第13話女神の信者

 ファルリンは、カタユーンに王宮内を案内してもらっていた。本来であれば、近衛騎士団内のメンバーが行うのだが、これから行く場所は男子禁制の場所だ。

 カタユーンが毎朝、女神アナーヒターに祈りを捧げに行く後宮だ。最初、ファルリンは後宮には本物の女神が住んでいると聞いて、「王様は、神話と同じように神様と結婚したのか!」と感動したのだが、実際は夫婦関係ではなく、女神が後宮に居候している状態だ。

「陛下は、女神様のどこが不満なんでしょう?」


 ファルリンは、後宮への道すがらカタユーンに尋ねた。


「人間同士、相性というものがあります。神と人間の間にも相性があるのでしょう」


 カタユーンは、両手に捧げ物を抱えながらファルリンに回答した。今日の捧げ物は、神官達が心を込めて祈りの言葉を唱えながら作った旗織物だ。布地をみせ、気に入ってもらえたら、それで貫頭衣カンドーラを作る予定だ。

 まだまだ暑い季節なので、麻の糸を緑色に染めた織物だ。


「女神様はどういった方なのでしょう?」


「非常に美しい方で、物言いはきついですが懐広く、お優しい女神様です」


 ジャハーンダールあたりが聞いたら、「別人だ」と騒ぎそうな評をカタユーンはファルリンに伝えた。


 中庭を取り囲むようにしてある回廊を通り抜け、女性と国王しか入れない門をくぐり、後宮へ足を踏み入れる。レンガ造りの回廊から大理石の廊下へと変わった。後宮の入り口の一段高いところには、人影があった。


 絵画の一部であるかのように完璧に整った美しい人が、腰を下ろしてファルリンたちを見つめていた。黒くて長い髪の毛は、腰の辺りまで伸びていて緩く波打っている。身に纏っているのは、神官と同じ服であるのに、高価なドレスを身に纏っているかのように光り輝いていた。


(女神様だ……!)


 ファルリンは、誰に言われるでもなく直感で彼女が女神アナーヒターであると本能で理解した。


「後宮の新しい住人かしら?」


 カタユーンや、ファルリンが最敬礼するより早くアナーヒターは声をかけた。美しく芯のある透き通った声に、ファルリンの心は揺さぶられる。


「いえ、本日から後宮の見回りの任務をします、近衛騎士団のファルリンでございます」


 カタユーンが女神の問いかけに答えて、ファルリンを紹介する。ファルリンはカタユーンの隣に並び、アナーヒターに最敬礼をした。


「ファルリンと申します。お目もじに預かり光栄に存じます」


「あら、貴女王の盾マレカ・デルウなのね。いいわ、好きなように出入りしてちょうだい」


 アナーヒターは一目見てファルリンの持っている王の痣マレカ・シアールに気がついたようだ。


(ひとめで気がついたということは……王の妃マレカ・マリカにも気がついているっていうこと……?)


 ファルリンは、女神の能力のすごさに尊敬を抱きつつも、そのことについては触れて欲しくないと思った。


「カタユーン、何かと不便もあるだろうから彼女に便宜を図ってあげるといいわ。彼女は金星の種アルゾフラ・ビゼルよ」


「まぁ!では後宮の見回りになったのも、縁があってのことなのですね」


 アナーヒターの言った金星の種アルゾフラ・ビゼルとは簡単に言ってしまえば、アナーヒターの熱心な信者である。ファルリンはもともと金星アルゾフラ信仰の強い砂漠に住む者バディーヤであるし、放牧中に何かと「金星アルゾフラ発見!」などとしていたので、アナーヒターからみれば自分の熱烈な信者なのであった。


 金星の種アルゾフラ・ビゼルが何であるのかわかっていないファルリンは、二人の話を大人しくきいている。意味が分かっていれば、顔を真っ赤にして照れていただろう。


「それと、これをどうぞ。神殿からの捧げ物でございます」


 カタユーンは手にしていた織物を神事に則った仕草で、アナーヒターに捧げた。アナーヒターは受け取り、織物の色や手触りを確認している。


「あら、良い布じゃない。さっそく仕立てなさい」


 カタユーンは恭しくアナーヒターから織物を受け取った。


「ファルリンの見回りは、朝と夜の二回です。何かありましたら、すぐにお呼び立てください」


「お役目、期待しているわ」


 カタユーンの言葉に鷹揚に頷いたアナーヒターは、緊張で固まっているファルリンに、にこやかに笑いかけた。


「ありがたく存じます」







(アナーヒター様との謁見は、陛下との謁見より緊張した。陛下は、御簾越しだからよくお姿がわからなかったし。遠かったし)


 アナーヒターとの謁見を終えて、ファルリンは謁見の間に向かっている。そこでファルリンの近衛騎士の叙任式があるのだ。

 叙任式で初めて近衛騎士団全員と顔を合わせることになる。


 近衛騎士団には王の槍マレカ・ロムフも所属しているのだという。

 ファルリンにとってみれば、初めて自分以外の「王の痣マレカ・シアール」を宿している人物と会うことになる。本当は、それより先に王の魔術師マレカ・アッラーフであるヘダーヤトと会っているのだが、ファルリンはまったく気がついていない。


王の槍マレカ・ロムフってどんな人なんだろう)

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