第31話
「これってラブコメ――なんて言ってる場合じゃないか。大丈夫ですか! もしもーし!」
「大丈夫ですか!」
「気絶しているだけのようだ。外傷はあるようだが」
僕、
暴行および誘拐事件と言っていいのだろうか。地下鉄の駅構内で突然小さな女の子が捕まえられて、一緒にいた男の子が殴られた。加害者は女の子ごとどこかへと消えた。そう、消えたのだ。そんな加害者の事も気になるけど、とにかく今は目の前で頭から血を流して倒れている男の子の救護だ。そんな訳で、僕たちは男の子に声を掛けている。
「あの、駅員さんを――」
呼びに行こうとしたところで、男の子は目を覚ました。見た感じ高校生だろうか。と思ったところで彼がエビ子を見て目を丸くした。
「マーちゃん! ……あ、いや、すみません」
「マーちゃん?」
エビ子は不思議そうに首を傾げた。マーちゃんか。マーって何だろう。…………ああ!
「マーちゃんって魔王の愛称だよ! エビ子が魔王だってわかるんだよ!」
「そうか! こんな姿になってもわかる者にはわかるのだな!」
イエーイと二人でハイタッチをしたら、つばめさんが頬を膨らませているのが目に入ってきたので手の平を向けたらパチーンと強めに叩かれた。
「いえ、あの、違うんです!」
「「「違うんかーい!」」」
違ったらしい。どうやら僕の早とちりだったようだ。エビ子が涙目になっているのが目に入ったので頭を撫でたらビンタされた。
「マーちゃんって言うのは…………僕の彼女の、マゼンタっていう子の事なんです」
「もしかして、さっき連れ去られた――」
「連れ去られた!?」
「うん……。だけど、消えちゃったんだよ。まるで手品か魔法でも使ったみたいに……」
「魔法…………もしかして……」
「え、そこ引っ掛かるの!?」
自分で例えを出しておいて何だけれど、そこに引っ掛かるとは。
「ねえ、ここで話すのも何だし、場所変えない? 怪我の手当てもしなきゃだし……」
「そうだね」
つばめさんの提案に、僕は頷いた。
「でも、マーちゃんが……」
「我が探そう」
エビ子はそう言うと、階段を駆け上り外へと出て行った。
「行かないと……」
「だめ。君は手当しないと」
立ち上がってエビ子を追いかけようとする男の子を、つばめさんは優しくも厳しい声で制止した。こういう時、真面目モードになってるつばめさんは頼りになる。
*
「異世界の、ブーゲンビリア王国ね……」
「軽く探してみたが彼女を見つける事は出来なかった。すまない。それにブーゲンビリア王国というのも我の世界には無かったから我のいた世界ではないな」
「警察にも連絡しておいたよ。信じてはもらえなさそうだけど……」
「ありがとう……ございます……あの、信じてもらえないかもしれないんですけど……」
「信じるよ。実はこの子も、異世界から来たからね」
「我は魔王、エビフライ子だ!」
「え、あ、はい……」
僕たちはとりあえずタクシーに乗ってすすきのにあるカラオケ屋に行き、互いに自己紹介をした。そして男の子――竹浦早斗くんから色々と話を聞いた。竹浦くんは、なんやかんやあって異世界に行った後、またこっちに戻って来て異世界のお姫様、マゼンタさんと付き合って一緒に暮らしていたらしい。
だけど今日、駅で突然マゼンタさんが捕まえられて――といったことだった。理由は恐らくマゼンタさんを召喚魔法の生贄にするためだという。つばめさんのいう通り、いくら真面目にこんな話をされても普通の人なら中二病患者の痛い妄想だと一蹴するのかもしれない。だけど僕はエビ子という異世界の魔王だった幼女が側にいるし、ムチャクチャな事を息をするようにやってのける神にも等しい存在にも出会った事があるからむしろリアリティを感じる程だ。それはそれでヤバいのかな?
「ちょっと沁みるよ」
「いてて……」
つばめさんが竹浦くんの傷を手当している。やっぱり凄い手際の良さだ。流石警察官の娘と言うべきか。それは関係ないか。
「もし異世界に連れ去られたとなると厄介な事になる。我の力が戻っていない以上、異世界に転移する術など存在しない。仮に取り戻せたとしても貴様が関わっていた世界は我の知らぬ第三の世界となる。転移の成功は正直、期待できない」
「そうですか……」
エビ子が手当を手伝いながら竹浦くんに言った。竹浦くんはそれを聞いて、身体を震わせ、目に涙を浮かばせた。それが痛みか、悲しみか、悔しさかは僕にはわからない。もし僕が今突然つばめさんと離れ離れになったとしたら――想像したくもなかった。
「異世界に行った時の状況を再現する――は無理か……。そもそもマゼンタさんが召喚したんだしね。しかも狙って竹浦くんを召喚した訳じゃないんだからね」
「召喚出来るのならばもう召喚されているだろうな」
「じゃあ、どうしようって言うの!?」
「つばめさん……」
つばめさんまで目に涙を浮かばせていながら僕には何もできなかった。残念ながら僕自身はただのしがない物書きで、チート能力の類は持ち合わせていない。チート能力を無効化するアンチチート的能力は持っているらしいけども、今の状況ではだから何だって話だ。
カラオケルームにそぐわない沈黙が流れる。この状況で一曲歌えるほど僕は無遠慮なムードメーカーにはなれない。ただソファに座り、目を腕で覆っている竹浦くんを見る事しか出来ない。もらい泣きしながらも健気に振舞うつばめさんを見る事しか出来ない。目を閉じて額を指で叩き続けているエビ子を見る事しか出来ない、ただの傍観者にしかなれない。
「マママーゼ!」
沈黙を破ったのは、突然カラオケルームに出現したコッテコテの魔法使いのコスプレをした女の子の声だった。女の子は僕たちを順番に見た後、膝から崩れ落ち、泣きだした。
「ごめんなさい……間に合わなくて……ごめんなさい……」
女の子はここにはいない人に対して、謝り続けていた。
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