第4章 互いの想い
第23話
私がこの世界にやって来てから、早くも八ヶ月が過ぎようとしていた。最初は目に入るもの全てが奇天烈で理解不能なものだったが、慣れというものは素晴らしいものなのか、それとも残酷なものなのか、テレビも、エアコンも、ボールペンも、インターネットも、スマートフォンも、列車も、自動車も、映画も、今となっては当たり前にあるものとして受け入れられるようになっていた。
一方で、私が元いた世界の記憶が次第に薄れていっていることを感じている。あの世界で私はどうやって生活していたか、何をされたか、どうやって魔法を使うのか、そういったことを思い出すのにも時間が掛かるようになってきている。むしろさっさと忘れてしまった方が私の精神衛生上良いのかもしれないが。どのみち魔法はもう使えないしな。
なにより、今はこの世界でハヤトとの生活を楽しみたい。ハヤトと一緒に過ごした記憶を、記録を、たくさん刻んでいきたい。
今は九月中旬、時刻は午前十時を過ぎたところだ。あれだけ降り積もっていた雪は見る影も無く消え去り、青々とした空には太陽が燦々と輝いている。季節としては既に秋と見なされているらしいが、体感としてはまだまだ夏だ。私は冷房が効いた部屋で寛いでいるからいいものの、学校の教室にはエアコンが無いらしいからきっと今頃ハヤトは大変な思いをしているだろう。今日も多分、午後四時くらいには帰ってくるはずだ。
あと、六時間。私は自分の唇に手を触れた。あの時感じたハヤトの唇の感触が今でも残っている。あのときは私も気が動転して勢いでやってしまったが、今度はちゃんと落ち着いてしたい。真っすぐな想いを込めて、キスをしたい。
それから、スマホで撮影した画像を確認した。そして動物園や水族館に行ったときに撮影したハヤトの写真や、眠そうな顔で朝食を食べているハヤトの写真や、こっそり撮影したハヤトの寝顔の写真一枚一枚に目を通した。
私はハヤトが使っているベッドに身を投げた。そして毛布に顔を埋め、思いっきり息を深く吸った。そして軽く息を吐いた後、また吸った。それを何度も繰り返した。
後は――声を聞きたい。私はそう思いハヤトに電話を掛けようとして、やめた。多分今は授業の真っ最中だろう。私のせいでハヤトが怒られてしまうところだった。
早く、早く、彼に触れたい、顔を見たい、声を聞きたい。考えるだけで、胸が高鳴り、身体の奥が熱くなった。
私はハヤトが使っている枕に顔を埋めながら、身体をくねらせ、捩らせた。
結論から、言うとしよう。
私は、彼――タケウラハヤトと過ごしたこの月日で、彼に恋をした。
今まで他の誰かに恋をしたことはない。だが、孤独に過ごしていた私を受け入れてくれた彼のことを考えずにはいられない。私を救ってくれた彼ともっと繋がっていたい、私と一緒にいてくれる彼と、もっと、もっと、もっと――。
私はその感情が、恋であると、気づいた。
早く、帰ってきて。
そうじゃないと、私は、私は……。
この感情を、抑えられなくなる。
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