第4話
「ふっ、そうか…………って、え?」
マーちゃんはコクリと頷いた後、しばらく固まった。
ややあって、大きく目を見開き、勝ったと思ったら負けてたみたいな愕然とした顔で俺を見た。
俺の返事が予想外だったのだろう。でも、しょうがない。
だって。
「な、なぜだ!? どうしてだ!?」
「話し相手になるのは別にいいよ。でも恋愛相手はダメだ。……俺の好きなタイプじゃないし」
「タイプじゃない……? なら、お前の好きなのは一体何なんだ! 言うんだ! 言え!」
マーちゃんは息を荒くして俺に飛びかかり、制服のスラックスにしがみついてきた。爪は綺麗に手入れしてる感じだったけど、痛かった。
「普通は『まあ、他にやることもないし、やってやるよ括弧キリッ括弧閉じ』とか言うところだろう! だがお前は小さな声で『嫌です……』と言い放った! 久々に傷ついたぞ!」
完全にキレていた。今にも犬みたいに噛みついてきそう。二十一歳なのに。
「俺はこう、もっと……。キレて噛みついてきそうな人じゃなくて、帰り道優しく話しかけてくれそうな可愛い先輩とかの方が――って何言わせてんだ!」
「ああそうか! 私は可愛くないとでも言うんだな! 言うんだな!」
「痛ってえ!」
マーちゃんは暴れて本当に左腕に噛みついてきた。たまごみたいな丸い点々がくっきりと白く現れてすぐに赤色に変わる。
あれ、血出た? やっぱり夢じゃないな。ここ。
「泣くぞ! いいのか!」
「好きだとか嘘ついたってしょうがないだろ! 隠してもいずれ絶対バレるし!」
「そうか……」
マーちゃんは暴れるのをやめて、俺から離れ、扉へと向かった。
そして大きく息を吸ったかと思えば。
「じゃあもういい! ばか!」
今までの男っぽい話し方とは打って変わり、見た目相応の少女っぽい感じで叫んで、勢いよく扉を開け閉めして部屋から出ていった。大きなつり目が少し潤んでいた。
やっぱりストレートに言いすぎてしまっただろうか。
俺だって「君、私のタイプじゃないし……」とか言われたら傷つくし、ちゃんと謝っておこうかな。マーちゃんは美人ではないけどかわいい系だし、俺を助けてくれたみたいだし。
ちょっと世間知らずっぽいけど、悪い人ではなさそうだし。
恋人になってあげても――いや、それはやっぱりダメだ。いきなりキスしようとしてきたし。噛まれた腕が痛いし。
マーちゃんが部屋からいなくなり、手持ち無沙汰になってきたので、気の紛らわしも兼ねてソファーから立ち上がり、窓から景色を覗いてみる。
西洋風の屋敷の一部のようなものが見えた。やはりここは屋敷の中のようだった。周囲は見たこともないような形の木々に囲われていて、その先に何があるのかはわからなかった。
バァン!
「おい!」
そんな風に景色を眺めていると、マーちゃんが戻ってきた。なぜか髪がくしゃくしゃになっている。
「どうやら私は魔力を使い果たしたようだ――」
「あの、ごめん!」
彼女の言葉を遮り頭を下げた。やっぱり、本当のことでも言わない方がいいこともあると思ったから。
「いや、いいんだ。確かに傷ついたが……好みを簡単に変えられないのもまた事実だ」
落ち着いた声で、彼女はそう言ってくれた。
「そう、簡単には変えられない」
そうブツブツ呟きながら、こっちにとことこ歩いてきた。
「それなら、根気強く、ゆっくり変えていくまでだ」
マーちゃんは俺に抱きついてきた。年上なんだけど、年下の子どもに抱きつかれているみたいだった。
「生き返らせてもらった恩もあるし、俺も頑張ってみるよ。でもすぐに、恋愛感情を持つのは難しいな」
「お前が頑張る必要もなく、好きにさせてみせるさ」
マーちゃんは俺に抱きつきながらそう宣言した。この後どうすればいいのかわからなかったけど、とりあえずくしゃくしゃの髪を撫でて元通りにしておいた。
「よろしく頼むよ。ハヤト」
「ああ」
この世界がどんな世界なのか、木々の外には何があるのか、なぜマーちゃんがこんなところに一人でいるのか、なぜ姫ではなくなったのか、気になること色々あるけれど、これからゆっくり知っていくことにしよう。
「よし、じゃあキスを――」
「いや、それは無しで」
……ゆっくりやっていこう。
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