第32話
「結局、すれ違いになっちゃったって訳か……」
「はい……ごめんなさい……」
「だ、大丈夫だって! まだ何とかなるよ!」
話を聞くと魔法使いのコスプレをした女の子はモナミさんという異世界で暮らしているガチの魔法使いで、マゼンタさんを追いかけてはるばるここまでやって来たけれども世界を転移するときに生じるタイムラグの関係でタイミングが合わなかったらしかった。だったらまた戻ればいいのではと思ったけれども、どうやら片道切符のようなものらしく戻るのは無理とのことだった。そんなモナミさんは、大粒の涙を流しながらつばめさんに励まされている。
「でも……もうわたしは……」
「エビ子! なんとかならないの!?」
「わ、我か!?」
「そうだよ! だって他に頼れる人いないじゃん! 魔王なら、魔王の力見せてよ!」
「わたしからも……お願いします……」
「俺からも、お願いします」
「そ、そこまで言うのであれば……」
僕の隣にいたエビ子はここで我に振るのかと驚いていたが、つばめさんとモナミさんと竹浦くんの真っすぐな頼みを受け、冷静になって考え始めたみたいだった。
「でも、もう魔法とかは使えないんだよね?」
「そうだな。我にもう魔力の類は残されていない…………ん? 貴様、その服……」
エビ子はモナミさんが着ている服が気になったみたいだった。黒い三角帽と長いローブと赤いマフラー。ファンタジーものでよく見る魔法使いの衣装そのものって感じだ。
「脱げ」
「何言ってんの!? こんな真面目な時に!」
つばめさんがエビ子の爆弾発言に至極当然なツッコミを入れた。もし誰も言わなければ僕が全く同じことを言っていただろう。しかしエビ子は平然と話を続けた。
「真面目な話だ。その服には高い魔力が込められている。そうだろう?」
「は、はい……そうですけど……」
モナミさんが肯定して帽子を取った。そしてマフラーも外した。こうして露わになった顔を見ると、ちょっと外国人っぽい感じの普通の女の子にしか見えなかった。
「我がそれを身につければ、その服に含まれている魔力を吸いだして我の体内の魔力を回復させることが出来る――かもしれない」
エビ子そう言いながらモナミさんがテーブルに置いた帽子とマフラーを身につけていった。それからエビ子は目を閉じて集中していたけど、結局は首を振って目を開けた。
「やはり足りないな。そのローブも――」
「杖ならありますけど……」
モナミさんは、気まずそうにしながら、どこからともなく上に宝石みたいなものが付いた魔法の杖のようなものを取り出した。
「それがあるなら先に言え! 我がセクハラしたみたいだろう!」
「脱げはセクハラでしょ!」
つばめさんがまたツッコんだが、エビ子はその声を気にする様子もなく、杖を手に取るとその瞬間杖の宝石が眩い光を放ち始めた。
「フフフフフ……ハハハハハハハハハハハ! 力が漲ってくるぞおおお!」
エビ子がそうして叫んだ後、宝石の輝きは鈍くなった。
「魔王エビフライ子、半分程復活したぞ!」
「名前も見た目も戻ってないけど半分なの?」
「半分だ!」
僕がツッコんだらエビ子にビンタされた。痛かったけども、いつもより一割増しくらい痛かったかなレベルだった。
「この力があれば貴様ら二人だけなら異世界に飛ばすことが出来るぞ!」
「半分でそれだけなの?」
「そうだ!」
またビンタされたけどやっぱり一割増しくらいなんだよなぁ……。ちなみにエビ子が言った貴様ら二人というのは竹浦くんとモナミさんのことだ。
「本当に出来んの!? ……いや、出来るんですか?」
竹浦くんが信じられないといった顔でエビ子に訊いた。まあ見た目はただの幼女のままだし信じられなくても仕方ないけど、エビ子はれっきとした魔王だよ。多分。
「出来るぞ。その証拠に貴様の傷を癒しておいた」
「本当だ……」
見ると、ボロボロだった竹浦くんの身体が傷一つない身体になっていた。これが回復魔法か。前にも似たようなものを見たことはあるけど、やっぱり便利だなあと思う。
「じゃあ飛ばすぞ!」
「ま、待って下さい!」
早速と言わんばかりにエビ子が杖を掲げたら、モナミさんが慌てた感じで止めた。
「ありがとう、ございます……なんとお礼を言ったらいいか……」
「気にするな。礼はこの帽子とマフラーと杖だけでいい」
頭を下げたモナミさんに、エビ子はドヤ顔で偉そうに言った。ちゃっかりしてるなぁ……。
「それじゃ、頑張ってね」
「頑張れー!」
「貴様らの信じる道を進むといい」
僕らがそう言うと、竹浦くんとモナミさんの周りに魔法陣みたいなものが現れた。それから、眩い光に包まれて消えていった。
「大丈夫かな?」
「我の役目は果たした。後は、あいつら次第だろう」
「そうだね」
エビ子の言葉に、僕は頷いた。異世界がどんな場所なのかは話だけではあまりよくわからなかったけども、竹浦くんとモナミさんならやっていけるだろうと、僕は信じることにした。不安になって心配するよりも、大丈夫だと信じていたいし。
「じゃ、何か歌う?」
つばめさんが笑顔で僕らに言った。さっきまで涙目になっていたとは思えないほど、からっとしていて綺麗な笑顔だった。
「そうだね。せっかくカラオケ屋にいるんだしね」
「せっかくだから我も歌うとしよう」
そして僕らは、ハッピーエンドを願いながら、マイクを手に取ったのだった。
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