第8話

「一体何が起こったんだ!?」


 なんでこの人――マーちゃんがここにいるんだと思っていたら、立ち上がって俺に掴みかかってきた。俺に聞くなよ。


「さあ……」

「何がさあ……だ! ここは一体どこなんだ! このままじゃ凍死するぞ! おい!」

「なんでここにいるの……?」

「それを今聞いてるんだ! ていうかなんでそんなに冷静でいられるんだ!」

「いや、だってここ俺の近所だし」

「なんだって!?」


 マーちゃんは紅潮した顔で、俺を愕然と見つめた。


「ここ、俺の、家の、近く」


 何をいっているんだお前はとマーちゃんが鼻水を垂らしながら表情で尋ねてきたので改めてゆっくり言った。 


「だったら今すぐ連れていけぇ!」

「あ、ちょ――」


 マーちゃんは叫びながらもっと強い力で俺にしがみついてきた。そして俺はバランスを崩して――


「たまるかあああああ!」

「あだっ!」


 転ぶ寸前に重心を一気に前に傾けた。勢い余って額をマーちゃんにぶつけたが、後頭部を凍った路面に打ち付けるよりかはマシだ。


「あ、え、あ、だだだだ」

「手を離せええええ!」


 でも逆に今度はマーちゃんが後ろに転びそうになる。しかも、俺にしがみついたまま。咄嗟に離せと頼んだが、他にしがみつくところがなかったせいか、俺を巻き添えにしようとしたかはわからないが更に強い力で俺を引き寄せて――


 気づくと、ほのかに温かく、柔らかな感触が、唇を通して伝わってきた。


 目の前には、真っすぐに見開かれた、透明感のある赤い瞳。


 これは、まさか。


 今、唇に触れているもの、それは。


「んんんんんんんんんんんんんんっ!」


 激しいうめき声を上げたマーちゃんに肩を押され、しりもちをついたところで、我に返った。


「今の、キス……」


 俺の問いに、ぺたんと座り込んだマーちゃんは、黙って頷いた。


 それから、俺たちは気まずくなったまま、俺の住んでいるアパートへと向かった。色々聞きたいこと、言いたいことはたくさんあったはずなのに、声をかけることができなかった。マーちゃんも何も言ってこなかった。

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