第17話
鼻に微かな酒と煙草の香りがついていた。
男は、煙草を吸いながら、ふわりには気づいていないようだった。
片手にあるコンビニの袋から顔を出している缶ビール。缶やビニールの擦れる音を鳴らしながら取った行動は。
「よぉ。久しぶりだなぁ?こりゃあ丁度良かった。
サンドバック……買おーか迷ってたんだヨッッと」
「カッ……ハッ」
鈍い音が鳴った。サッカーボールを蹴るように足蹴りが繰り出されていく。
海夏君は腹部に決まりながらも3回目を両手で掴みながら止めた。
「ー…あ?」
男は足の手を振り払って。そして、力なく落ちた片手を踏み付ける。屈み込みながら、空いていた手で覗き込むように海夏君の前髪を雑に掴んだ。
「クッッッ……」
「逆らってんじゃねぇぞ」
また蹴り上げられ、勢いで直ぐ側にあったソファーに打ちながら床に転がる。
――琥珀色の瞳が揺らいだ。
あれは一体何が起こっているのか。どうしてあの男は人をボールのように蹴っているのか。どうして海夏君が蹴られているのか。それが全て現実だということが受け入れがたい。
――こんな人が居るのか。
道徳の授業で見てきた文章だけとは違う虐待。
加えた煙草の灰が床に落ちた頃、ゆっくりと思考が回転しだし、ある記憶の映像が蘇った。
煙草ー………海夏君の背中にあった押し付けたようなあの傷跡。
―――あれは、きっと、この人が付けたものだ。
必然的にこの男は、海夏君の義父だった人ということになる。
――海夏君……でも柚ちゃんが……。海夏君。柚ちゃん。海夏君。柚ちゃん。海夏君。柚ちゃん。海夏君。柚ちゃん。海夏君。柚ちゃん。海夏君。柚ちゃん。海夏君ー…どうすれば。どうしたらいい。どうしよう……。
――柚ちゃんを先にしよう。
柚ちゃんはまだ小学生だし、過呼吸は下手したら死……。
あたしは柚ちゃんのいる部屋に戻り、机の下から支えるように歩かせた。さっきより、マシになってて良かった。
玄関へは海夏君たちのいる部屋から繋がっている扉を通らなくてはいけない。
バレるかバレないかギリギリの位置にある。
理想はバレずに海夏君の様子も見ることだ。
海夏君と義父が見えた。
口から血が出て居るのに義父は止める気配すらない。
――このままじゃ、海夏君が死んじゃう。
あたしは無我夢中で、近くに転がっていた袋から落ちたであろう缶ビールを、力の限り投げつけた。
それは義父の頭に勢いよくぶつかり、蹴りを繰り出す動きがやっと止まった。
「ッッ……なんだ?」
その図太い声に柚ちゃんの肩が横で震えた。
「やッ……辞めてください! こ、これ以上海夏君をッッ」
『傷つけないで』と言い終わる前に声が消えてゆく。あたしにのそりのそりと近づいて来る影に、恐怖で声が自然と出なくなった。
お酒で顔が赤いのか、怒り狂って顔が赤いのかもうどちらか見当がつかない。
「何だお前は? 海夏の彼女か?」
「ふ……わり……逃げろッッ」
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