方をですか?」


「そうだ。これで王の妃マレカ・マリカを笠に着て王宮内をめちゃくちゃにされては困るからな」


「承知しました」


 カタユーンは、一礼して王の執務室から退室した。


「あれが、王の妃マレカ・マリカか」


 ジャハーンダールの脳裏に、素朴で純情そうなターバンを巻いた赤毛の少女の姿が浮かぶ。「王の盾マレカ・デルウ」の持ち主でもあるので、あの細そうな体で、普通の兵士以上の活躍をするのだ。とてもそうはみえない。





 ファルリンは、今まで着ていた服から王宮であてがわれた服に着替えていた。とても単純な造りの貫頭衣カンドーラで貴族の娘に着せたら、本人が怒り狂いそうなほど質素である。ハマムで全身を磨かれ、自分の体から石けんの良い匂いがして、ファルリンは嬉しくなった。長い髪の毛は、編み込まれてまとめ上げられているが、複雑な編み方なので、自分で再現はできそうにない。

 最初に来た大広間に戻ると、みんなに指示を出していた役人と、十人程度の女性しかいなかった。あんなに大勢居た人が、ほとんどいないのである。

 ハマムの使用人達が、試験者たちのハマムでのお世話をする傍らで、彼女たちの体にある王の痣マレカ・シアールが染料で描かれたものかどうか判断していたのだ。

 大概の染料は洗い流せば落ちてしまうので、彼女たちは言い逃れの出来ない状況で、偽物と認めるしか無かったのだ。

 ここに残ったのは、染料では無い王の痣マレカ・シアールの持ち主たちである。


 その中の令嬢達で、他の者たちに自分がいかに相応しいかをアピールしていた少女が、広間にやってきたファルリンに目を付けた。


「貴女、恥をかく前に辞退なさい」


 突然話しかけられた上に、話している内容をすぐに理解できなかったファルリンは、目を瞬かせた。


「なぜ、私が恥をかくのでしょう?」


「どんな方法を使ったかしらないけれど、王の痣マレカ・シアールなんて偽物なんでしょ?」


 ファルリンと対峙している少女は、夜空のような豊かな黒髪に、空色の瞳がつり目がちで気の強そうな顔立ちだ。身につけている物はすべて高級品で、貫頭衣カンドーラには小さな宝石がたくさん縫い付けてある。

 ファルリンは気がついていないが、高位貴族の娘で、名を月の人マハスティという。


「偽物ではありません」


 何を根拠にそんなことを言うのだろうと、ファルリンは首をかしげる。


 (金星アルゾフラの神に誓って、この王の痣マレカ・シアールは偽物ではないのに)


「強情ね。いいわ、陛下の前で恥をかけば良いんだわ!」


「陛下?」


「知らないの!このあと陛下が直々に、私が王妃になると宣言してくれるのよ」


 ファルリンは、マハスティの答えになんと返して良いのかわからなかった。確か、王の痣マレカ・シアールの話をしていたはずなのに、どうして突然、王妃の話に飛躍したのだろう、と不思議に思っていた。


「王妃になられるのですか?」


「そうよ!私の王の妃マレカ・マリカをみて、陛下はこういうのよ『おお!美しき乙女、どうか私の王妃になってください』って」


 少女の舞台演劇のような言い方に、ファルリンは笑いそうになった。


(そんなプロポーズする王様なんて、嫌だ)


 ただ、他に気になることがある。目の前のマハスティは王の妃マレカ・マリカを持っていると宣言していた。そうすると、自分の王の妃マレカ・マリカは一体何なのだろう。

 人前で使ったことは無いが、王の妃マレカ・マリカの力も使えることは確認している。


「さて、二つ目の試験の準備が整ったので始めます」


 役人が、広間に居る者たちに声をかけた。


「まだ、試験をやるの!私が王妃でいいじゃない」


 ファルリンに自分が王妃になると、蕩々と語っていたマハスティが役人に詰め寄る。役人は、この少女が高位貴族の令嬢と知っているので、色々となだめすかして試験を受けさせようとしていた。


「では、始めますよ」


 役人の合図で、大広間の床が光り出す。魔法陣が大広間の床に描かれ、それが白色に光り輝いているのだ。ファルリンは、床に描かれた魔法陣の緻密な模様を面白そうにじっと見ている。


「あ、あ……!私の髪光っている!選ばれたって事よね!!」


 先ほどから大騒ぎしているマハスティの髪が乳白色に輝いている。女性を褒め称える言葉として最上とされている「月」が名前として入っているマハスティは、相当な自信家である。ファルリンは、自分の髪を指で摘まんでみたが、光っていない。

 辺りを見回すと、ファルリン以外の少女の髪の毛が乳白色に光っている。


「ほうらごらんなさい、やっぱり貴女偽物なんじゃないの!」


 乳白色に光っている髪を見せびらかすように撫で上げながら、マハスティはファルリンをバカにし、高笑いをした。他の少女達も、ただ一人、髪の光らないファルリンを嘲笑している。


「それは、早計なんじゃないかな」


 魔法陣の中心に、突如として一人の青年が現れた。先ほど、ファルリンを呪われていないか調べてくれた宮廷魔術師のヘダーヤトだった。

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