第10話
「勝ったって、何の勝負にだよ!?」
混乱しまくっている頭を何とか落ち着かせながら、俺は目の前でドヤ顔で立っているマーちゃんに尋ねた。マーちゃんは俺の言葉にうんうんと頷いた後、今までずっと力を溜めていたかのように一気にぺらぺらと喋り始めた。
「何の勝負にだって? そんなものさっさとキスがしたい私とキスはまだ待って欲しいとほざくお前の勝負に決まっているだろう! だいたい私は待つのが嫌いなんだ! それなのにお前を召喚するのに五年掛かってるんだぞ!? もう待てると思うか!? 根気強く変えていくといったがお前はいつ私を好きになる!? 今の様子だと三百年後くらいか!? 冗談じゃないぞまったく! はっきり言わせてもらうが私はお前にキスを拒否されたときお前を返品しようとしたんだ! わからず屋だったからな! だが魔力を使い果たしてそれができなかったんだ! 謝られたからちょっといい気になったがやっぱりダメだ! そもそもお前はピュアすぎる上に順序というものに囚われすぎだ! キスから始まる恋愛だってあっていいだろう! 私が読んだことのある恋愛物語にもそういう導入はいくらでもあったぞ! だいたいお前は私に召喚された人間なんだぞ! しかも怪我の治癒もしているんだ! だったら召喚された人間の命令に従うのが常識だし恩返しだろうが! このばか! ばか! ばかばかばかばか!」
マーちゃんは息継ぎもほとんどなしにそれだけ言うと、疲れたように部屋の端にあるベッドの上にぺたんと座り込んだ。こうして見るとやっぱり赤くて綺麗な髪のかわいい人形みたいだ。
けどいくらなんでもそんなに言うことないだろう。確かに俺は少しっていうか大分ウブな部分はあるのかもしれないが、ここまで非難されるとちょっと泣きそうになったぞ。返品しようとしたっていう所とか特に。恐らくばかって言って部屋を出ていったときだろうがそれにしてもあの時と態度がまるで違う。
まさか俺を恋に堕とさせようとして抱きついたりしてたのか。俺の純情を弄ぶなよ。なんか悲しみと一緒に怒りも底から湧き上がって来たぞ。
「それよりこの世界はなんなん――ほひ! ふはふは!」
むにゅ。俺ももう我慢出来なかった。俺もベッドに上がり、マーちゃんの頬を鷲掴みにして引っ張った。そして伸ばしまくった。こうでもしないと気が済まない。
「ひはい! ほひ! はへへふへえ!」
びよーん。餅みたいによく伸びる。歯並びも綺麗だな。唇も健康的な色でつやつやしている。
「ひはひひはひひはひ!」
まあ、そんな風にしばらく引っ張って観察しているうちに溜飲が下がってきたので手を離した。ぷにぷにしていたのでいいストレス発散になった。
「痛いって! ばか!」
ばしっ。手を離した途端鋭いビンタで反撃された。
*
『今日は小樽で一推しの海の幸をご紹介いたします!』
「……改めて聞くが、この世界は一体なんなんだ?」
暖を取ったり色々ぶちまけたりしてすっきりしたところで、ベッドの上でごろごろしているマーちゃんが俺がさっき付けたテレビに映る小樽のどこか異国じみた街並みを不思議そうに眺めながら尋ねてきた。
マーちゃんの世界が一体どんな世界なのかよくわからないけど、魔法がある世界ならテレビはまず無い気がする。勝手なイメージだけど。
で、そんな世界に対してこの世界は何なんだと言われても、
「何から説明すればいいのかな……?」
説明のしようがなさそうだった。こんなの宇宙人に地球についてプレゼンしろって言ってるようなものだ。ていうか異世界人って宇宙人なのか? そもそも一体全体どこでどうやって世界同士は繋がっているんだ? いや、そんなもの考えるだけ無駄か。
とにかく、まず何から説明しよう? ……ちょうど今テレビ見てるし、テレビからでいいか。俺はマーちゃんの顔を見た後、テレビに指をさして説明を始めた。
「これはテレビ――正式にはテレビジョン受信機って言って、電気信号に変換された映像を電波で受信してるんだ」
「て、てれびじょん? でんきしんごう?」
訳わからんというようにマーちゃんの口がぽかーんと半開きになった。やっぱりこんなので通じるはずないよね、うん。でも他にどう説明したらいいんだ?
「えっと……他の場所で作られた映像を取り寄せてる、的な?」
「転移魔法か何かか?」
転移魔法? 今度はこっちが訳わからんぞ。テレポート的なやつか?
……あ、そうだまずはこれだ。俺はマーちゃんの問いに首を横に振る。
「いや。そうじゃないんだ。そもそもこの世界には魔法なんて存在しないんだ」
「そ、そうなのか!?」
俺の回答に、マーちゃんは赤い瞳を真ん丸にして驚愕していた。そうか。まず異世界人にはこれを説明しないとダメなんだな。ひとつ賢くなった。
「まさか……魔法が無いのにこんなことが……!?」
マーちゃんは驚きの表情のままベッドから下り、色んな方向からテレビを観察し始めた。あんまり画面は触らないで欲しいけど。
「確かに魔法は全く使われてないな……だがそれなら一体どうやって……? おいなんだこの私みたいな料理は」
マーちゃんがテレビに映ったサーモンとイクラがたっぷりと乗っかっている海鮮丼に釘付けになって口を開いた。確かにどっちも赤いけど赤いだけで他に共通点は無いと思うけど。
「海鮮丼。魚を具材にした丼ぶりだよ。今紹介されてる街――小樽は港町で漁業が盛んなんだよ」
「港町か。となるとクィールのような町か……」
これはちゃんと通じたようだ。なるほど、全く話が通じない訳ではなさそうだ。クィールとかいうまたなんか知らない言葉が出てきたけど。
「この町……オタル? はここからどれほど離れた町なんだ? というよりここはどういう町だ?」
こっちも色々聞きたいことはたくさんあるけど、マーちゃんがだんだん興味津々になってきてたのでマーちゃんの質問に答えてあげることにする。
「ここは札幌。北海道――えっと、この島で一番の大都市。今もだけど、冬になるとすごい雪が降るから雪まつり……雪像作りみたいにそれを生かしたものが有名だな。あとジンギスカンとか味噌ラーメンとかザンギとかの料理も人気。小樽は隣町だし札幌駅から電車で一時間くらいあれば行けるよ」
最後の方は途中で諦めたくらいに覚束なくたどたどしい説明だったが、マーちゃんは目を輝かせて最後まで聞いてくれた。
「なるほど。よくわからん箇所はたくさんあるがなかなか良さげな町であることは理解できた」
マーちゃんは満足そうに口角を上げて頷いてくれた。何もかも違う異世界の人に色々説明するのは大変すぎると実感した。でも少しでも理解してくれた事があるならなによりだ。
……じゃあ、今度はこちらから色々尋ねさせてもらうとしよう。俺は小樽特集が終わってニュースに変わったテレビを見て「なぜか言語も文字も理解できるぞ」と、カーペットが敷かれた床に座って枕をぶんぶん回しながら呟いているマーちゃんを見た。
「元の世界に帰れんの?」
まず聞きたいことはそれだった。俺はこうして帰ってこられたからいいが、マーちゃんが元の世界に帰る方法はあるんだろうか。こっちの世界には異世界に帰るための方法はなさそうだし。
「先程も言ったが、私はもう魔力を使い果たしてしまった。取り戻すには最低でも半年はかかるだろう。仮に取り戻したところで魔法が存在しない世界で魔法が使えるかはわからんけどな。それに私は自分自身に召喚魔法を使えるほどのレベルには到底到達していない。つまり、帰る方法はない」
「そんな……!」
マーちゃんは手を止め、こっちをちらっと見てさらっとそう言った。それはまるで元いた世界に帰るのは諦めたかのように感じた。
「あのままあの屋敷に居続けてもいつかは限界が来ただろうしな。あいつ――モナミもそれをわかってて、私をお前ごとこの世界に飛ばしたのだろう」
「屋敷の外には出られなかったのか?」
これもずっと気になっていた事だ。マーちゃんは十年もの間、屋敷に一人でいたと言っていた。しかも、モナミのせいでそうなったとも。まるで軟禁されているかのような言い方だった。
マーちゃんは、俺の問いかけに「ああ」とだけ言って頷いた。
「私は国に命を狙われていたからな」
「え!?」
いきなりの爆弾発言に、まるで外に飛ばされたかのように身体に震えが走った。国の姫が国に命を狙われていた……? 世界が違いすぎるので理解しようにもできそうにないが、そんな事あるのだろうか。
「そうだな……端的に言うと、私の血統と才能は非常に優秀らしいんだ。だから私の魂を生贄に捧げれば、優秀な異世界人を召喚できる。そういう事だ」
「そんなのって……」
まさか、召喚魔法は――。思わずそう息を呑んだ俺に、マーちゃんは勢いよく枕を投げつけてきた。前にも似たようなことやられたな。
「勘違いするな。召喚魔法を使うために必ずしも生贄を捧げる必要は無い。実際私も生贄無しで召喚できる方法を学んでそれでやった。ただ、生贄を捧げた方が手っ取り早く確実というだけだ」
「そ、そうなんだ……」
色々方法があるんだな。地デジとBSみたいなものか。それはちょっと違うか。
「私達の国、ブーゲンビリア王国は昔から魔法を使える人間と使えない人間の対立が深刻化していてな。やれ資源をこっちに寄越せだの、魔法を使わせるなだの使わせろだの、優遇しろだの道を譲れだのとかいう小競り合いが毎日のようにいたるところで起こっていたんだ。そんなある日、魔法が使えない側の人間が優秀な異世界人を召喚して味方につけたという話が入ってきた。そこで私達、魔法使い側も優れた異世界人を召喚し対抗しようという事になったんだ。それで生贄に選ばれたのが――」
「……マーちゃん」
俺の声に、マーちゃんはこくりと頷いた。
「異世界人はあまりにも強すぎた。魔法が使えないとはいえ、私達とは比べ物にならない程に高度な知識と技術を持っていたんだ。王家も魔法使い側の人間で構成されていたから国家転覆をしようという機運も高まっていたらしい。結局脅威が日に日に明確になっていって最終的に私は父――国王の手で牢獄に囚われたよ。私は為す術もなく座敷牢で生贄にされる日をひたすら待たされ続ける羽目になった。だが私は私を生贄に捧げて召喚魔法を発動するはずだった者のおかげで脱獄する事が出来たんだ」
「もしかして、それって……」
「当時、最強の宮廷魔導士だったモナミだ。国家を守る為とはいえ、幼い私が犠牲になるのがどうしても許せなかったんだと。あいつは転移魔法やら何やらを使いこなし、私をあの屋敷に匿った。私が絶望して自殺したと国中に広めた後、尻尾を掴まれないよう宮廷魔導士を辞めて、冒険者になって隣国――バキア王国に移った……はずだったんだがな」
あの自称容姿端麗頭脳明晰天真爛漫最強美少女魔法使いさん、結構いい人だったんだな。……美少女かどうかは怪しい年齢っぽかったけど。
「なんか変な人だったけど、いい人だったんだな」
俺は思ったことを素直に言った。しかしマーちゃんは軽く首を傾げた。
「どうだかな。あいつも自分の自己判断で国を裏切った訳だしな。私をいつかここから出してあげますと言っていたくせに十年間出されることは一度も無かったしな」
「でも今は出してくれたじゃん」
「そうだな。その前に十年も閉じ込めていたからいい奴なのかもしれないな」
マーちゃんは皮肉っぽくぶっきらぼうにそう言った。なんかかなり恨んでそうだな。
「そんな訳だから、ブーゲンビリアが今どうなっているのかなんて全く知らんし興味も無い。ついでに私が帰る場所は無いし帰りたくも無い。なので世話になるぞ、ハヤト。この世界にも当然、私の居場所は無いのだからな」
……まあ、こんな話を聞いて追い出そうなんて思えないし、さっきみたいなきらきらした顔を見るのも楽しそうだし、異世界の元お姫様と同棲なんて普通はできなさそうだし。
「うん、ここにいていいよ」
俺は素直に、そう口にした。マーちゃんはその返事を聞いて、安心ような表情をした後、ベッドの上に飛び上がってドヤ顔になり、
「それでこそ私が召喚した人間だな」
文字通り上から目線で、そう言ったのであった。
「次はこの温かい風が出てる白い箱について教えてくれ。屋敷にある暖炉よりもかなり小さいがこれはどういうものだ?」
マーちゃんはエアコンに興味を示したようだった。そういう態度はそろそろどうにかしてほしいが、ちっこいけど一応年上なのだと思い出したので何も言わないことにする。
「あー、これはエアコン――エアー……なんだっけ……?」
「エアーなんだ、なんなんだ!?」
「ちょっとググるから待って」
「おいなんだその小さいてれびじょんみたいな板は!」
「あのこれはスマートフォンと言って携帯電話の――」
「す、すまーと? なんだって?」
こうして俺は、マーちゃんが興味を示しまくった文明の利器の解説を延々とし続けたのであった。
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