第21話
「ハヤト! 今日が何の日か知ってるか!」
朝、いつものように俺が洗面所で歯を磨いていたら、マーちゃんこと異世界からやってきた赤い髪と瞳をした元お姫様で合法ロリなマゼンタさんが背後から歯ブラシを俺の肩にズボズボ突き刺しながらそう訊いてきた。軽く思考を巡らしてみるが、特に見当はつかなかった。俺とマーちゃんが出会ったのは冬だし。
「知らない」
だから俺は首を横に振った。そして鏡越しに映るドヤ顔のマーちゃん。負けた気がして嫌だなと思う一方で、こんな顔もまたかわいいなと思ってしまって悔しい気もするし、なんだか嬉しい気もする。
「今日七月七日は七夕だ! 織姫と彦星が一年に一回だけ会える特別な日だぞ! 世界を越えて出会った私たちにはぴったりの日だろうが!」
「俺とマーちゃんは毎日会ってるだろ」
「それはそうだが、何かこう――祝ったりしないのか!」
といってもなあと思いつつ俺はコップに水を注ぎ、歯磨き粉にまみれた口をゆすいだ。そして軽く腰を落としてマーちゃんと目線を合わせ、肩に手を乗せながら開口する。
「北海道の七夕は八月七日なんだよ。マーちゃん」
「なん……だと……!?」
俺も何でそうなってるのかわかんないんだけどなと思いながらも、歯ブラシを力なく手から滑り落としたマーちゃんの驚愕する顔を見て、笑いを堪えられなくなり噴き出した。
「笑うな! さっきテレビでは今日だって言ってたぞ!」
「全国ニュースならそうだろうな」
「ならもう今日でいいだろ!」
乱暴だな。でもまあ、その気持ちもわかる。
「それにしても……私とハヤトが出会ってから、色々なことがあったな」
歯磨きを終え、リビングに戻る最中でマーちゃんが感慨深く言った。俺もマーちゃんと初めて出会った冬の季節の頃を思い出すが、まるで昨日のことのようにも、遥か昔の出来事のようにも思えた。
「なあハヤト、私と出会えてよかったか?」
いきなり何を言いだすんだと思って苦笑いで振り向くと、マーちゃんは真面目な顔で俺を見ていたので言葉を失う。
「答えてくれ」
「それは、もちろん。俺はマーちゃんと出会えて、本当によかったと思ってる」
だから俺も、真面目に答えなければならないと思い、真面目に答えた。俺の言葉を聞いて、マーちゃんの未だに幼さが残る顔の口角が上がり、目が弧を描き、細くなる。そして小さな口から、大きな声が発せられる。
「なら、これからも、ずっと一緒だ」
「ああ」
俺は素直に、そう頷く。
色々なことがありすぎた俺と彼女が手に入れたこんな生活が、来年も、再来年も、いつまでも続くことを信じて。
そうして俺とマーちゃんの変わらない日常が、今日も始まるのだった。
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