第19話
「助けてください。海夏くんが!」
仕事を終えて、夕飯の具材を袋に持って帰宅したのであろう。疲れているよう見える女性は、海夏君のお母さんだ。
学校帰りに分かれたあと、何となく海夏君のほうを振り返った。親しげな女性からスーパーの袋を、海夏君が受け取っていたのを覚えている。
海夏君のお母さんは扉の奥から聞こえる泣き声、怒鳴り声、そして、あたしを見て瞬時に状況を察した。
「そう……あの子がここにいるのね。あなたはこのまま逃げなさい」
肩を揺すぶられているのはあたしなのに、海夏君のお母さんの声が少し震えていた。
「嫌です」
「ダメよふわりちゃん」
「どうして、名前を」
暖かくほうれい線をあげながら微笑む。
「海夏がね。よく楽しそうに話してくれたの。あと二人いるわよね。確か……龍と真白ちゃんだったかしら?」
ふわりの目頭が少し熱くなった。話してくれていたことが、とても嬉しくて。
「合ってますよ。やっぱりそんな話聞いたらなおさら置いては行けないです」
「そう言うと思ったわ。貴方だけでも、と助けたかったあの子には怒られちゃうかもしれないけどね。だめな母親でも、海夏に幸せになって欲しいと思っているの」
きっと、もう嫌われているのだ、そう言っているように聞こえた。
「柚は私に任せて、貴方は海夏を連れて逃げて。もうあの子には此処へは来てはダメと言ってくれないかしら?」
聞く耳を持ってくれるかは置いといて、今は頷くしかない。
「それからー…」
海夏くんのお母さんが何かを言いかけて、呑み込んで誤魔化した。
「行きましょう」
「はい。海夏君はあたしの大切な家族でもあるんです」
海夏君のお母さんが目を見開き何度もうなずく。
「そう……だったのね。貴方があの子の新しい家族だったのね。施設に預けるんじゃなかった。手放すなんて選択をするしかなかった」
口元に手を抑えながら目尻に水滴が浮かぶ。
「でも、止めることができたんじゃないか。ずっとー…そう考えてしまって。ありがとう、ふわりちゃん」
ありがとう、その言葉をあたしは受け止めれる人なんだろうか。実際、パパがいないと海夏君にも再会すらできなかっただろう。
「あたしはまだ何も出来てないです。それに、海夏君の幸せを願うなら、お母さんも、柚ちゃんも、お姉さんもー…」
しわが濃い手、よく働く人の両手を握りしめる。
きっと海夏君は。
「皆がハッピーエンドにならないと本当の幸せにはならないー…そう、思っているはずですよ」
閉ざされた扉を開け放った。一人ではない。怖さも少し半減されたような気がした。
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