第11話

「おい、この金庫のような箱はなんなんだ?」

「あー……これは電子レンジ。電磁波で食べ物を温めるんだ」

「電磁波とはなんだ? 電波の派生か? それとも雷魔法の一種か何かか?」

「よくわかんない」

「よくわからんのに使えるのか。それはまた興味深いな」


 こんな風にマーちゃんに色々なものを説明し続けていたら、いつのまにか十六時を過ぎてしまっていた。日が暮れてきたと同時に受け答えが適当になってきている。そろそろ休ませて欲しいんだけど。まだ続くのかな!?


「やはり信じられんものが多すぎる。だが火と水が重要なのは変わらないようだな」

「うん」

「少ないが、変わらないものや想像がつくものもある。まずはそこから理解していくことにしよう」

「そっか」

 

 狭いアパートには似つかわしくない天然モノの深紅の髪と瞳をした異世界の元お姫様は、キッチンを色々観察しながら、シンクの下の缶詰とかシリアルとかが入ってる棚を開けた。


「これは保存食の類だな。わかるぞ。私の主食もこんなのばかりだったからな。ああ、これは……ってなんだこの軽い箱は? 食品なのか?」


 またかい。マーちゃんは棚からカップ麺を取り出して俺に尋ねてきた。おっとそれは北海道限定と謳ってはいるけどなんだかんだ道外でも普通に手に入ると噂されているカップ焼きそばではありませんか。


「これはカップ麺といって、お湯を掛けて待つだけで料理が完成するんだ」

「なんだそれは!? 食わせろ!」


 マーちゃんは俺にカップ焼きそばをぐいぐい突き付けながら命令した。明らかに命令だった。夕食には少し早い気もするけど、昼から何も食べてないし、ちょうどいいか。でも。


「……それでいいのか?」


 俺はそれでもいいけど、異世界初めての食事がこんなチープなものでいいのだろうか。だからって札幌駅前の高級レストランなんかに行けるほど財布の余裕はないけど。


「いいから食わせろ!」

「……」


 もう完全に命令だった。また頬を引っ張りたくなる衝動になんとか耐えながら、俺は棚から割り箸二膳ともう一個件のカップ焼きそばを取り出し、シンクに置いてあった電気ケトルに水を注いだ。


「まあそのケトルとやらの使い方も見せてもらうとしようではないか」

「とりあえず部屋に戻ろう」

「もう部屋に戻るのか?」

「そっちにしかコンセントないからね」

「コンセント?」

「ああコンセントっていうのは――」


 しょうがないので部屋に戻りつつまた説明したけど、いつまでやらなきゃならないんだ。子育てってこんな感じなんだろうか。この人二十一歳だけど。


 まあそんなこんなで俺は部屋のコンセントにケトルのプラグを差し込んでスイッチを付けた。マーちゃんはそれをカーペットの上にある座卓の前に座りながら興味深げに観察している。


「光が灯ったぞ」

「今、水を沸かしてるんだよ」

「火、ではなくいかずちで沸かしているのか」

「うん」


 いかずちって言い回し結構かっこいいな……。いや、それよりも今のうちに準備を済ませておこう。俺はマーちゃんの隣に移動し、座卓の上でいつものようにカップ麺の包装を破き、蓋を少し開けてかやくとソースとふりかけ&スープの袋を取り出した。マーちゃんも見よう見まねでたどたどしくも自力で同じところまではいった。けど。


「おいかやくが入っているとはどういう事だ? 爆発するのか?」

「そっちの火薬じゃない。具材のことだよ」

「ならそう書けばいいだろう」

「まあ……色々あるんだろうな、事情が」


 俺も小さい頃全く同じ勘違いしてて爆弾だって騒いでたな。それはともかく、俺は続けてかやくの袋を開け、まだ固い麺の上にかけた。


「おいまだ固いぞ」

「そりゃそうだろ。まだお湯掛けてないんだし」

「湯を掛けるとふやけて柔らかくなるのか」

「うん」

「なるほど。これも保存食の一種なのだな」


 マーちゃんは少し長めな深紅色の髪をかき上げながら言った。正解だろ? と言いたげな自信たっぷりな顔だ。正解だけどさ。


「この後はどうすればいいんだ?」

「後は……そうだ」


 俺はその言葉で思い出し、コップを取りにキッチンへ行き、また部屋へと戻ってきた。ちょうど二個あってよかった。片方は全く使ってなかったけど!


 俺は使ってなかったコップを座卓に置いた。


「何も入ってないぞばか。ぬか喜びさせるつもりか」

「そうじゃねえよ! なんでそうなんだよ!」


 ばかと言われて少しキレてしまったが、俺はいつものようにふりかけの横についてるスープの素をコップに入れた。


「おいそれはこっちに入れるものじゃないのか?」

「間違って入れるとしょっぱくなるぞ。後で教えるからとりあえず入れといて」

「そ、そうか。それならそうするとしよう」


 案の定疑問符が付いたマーちゃんに少しばかり優越感を感じていたら、ケトルのスイッチかカチッと音が鳴って消えた。マーちゃんはその音にびくっとした。


「おい! ひとりでに光が消えたぞ!」

「お湯が沸いたんだよ」

「もう沸いたのか!」

 

 びっくりしっぱなしのマーちゃんを横目に、俺はケトルを手に取り麺とかやくが入った容器の中に注ぎ込んだ後、蓋をソースの袋で閉じた。これはマーちゃんの分も同じようにやってあげた。誤って火傷したら逆ギレされて謝ることになりそうだし。


「このまま三分待つ」

「待つだけでいいのか?」

「うん」


 俺が頷くと、マーちゃんは熱くなった容器に顔を近づけ、不思議そうに眺め始めた。そして部屋は沈黙に包まれた。もしかして三分これが続くのかと思っていたら、マーちゃんは顔を上げ、口を開き始めた。


「そういえば最初に自己紹介をした際、コウコウノイチネンセイとか言っていたがそれはどういうことだ?」


 ウラケーとかいう変なあだ名を付けられそうになったインパクトで頭からすっとんでたけど、そういえばそんな事も言ったな。沈黙も嫌だし、素直に教えておこう。


「高校は学校の一種だよ。それの一年生って事」

「学校か。学校ならブーゲンビリアにもあったぞ。私は行ったことないがな」


 学校は異世界にもあるのか。確かに魔法があるなら魔法学校とかありそうだな。


「俺は今日高校に行く予定だったんだけど、途中で足を滑らせてそれで召喚されたんだよ。結局今日休校になったからいいけど――」


 その時、俺はその時ひとつの疑問に気がついた。途端、急に強いめまいに襲われた。


「……俺、向こうの屋敷で一晩過ごして顔洗って朝食も食ったよな? でもこっちに戻ってきたときには数十分しか経ってない。おかしくないか?」


 謎の歯車に二度も切り刻まれて時空やら何やらの感覚がめちゃくちゃになっていたが、こっちに戻って来てしばらく経って冷静になった今、その事実を思い出して考え始めると急に状況のおかしさを感じ混乱してきた。俺は今まで何をしていた? 眩暈に重なり頭痛もしてきた。すごく痛い。気持ち悪い。


「ああ……あああああ」

「落ち着け」


 うずくまり頭を抱えていた俺の背中を、マーちゃんが後ろから柔らかくてぬくもりのある手でそっとさすってくれた。マーちゃんはそのまま、また口を開いた。


「それぞれの世界で流れる時間の流れは大きく異なるんだ。この世界で一年が経っても別世界では一分も経っていないという例もあると書物で学んだ。すまない。どうやら私も召喚が初めて成功して浮かれた上、予想だにせず『召喚の歯車』に飲まれて混乱していたようだ。お前には色々無理強いしてしまったな」

「いや、別に謝らなくても……」


 まさかここで謝られるとは思っていなかったので驚いた。それに今、何もかもが違う異世界に飛ばされて混乱しているのはマーちゃんの方だろう。今まで何を考えていたんだ俺は。

 

「安心しろ。、お前に落書きはしたがキスはしていない。あの屋敷で過ごした時間は、本物だよ」


 マーちゃんに今度はそう言い聞かされた。長い夢なんかじゃない、あれはの事なんだ。それを知り、ようやく落ち着いてきた。深呼吸をしてから、俺はマーちゃんの真面目な顔を真っすぐに見て言った。


「ありがとう」

「礼を言われる資格は無い。勝手な真似をしてすまなかった」


 俺の言葉に、マーちゃんは首を振った。こっちだって向こうの事なんて知らずに、勝手な真似をしてしまった。謝るのはこっちの方だ。


「ごめん……」

「気にする必要はないさ。それよりもう三分経ったころだろう?」


 俺はマーちゃんに促されるまま、スマホで時間を確かめた。ちょうど三分、確かに経過していた。


「うん、三分経ってる」

「そうか。ではこれからどうするんだ?」

「えっと、コップに容器のお湯を注ぐんだ」


 色々言いたい事はまだあったけど、このままだとせっかくのカップ焼きそばが伸びてしまうので、マーちゃんに教えながら、次の手順に進んだ。マーちゃんが火傷をしないよう、しっかりと手伝いながら。


「それでも余ったお湯は捨てる。それで最後にソースとふりかけを掛けたら完成」

「そうか。結局湯を掛けただけで完成はしないのだな」

「う、うん……ほんとにそれだけのもあるけど」

  

 これみたいに、混乱していて正しく教えられてないのもあったかもな。今度また教えることにしよう。


「あるのか! だが今はこちらを味わうとしよう……すまない、この箸はどうやって分けるんだ?」


 冷静になったらしいマーちゃんが、割り箸を割るのに手こずっていたので割ってあげた。マーちゃんは「助かった」と言ってくれた。


 そしてようやく、俺たちはカップ焼きそばを口にすることができた。……本当に、長く感じた。だが、


「これを焼きそばと言って良いのかはわからないがソースと具材が互いに絡み合って美味いのは確かだ。このスープも塩気と旨味がちょうど良い塩梅で美味いな。気に入ったよ」


 隣でぺたんと座っているマーちゃんはハムスターみたいにもぐもぐとほおばりながらピースサインをした。どうやら本当に気に入ってくれたようだ。よかった。


「そう。これこそがこのカップ焼きそばの醍醐味なんだよ」


 いつも食べてるはずのなじみの味が、今はとても懐かしく感じる。でもその感覚も良いものだなと、今は思えた。


 そうして俺たちは、あっという間に完食したのだった。

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