第22話

「ハヤト! 今日はカレーを作るぞ!」


 ある日の休日の朝、俺が買ったシンプルなワンピースを身に纏っているマーちゃんが意気揚々と俺に言った。


「なんでカレー?」

「テレビで作ってるのを見たからだ!」


 でしょうね。相変わらずテレビに影響受け捲りだな。それもまた可愛いところではあるからいいんだけど。


「いいけど、食材が無いかも」

「食材か……そうか食材が必要か!」


 マーちゃんは俺の言葉になぜか目を輝かせて四つん這いの姿勢になって、座ってスマホをいじっていた俺にすりすりと近寄ってきた。


「……今から買いに行こうって?」

「そうだ!」


 そんな訳で、朝一からスーパーに買い出しに行くことになりました。


 *


 開店直後な近所のスーパーに二人で歩いて行くと、マーちゃんは俺を置いてどこかに駆けていったかと思いきやカレールーやら玉ねぎやら長ねぎやら豚肉やらを選んで俺が持っているカートにひょいひょいと入れていった。


「レシピはメモしてるから大丈夫だ!」

「そ、そうなんだ……」


 マーちゃんは肩から提げているポシェットから小さな紙切れを取り出して俺に見せつけてきた。準備万端だな。


「鰹節と昆布で出汁を取るといいらしいぞ!」


 マーちゃんはカートにこの二つを入れながらそう言った、にしても、すっかりこっちの生活に馴染んでるな……。


 毎日楽しそうに過ごしてくれてるから、それでいいんだけど。


「ちなみにマーちゃん、カレーは甘口派?」

「甘口派だ!」


 やっぱり、馴染んでる。


 *


「それじゃあ作っていくぞ!」


 家に帰るとマーちゃんは早速キッチンに立ち、まな板の上で玉ねぎを包丁でみじん切りにし始めた。持ち方もちゃんとしていて危なげなく、すごく手際が良かった。


「前の世界でも包丁使ったことあるの?」

「あるぞ。なんせ一人で食事も用意しないといけなかったからな」


 マーちゃんはしれっとそう言ったけれど、こういう発言を耳にするとやっぱりこの子は過去に壮絶な体験をしたんだなと改めて思い知らされる。


「カットはこんなものだな」


 そんな事を俺が考えていると、いつの間にかカットが終わっていた。


 *


「次は出汁を作るぞ!」


 次にマーちゃんは水を入れた鍋にコンロで火をかけ、鍋の中に鰹節と昆布を入れていった。そうしてしばらく放置した後、鍋を持ち上げてザルを経由させてボウルに中身を移し替えた。ボウルに残った出汁は、綺麗な黄金色をしていた。


 そうして鍋を片付けた後、空いたコンロにフライパンを置いて油をひいてから、玉ねぎを投入し炒め始めた。箸を使ってしばらく玉ねぎを混ぜて全体がカラメル色に変色し始めたのを確認すると、マーちゃんは長ねぎも投入した。


 ここまで見てわかったが、マーちゃんは確実に俺よりも料理が出来ると確信した。この世界に来て最初に食べたのがカップ焼きそばで助かったと言うか何と言うか、複雑な気持ちになる。


 なんて思っていると玉ねぎ長ねぎがすっかり茶色に染まっており、豚肉と塩コショウもフライパンに投入された。


「ここで黄金の出汁を投入する!」


 マーちゃんは豚肉にも火が通ったのを確認すると火を強火にし、さっき作った出汁を一気にぶち込んだ。しばらくすると沸騰し始めたので俺は灰汁をとった。ていうかこれくらいしか俺が手出し出来る余地は無かった。


 俺が灰汁をとったのを確認するとマーちゃんは火を弱め、カレールーを開封して投入した。


「混ぜといてくれ!」


 マーちゃんにそう言われたので素直にお玉でぐるぐるとフライパンの中身をかき混ぜ始める。マーちゃんは後ろで予め炊いておいた米を炊飯器から取り出して二枚の皿に盛りつけていった。


 しばらく俺が混ぜたのを確認すると、マーちゃんは俺からお玉を受け取り、出来上がったカレーを米が乗った皿に掛けていった。


 *


「では、いただきます」

「いただきます」


 俺とマーちゃんは座椅子に向かい合って座ると、スプーンでゆっくりとカレーを食べ始めた。


「美味いな……」


 一口入れた瞬間、舌にじんわりと旨味が広がった。その気になればもっと具材を加える事も出来たと思うが、シンプルな具材だからこそ味わえるものもあるのだなと感じた。


「どうだ! 私の作ったカレーは!」

「いや……本当に美味しいよ。すごいねマーちゃん」


 ケチのつけようも無かったので、俺は素直に称賛した。


「これからもまた、作ってやるぞ」

「ありがとう」


 毎日こういう料理が食べられるのなら、幸せだし、健康にもなれそうだな。


 口の周りにカレーを付けているマーちゃんを見ながら、俺はそう思ったのだった。

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