第18話


  頭の中で『ふ……わり……逃げろッッ』と反響するものの。反響するだけで。

――う、動けない。震えが……止まらないッッ。

 雨に打たれ続けた小猫のように怯える。それでも今。同じ様に震えている小さな肩をあたしは支えていて、僅かに背後に隠れさす。

「よくも、俺の頭に当ててくれたなぁ。ええ?」

 風をきった音とともに、小さな体を抱き込みながら目を瞑った。

 海夏君の「バカッッ!」という必死に叫ぶ声が聞こえたような気がした。

――殴られる! …………?

 しかし、何も感じなかった。かわりに聞こえてきたのは、あの鈍い耳に残る音。

 ふわりは思わず目を反らしたくなった。

「ど…………して……。こんな…………」

――なんで。

――人を。

――こんな。

 物みたいに、と。扱えるのか?と。

 義父が鼻で笑いながら「ヒーロー気取りか?でも、だめだろぉ? なぁ? それはいけないよなぁ海夏。なぁそうだろ??」と今度は口に悪魔の笑みを浮かべる。

「にげ……ろ!」

「い、嫌だ……嫌だよッッ!! 海夏君を置いてくなんて……」

 あたしに向けられた拳を、ボロボロの体で受け止めておいて。今にも死にそうな好きな人を。守りたい人をどうして、置いていけるというの。

 ほら、今だって。繰り出されて傷つけられてる。

「うう……うわぁああああん。おに……お兄ちゃ……おどうざんごぉめ…なさ……いぃ」

 恐れていた人物と海夏君の状況に気付いた柚ちゃんが泣き叫んだ。

「うるせぇッッ! いっつもビィビィ泣きやがって」

「アッ……な、にするんですかッッ?!」

「ゆ……ず!」

 背後に匿ってた柚ちゃんが、抵抗もする暇もなく髪の毛を鷲掴みにされ、そのまま床に投げ出された。

 繋いでたはずの手の熱がどんどん冷えていく。

 あんな小さな体に、野球バットよりも図太い足向けようとする。

「やめてッ」

「イッ?! 何すんだこのやろう」

 聞き分けのない野良犬みたいに腕に噛み付いた。

 自分がしたことなのに驚いた。必死だった。

 頭を鷲掴みにされ、引き剥がされないよう腕にしがみついた。

 痛みに耐えながら、ずるずると引きずられ、玄関がある廊下に投げられた。

 柚ちゃんの鳴き声と、海夏君があたしを呼ぶ声が義父が塞いだ奥の部屋から聞こえたような気がした。

 放り出された手からは、はらりと数本の毛が床に落ちた。

 床に転がるようにぶつかり、激痛が走る。

「うッッ……」

「逃げんじゃねぇぞぉ」

「逃げるわけ……ない。だって海夏君は、大事な……大事な家族……だもん」

 その言葉に義父の眉が反応した。

「ああー…お前、海夏の新しい家族かぁ」

 何がおかしいのか、薄ら笑いを浮かべる。

「ハッ。そうだよなぁ? 大事な大事なぁ、家族の海夏君がいるからなぁ?」

 そこで大人しくしてろ、とでも言うふうに目の前で扉が閉められた。

 光が差し込まない廊下にあたしは一人残された。

 丁度そう感じたときだった。背中越しの玄関から僅かに光が漏れた。

「ただいまー…」










 

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