第25話




「イッ……てぇ…………ああ?」


 ソファの近くにあった足の短い机に肩を抑えながら頭をぶつけ床に落ち悲鳴があがった。頭に手を当て、血が付いたのを見て義父が驚く。

 そして黙り込んだかと思うと、肩をみるみる震わせ歯ぎしりをする。


「海夏ぁああああああ! こんな事してどうなるかわかってるだろぉなぁ?! ええ?! のこのこ一人でもっかい来るなんてよぉ……」


 眼球に赤い血管を浮かばせながら、黄ばんだ歯の隙間から唾を飛ばしながら叫ぶ。


「望み通りサンドバッグにして、動けない目の前でお前の女抱いてやるからなぁ?!!」

「そんなことさせねぇよ」


 上半身をソファから起こしたふわりに、ソファ越しにゆっくりと海夏君の手がゆっくり伸びてきた。


 ビクッ


 ふわりは反射的だった。体が勝手に震えた。


「あ……びっくりして……アハハ」


 ふわりは顔を引きつらせながら笑った。


「ふわり、立てるか?」

「こ、こし………が……」


 海夏君が一瞬、少し悲しそうな目をした。でも、すぐに優しい目に戻る。そして、頭をぽんぽん。とした。


「ごめんな……。もう、大丈夫だから。すぐ、終わらせてくる」


 そして、離れていった。 

 なんでだろう……。不思議だ。あんなに怖かったのにその一言だけで。震えも恐怖も止まった。


「海夏ぁ。お前にたった一人で何ができる? お前は今まで通り。俺に殴られて目の前の大事なやつを、誰一人守れやしねぇんだよ」


「お前、何か勘違いしてないか?」


 瞳がまた一変し、凄まじい火花を散らした。少し感情的で抑えられない怒りから、声に鋭さが増す。

 海夏君がバットをとんとん、と鳴らし遊びながら話す。


「誰が、いつ、一人で戻って来たって……?」


 すると、扉が急に開き。慌ただしく誰かが入ってきた。


「悪ぃ! 待たせた海夏!」

「ごめんねぇ! 誰かさんのせいでちょっと迷子になりかけて……」


 「ここ本当に不気味だね!」と言いながら、緊張感のない二人を見て。今のこの危機的状況すら忘れそうになった。


「龍………! 真白…………!」


 そこには汗を流し膝に手を付き、息継ぎをする二人の姿があった。

 海夏とふわりの口の端が上がる。


「遅ぇぞ。二人とも」


 能天気な奴らが突然上がり込んできて、一瞬困惑した義父が不気味に笑いだした。


「ふッ…………誰かと思えばガキが二人増えただけじゃねぇか。どうせ何もできねぇ。またお前の大切なやつが増えてどうする? 目の前で壊されるだけなのになぁ?!」


 龍と真白が状況を何となく察し、顔を引き締める。

 海夏が、真白わかりやすく顎でふわりを頼むと指図した。

 真白がふわりの元に駆け寄り、力一杯抱きしめた。


「ふわりぃ! 大丈夫?! 立てる?!」


 あたしは、声を出すと泣いちゃいそうだから。唇を強く結んで何度も頷き、真白に支えられながらソファから玄関に向かう廊下の扉の前に向かった。


「逃がすかよぉ!」


 義父がゆらゆらと立ち上がる。

 海夏が道を塞ぎ、その横に「俺もいるぞ」と、龍が海夏の肩に片手を置いて並んだ。


「おっさん。何かまだ勘違いしてるみてぇだけど。まさか……俺らだけだと思ってんのか?」


 龍の真剣で容赦なく貫いてくる目が。含み笑いが。

 まだなにかあるのかと、義父に恐怖をチラつかせた。


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