第9話
「…………」
隅っこで毛布で身体を包み、明らかに不機嫌になっているマーちゃんの顔をチラっと見る。目が合いそうになったので慌てて顔を逸らす。
やばい。気まずい。気まずすぎるぞこれ。
今、俺とマーちゃんは俺が暮らしている暖房がガンガンに効いてぽかぽかしている六畳ワンルームの部屋の中にいる。六畳なのでそんなに広くはなく物理的な距離は近いのだが、心理的な距離がめちゃくちゃあるように感じる。隣の席だけど大して仲良くないから会話が全くない、的な感じだ。
さっき、俺たちはちょっとした? アクシデントでキスをしてしまった。マーちゃんはしきりに俺とキスをしたがっていたが、いざその行為が為されたら何も喋ってくれなくなってしまった。どうしてだろう。でも、この状況ってやっぱり俺が頑張ってどうにかしないといけないんだろうか。まあそうだよな……。俺は軽く呼吸を整えた後、再びマーちゃんのかわいらしい横顔を見た。
「あー……さっきのは、その、ノーカンって事で忘れよう。うん」
「……」
頑張って話しかけたけど、マーちゃんは俺を一瞬見たと思ったらプイッと顔を壁に向けてしまった。あああああ気まずい。どうしよう。沈黙が重すぎる。
「もういっかい……」
すると、マーちゃんは小さな声で、そう呟いた、ように聞こえた。
「え? 今なんて?」
「だからもう一回やると言っただろう!」
俺が聞き返すと、マーちゃんはそう叫んでくるまっていた毛布を捨てて怒りの形相で俺にどんどん近づいてきた。
「えええええ!?」
「確かにアレは事故のようなものだ! だから今! もう一回ちゃんとキスするぞ!」
「ええええええ!?」
いや確かになんとなく理屈はわかるけども! そういう事になるかな普通!? これってもしかしてあれか、恥の上塗りってやつか!?
「さあさっさとやるぞ!」
「え、あの、ちょ……」
マーちゃんはもう俺の目の前まで来ていた。赤く綺麗な瞳が戸惑いまくりの俺の情けない顔を映している。でも仕方ないだろう心の準備ができてないんだからさ!
「あ、あの、マーちゃん、待って」
「待つかあ!」
俺が咄嗟に後ずさりをしても、マーちゃんは磁石のように間髪入れずにくっついてくる。後退しても六畳なのですぐ壁にぶつかってしまった。もっと広くてもいつかは壁にぶつかるけれども!
「あのさ、キスするのって、もう少しこう順序――」
「うるさああい! やるといったらやるんだ!」
「あ、あああ――」
ほんのり春の桜の色に染まった綺麗な顔がどんどん迫る。でももう逃げられない。
「あああああ!」
「うわああああ!」
なんかもうお互いがパニックになってる感じだった。マーちゃんは今自分が何しようとしているのかわかっているのか!? 多分わかってないなこれ!?
「あああああああああああああああああああ!」
「あああああああああああああああああああああ――」
狭い部屋に響き渡る悲鳴が途切れた刹那。
俺は唇に、再びほのかに温かく柔らかい感触を感じたのであった。
熱が肌を通し、どんどん伝わってくる。やばい、不覚にも少し気持ちいいけどなんか頭がおかしくなりそうだ。だからそろそろやめて欲しい!
「んんんんんんん!」
どうにかして声を上げようとしたが、唇が塞がれているのでできなかった。というかなんか長い。長すぎる。身体を動かして剥がそうともしたが、後ろは壁だし前は見えないしで結局何もできなかった。されるがままだ。
……そして、俺が抵抗する気力も失った頃、ようやく唇が解放される感覚を感じた。視界も一気に開け、マーちゃんの成し遂げたぜというような満足そうな笑みが見えた。そしてまもなく口が開いた。
「よし! 勝ったぞおお!」
マーちゃんは俺を見ながら、叫び歓喜した。いやいやちょっと待て。
勝ったって、何の勝負にだよ!?
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