第5話

 心地よい温かな感触が肌に伝わる。


 朝の陽ざしだ。どうやらこの世界にも太陽みたいなものが存在するらしい。共通している部分があるとわかってなんか安心した。そしてベッドもふかふかで、寝心地が良かったから熟睡できた。


 だから俺は気持ちよく、ぱっちりと目を開くことができた。


 視界にはマーちゃんが映っていた。


 マーちゃんが映っていた。


 ……なんでいるんだ。


 昨日、俺はあれから他の部屋に連れていかれた。そして自由に使っていいと言われた部屋が今俺が目覚めた部屋だ。二階の端っこにある六畳くらいの小さめな部屋。


 特にレイアウトもされてなく赤い壁とフローリングで、窓が一つ。それ以外にはカーテンとベッドしかなかった。そのような部屋しか用意できないことをマーちゃんは詫びていたが、色々なことが起こりすぎて疲れたので寝られる場所があるだけいいと思った。


 そしていつのまにか制服のまま眠りについていた。ちなみに昨日目覚めて話した部屋は一応客間らしかったが、本来の用途では全く使ってない感じだった。


 屋敷は三階建てだが、まともに使っているのは一階だけのようだった。一階だけでもかなり広いし、一人でいるなら持て余してしまうのも無理はないけど、少しもったいないなと感じた。


「お、おはよう……」


 マーちゃんは、少し照れたような、はにかんだような顔で呟いた。仰向けになっている俺に跨っている、というよりはちょこんと乗っかっていた。


「……なんでいるの?」

「ちゃんと眠れているかどうかを確認しようとだな……」

「ぐっすり寝れたよ。ていうかそれならなんでこんなことになってんの」

「い、いいだろう。別に」

「よくない。もしかして、またキスしようとした?」

「…………」

「なぜ黙る!?」

「…………」

「まさか、もうしたのか!?」

「そ、それじゃ」


 マーちゃんは俺の疑問には答えずに、そそくさと部屋から出て行ってしまった。


 もしかして図星? え、キスされたの? これってカウントされるやつ? 知らない間にファーストキス奪われた? え、嘘!?


 …………顔でも洗って、一度頭を整理しよう。


 俺は昨日案内された、一階にある洗面所へと向かった。洗面所は二階にもあったが、長年放置されていて汚かったので扉を開けた瞬間すぐに閉めた。


 洗面台の先にある、やたらと大きく、仰々しい鏡に俺の顔が映る。


 あれ?


 俺の顔に、黒いインクで何か書かれている。鏡文字だし、日本語じゃなさそうだったから解読するのに少し時間が掛かった。でもあっさり理解することができた。なんで理解できるのかは謎だったが、なぜか日本語のようにすっと読み取れた。


 どれどれ。


「キスはしてない」


 おい。


「落書きしてたのかよ!」


 そのままリビングへと向かい、だらしなくソファーに座りながらパンを貪っていたマーちゃんに言った。


「ふっ……」

「ドヤ顔すんな」

「笑いを堪えるのに苦労したよ」

「だからあんな表情してたのか!」

「そもそも何度も拒否されたのにする訳ないだろう。さてはまだ信用してないな」

「当たり前だ! だって昨日会ったばかりだし、完全に状況理解もできてないし!」

「なるほど。これは結構時間が掛かりそうだな」


 うんうんとマーちゃんは頷いた。俺がどんな反応を示すのか検証してたらしい。心理学の動物実験か。次はどんなアプローチを仕掛けてくる気だ。


「ほら、お前も食べるといい」

「あ、ありがと……」


 マーちゃんは足元に置いていたバスケットからパンを一つ取り出し、俺に差し出してきた。


 なんなんだよもう。パンはクロワッサンみたいな形をしていた。


 どうやら俺も、彼女を理解するのに結構時間が掛かりそうだ。

 

と、俺がマーちゃんからもらったクロワッサン(?)を口にしようとしたときだった。


「容姿端麗頭脳明晰天真爛漫最強美少女魔法使い、ただいま参上!」


 なんか黒い帽子とローブとマフラーを見に纏った女の子が突然現れた。

 

 なんなんだよもう。マフラーで顔があまり見えないが、それでも美少女なのはわかったが。


「呼んでない」


 マーちゃんはそんな容姿端麗頭脳明晰天真爛漫最強美少女魔法使いに対し、冷やかな態度を示した。


「呼ばれなくてもやってくるのが、この容姿端麗頭脳明晰天真爛漫最強美少女魔法使い、モナミちゃんなのです! おっと! あなたはもしや、マママーゼが召喚した異世界の人間さんですか?」

「そ、そうですけど……てかマママーゼってマーちゃんの事ですか……?」

「やはりそうでしたか! モナミちゃん、大感激です!」

「は、はあ……ていうか誰ですか」

「モナミちゃんは容姿端麗頭脳明晰天真爛漫最――」

「いや、そうじゃなくて、マーちゃんとの関係は?」

「唯一無二の親友であります!」


「お前の中だけではな」

 

 マーちゃんが口を挟んできた。マーちゃんは、なんだかひどく迷惑そうな感じの表情をしていた。

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