第27話
やばい。主人公に影響され過ぎて思わずキメ顔で「いいよ。このままでも」なんて言ってしまった。恥ずかしすぎる。
マーちゃんの顔を見る。頬を髪と同じくらいに真っ赤にしながら、視線を変なところに向けている。やっぱりキモがられただろうか。そうだろうな、うん。自分でもキモいという自覚はある。でも、ずっと繋げていたいのは本心だし。……ああもうなんだ俺はもうおかしくなっているのか!?
……改めて、文字通りファンタジーの世界から飛び出てきた小さくて可愛い女の子がなんで俺なんかと一緒に暮らしているのかと改めて思う。いやまあそれは確かに俺がそういう風にしたからなんだけれども。
もしあの時、俺が違う態度を取っていたら、どうなっていただろうか?
俺は目を閉じて、過去の自分を想像して動かした。
*
「だから、キスしろと言っているんだ!」
「いや、言っている意味はわかるけど……。いきなりなんでそんなことを」
「いいから早く」
「いや、ちょっと待って!」
「なぜ待つ必要があるんだ! 私は今すぐキスがしたいんだ!」
女の子が急かすように言った。
「さあ! 早く!!」
「ちょ、ま、うぐっ!」
女の子は、急に顔を近づけてきた。俺はその勢いで後ろに倒れ込み、ソファーから落ちた。
「痛てぇ……」
背中を床に打ち付けた衝撃で息が詰まりそうになったが、どうにか堪えることができた。そして起き上がろうとすると、いつの間にか俺の腰の上に跨っていた女の子と目が合った。
「おい、大丈夫か?」
俺を心配してか、女の子は心配そうな表情を浮かべて訊ねてきた。
「ああ、なんとか……」
「よかった。まずは、私の唇に軽く触れてくれればいいからな」
そう言って、女の子は目を閉じながら小さく柔らかそうな唇をこちらに突き出してきた。ちょっと待て。俺、ファーストキスもまだなんだぞ。それに、見ず知らずの子とするなんておかしいだろ。そもそもここがどこなのかすらわからないというのに。
「あのさ、悪いんだけど――」
だから俺は、断ろうとした。だが、女の子が俺の言葉を遮った。
「ずっと、夢だったんだ」
「え?」
「誰かと、キスしたいという願いだ。その願いを叶えるために、お前をこの世界に召喚したんだ」
「……キスすれば、それでいいのか?」
「ああ、そうだ! だから頼む、早く!」
女の子は、再び懇願してきた。その態度があまりにも必死なので断るに断れなかった。
「じゃあ……いくぞ」
俺は、覚悟を決め、女の子の肩に手を置くと、恐る恐る自分の顔を近付けていった。
……もう、過去の自分を動かす必要は、無い。
「本当にそれでいいのか?」
「誰だ!?」
「本当に、キスしていいのか? 本当にそれで彼女の願いが叶えられると思うのか?」
「……どういうことだ?」
「わからないのかっ!」
俺は、過去の俺を頭の中で殴り飛ばした。
「彼女がずっと抱えていた想いが、その程度で解決する訳がない! お前はとりあえずこの場をどうにか済ませたいと思っているだけだ! お前では彼女を救えない!」
「それが何だよ!? そもそも俺は何でこんな場所に連れてこられたかもわかっていないんだ!」
「だから何だってんだ! 目の前に助けを求めている女の子がいるんだぞ!」
「お、お前だって! まだ彼女の事を何もわかっていないだろうが!」
「そうだな。俺の想像を絶するほど、彼女は苦しんでいたはずだ」
「なら……!」
俺は、ゴスロリ衣装に身を包んでいる赤い髪の女の子に視線を向けた。
「だからこそ、わかろうとしないとダメなんだ! 彼女に召喚された俺が!」
そう言い切ると、過去の俺は何も言わなくなった。
「今日から俺は、もうお前じゃない」
過去にいる俺にそう言った後、俺は再び目を開き、前にいるその時の女の子――マーちゃんに向き直った。
「過去にあった事はもう関係ない! 俺はマーちゃんの事が今、好きなんだ!」
「ハヤトの事が好きなんだ」
「え?」
「え?」
「今、なんて?」
「だから、ハヤトのことが好きなんだ! と、というより! ただの独り言だ! 忘れろ! 忘れてくれ!」
マーちゃんは、頬を赤らめながらそう言った。
――マジで?
まさかの展開に、俺は頭が真っ白になってしまった。
「いや、その……。ありがとう」
「と、ところで……今の言葉は……」
「そ、それは……」
「冗談とかじゃない……よね?」
「ああ……うん……本当だよ。……こっちも独り言のつもりだったんだけどな」
「……嬉しい」
そう言って微笑むと、マーちゃんは俺に抱きついてきた。
「ちょっ!?」
「私も好きだっ! ハヤトの事が好きっ!」
そして唇で、俺の唇を塞いできた。
「んっ……んちゅ……ちゅるる……ちゅ……」
マーちゃんとのキスは多分これで二回目になる。だが今のは、前回のとは何もかもが違う。キスって本来は、こんな感じだったんだな。とても甘く、優しい味がする。
「ぷはっ……」
「はあっ……」
お互い息を切らせながら唇を離すと、マーちゃんは俺の胸に顔を埋めた。
「……どうしたの?」
「嬉しくて、どうにかなりそう」
「……なら、もう一回、キスしよう」
「うん……」
今度は俺からキスをした。するとマーちゃんは俺の首の後ろに手を回し、しっかりと俺を抱き寄せてきた。それに応えるように、俺も強く抱きしめ返した。
「んっ……ふぅ……」
「んっ……」
マーちゃんの吐息が、俺の顔にかかる。それだけで興奮してしまう自分がいた。見た目が完全に年下にしか見えないマーちゃんに興奮してはいけないとどこかで我慢していた自分がいた。でも事実は、マーちゃんは俺より年上の女性だ。なら、我慢する必要は、もうない。
「ハヤト……もっと……キス……しよ……」
「うん……」
それから俺たちは、気が済むまで何度も、何度もキスをした。そして何度も、何度も好きだと言い合った。
俺に、初めての彼女が出来た。その彼女は異世界から来たちょっぴり……どころじゃ済まないほど変わっているけど、とても綺麗な赤い髪と瞳をしていて、背が低くて可愛らしい女の子だ。
そして彼女との同居生活が、いつまでも続いて欲しいと、彼女の細くて柔らかい身体の感触を感じながら、俺はそう願った。
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