第3話
隣に座る、マゼンタの神妙な顔を覗いた。
彼女の、夢。
あだ名で呼び合うこと、キスすること。
恋に気づいた人ならば、誰しもが一度は願いそうな、何気ない夢。
小学生の後半くらいのときに、イケメンアイドルに会いたいだとか、渋谷とか原宿に行きたいだとか、そういう類と同じ水準でクラスの女子がいつか叶えたい夢として語り合っていた記憶がある。
夢とは言っても所詮は小学生が言っていることだ。男子との色恋沙汰なんてまず無いし、東京に行くために本気でお年玉を貯金したりしている人はいなかった。つまりは口だけの話だった。
「こうでもしないと、叶えられそうになかったんだ」
しかし彼女は、そんな軽いことではないという思いを含ませたように、重々しい声でそれが夢なのだと言った。
「だが、強引すぎたな。すまなかった」
マゼンタは俺に頭を下げた。余計な動きのない、美しい頭の下げ方だった。さっきまでの粗暴な行為からは想像もつかなかった。
「あ、いや……」
確かに、いきなりキスしてくれと言われたときはびっくりしたし、順序がどうこうとか言ったけれど、謝ってほしいとは全く思っていなかったので戸惑った。
それよりも、今は聞きたいことがたくさんある。
「私が悪いのはわかっている。初めて召喚を成功させることができて、浮足だっていた。それにそんな強引な形でキスをしたところで、夢が叶ったとはいえない。それに、マーちゃんというのも――」
「あのさ、さっきから召喚がどうこう言ってるけど、どういうこと? それに俺が死んでるっていうのもちょっとよくわかんないんだけど」
落ち着いた(?)らしいマゼンタがぶつぶつ言っているのを途中でぶった切り、俺は尋ねたいことを口にした。
とりあえず、ここに俺が召喚されたらしいけどなんで俺が召喚されたのかがわからない。それに消えたのならなぜ今ここに存在できているのか。俺も冷静になってきたので、色々な疑問が浮かび上がってきた。
「……それなら、自己紹介の続きということにしよう。ウラハヤ」
「ハヤトでいいよ」
「……ハヤト」
「うん」
「…………」
「……マゼンタさん?」
「…………!」
マゼンタは眉をひそめた後、ぷくーっと頬を膨らませた。なんかハムスターみたいだった。
ああ、これはつまり。
「マーちゃん?」
こくりと頷いた。どうやら正解だったようだ。そんなにマーちゃんって呼ばれたかったのか。
マーちゃんはソファーからすくりと立ち上がると、部屋をぐるぐるし始めた。そして口を開いた。
「よし。ではハヤト。まずこの世界には数多くの魔法が存在する。原理に関してはややこしいので割愛するが、魔法の種類の一つに異世界から生命体を呼び寄せることができる召喚魔法というものがある。それを理解してくれ」
「うん」
RPGでは割とあるものだ。消費MPが激しいけどその分威力も高い。そんな感じの魔法だ。それからマーちゃんは意味もなさそうにでかいタンスを開け閉めした後、召喚魔法使った理由を話し始めた。
「山奥にあるこの屋敷には私しかいないし、当然周辺にも誰も住んでいない。だから十年ほどこの屋敷に一人でいると無性に話し相手が欲しくなってきたんだ。しかし山を下りるわけにはいかなかった。家からも出る訳にはいかなかった」
「十年って……。今、何歳なの?」
女性に年齢を聞くのはマズいとよく言われていることではあるが、小さな女の子から十年という長い期間を聞いて黙って流す気にはなれなかった。
マーちゃんは小柄で顔つきも幼く、西洋の人形のようであり、十代前半のようにしか見えない。
もしかしたら物心つくころから一人だったのかもしれない。山を下りたくなかったとか気になることは色々あるが、一番気になるのは、それだった。
「二十一歳だ」
「え?」
「二十一だ」
「え? ……え? 年上!?」
「もしかして年下だと思っていたのか?」
「いやだって、そうにしか見えない、ですし!」
「仕方ないだろう! ずっと家にいたらいつの間にかそんな年齢になってしまったんだ!」
「ご、ごめんなさい」
「敬語はやめろ! 憐れむな!」
まさかの二十一歳。五歳年上だった。
今までバイトもろくにしたことがなかったので、年上の人との接し方がいまいちわからない。でも敬語はやめろって言ってるし、さっきまでの感じのままでいい……のか?
マーちゃんはわざとらしい咳払いをした。
「とにかくだ。そんな悩みをある日ある人に打ち明けると、召喚魔法を教えてもらったんだ。その魔法を使って、異世界から話し相手になってくれる人を呼んでみるといいと言われたんだ」
「ある人?」
「かつてこの屋敷で暮らしていた魔法使いだ。私は彼女から召喚魔法を学び始めた。ものにするまで五年もかかってしまったがな」
五年。マーちゃんは軽く言ったが、一つのことを一人でこれほどの月日をかけて続けることは並大抵のことではないはずだ。
「マーちゃん……そこまでして話し相手を……」
「だから憐れむな! 本気だったんだ! それにな、お前を召喚したのは、はっきり言って偶然だ! 別にお前じゃなければダメだとか、そういう理由はない。誰でも良かったんだ!」
俺に指を差してキレ気味に言ってきた。
「なんか……ごめんなさい」
「だから敬語はやめろ!」
「ごめんね」
マーちゃんはクッションを俺に目掛けて投げつけてきた。が、全然届いていなかった。そして召喚魔法に関して何か言いながら拾い直した。
「私が使ったのは召喚魔法の中でも最上級であるもので、こことは異なる世界から人間のような知的生命体を呼び寄せることができるレベルのものだ。だが、実際は使用者によりどれほどのレベルになるのかは大きく異なるんだ」
「えっと……つまり、強い人と弱い人では同じ魔法を使っても威力が全然違う、的な感じ?」
「うむ。私は弱い人に分類されるんだろう。名のある魔法使い、特に召喚術師と呼ばれるエキスパートは自由自在にあらゆる世界からあらゆる生命体を呼び寄せることができるようだが、私はそんなレベルには到達していない。今まで六回試したが、全部失敗してよくわからないものしか召喚できなかった。でも、今回お前を召喚することができた。初めての成功だ」
「どうして成功できたんだ?」
「わからん」
「わからんって」
わからんものはわからんのだ。と言わんばかりにもう一度クッションを投げつけてきた。今度は距離が近かったので俺の顔面に直撃した。でも、クッションはすごくふわふわで、柔軟剤のようないい匂いがした。この世界にも柔軟剤なんてものがあるのかはわからないけども。
「私にはお前が選ばれた理由はわからない。だが、思い当たる理由があるのならきっとそれなんだろう」
「滑って転んで死にそうになった」
「ならそれだな。お前は意識を失っていたが、回復魔法で意識を取り戻したんだ」
「そ、そう……」
「回復魔法も私にとってはかなり大変なんだ。もっと感謝してくれてもいいんだぞ」
「あ、ありがとう?」
助けてもらったのは事実のようだし、お礼は言っておいたほうが良いのかもしれないので言っておいた。しかしどうやら俺は本当に、滑って転んで異世界転移してしまったらしい。なんで滑って転んだだけで異世界転移したのかはさっぱりわからないけれども。
「お前はこれから、私の話し相手と……恋愛相手になってもらう」
そして深紅色の髪の二一歳は、俺の前に立ち、ドヤ顔で言い放った。
彼女の言葉に対し、俺は。
「嫌です……」
そう返したのだった。
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