第8話 有芽沙紀
私、有芽沙紀の家は旧華族に連なる名家だ。
とは言ってもそれも今は昔、度重なる事業の失敗で没落。
現在は僅かな土地を貸した賃料でなんとか食いつないでいる状態だ。ただ、見栄のためなのか屋敷は無駄にでかい。
その見栄の一環で私は良家の子女の通う私立御藍綬学園に通わされる事になった。旧家のコネがあるらしい。学力の足りない私でも難なく入学できた。
養ってもらっていて文句を言うつもりはない。ただ、周りの良い子ちゃん達とは反りが合わない。
だから、わずかばかりの反抗に肌を黒く焼いて流行りのギャルっぽい格好をした。
両親は文句を付けてきたが、孫を溺愛する祖父が擁護してくれてしばらくすると小言は消えた。
「行ってきまーす」
朝早くから出勤している両親はすでに家を出た後で居ない。没落した後もただ一人残ってくれているお手伝いさんに声を掛けて登校する。
普段は「寮生活」なのだが土日は自宅へと帰宅が許されていた。
ウーーーーーーーウゥーーーーーーーー
家を出るとけたたましいサイレンの音が聞こえた。近くで火事でもあったのだろうか?
その疑問はバス停のそばまで来ると氷解した。
実家にいるときに何度か利用したことのある薬局が焼け焦げて崩れていた。周りを消防車が取り囲んでいる。
確か夫婦の薬剤師が営んでいたはずだ。
幸い通学に使っているバス停には影響のない距離ではあった。
バスを待ちながらも私はなんとも居心地の悪いような言葉に言い表せない感覚を覚えた。
特に経営者夫婦の名前を覚えているような間柄ではないが、古くから近所にあった店が消えてしまうのはわずかばかりに心に衝撃を受けた。
きちんと再建できるのだろうか?
「奥さんが店に火を付けて夫婦共々無理心中したらしいわ。遺書が親戚に届いたっていう話よ・・・」
「まあ」
後ろに並んでいる近所の奥様方の会話が聞こえた。
バスを乗り継いで学園まで来ると校門の前に風紀委員が整列していた。
服装チェックをしているらしい。
「有芽さんっ!!またそんなだらけた格好をして」
「……」
風紀委員のなんて言ったっけ?そうだ、桑原、桑原秋子。
「ちょっと!!待ちなさいよっ」
あんまり興味ないから無視する。
「待ちなさいって!!」
なおも委員長が食い下がって来るが私は歩みを止めない。
そのまま学園の敷地内に入ったその時、後ろから黄色い歓声が聞こえた。
「きゃーーーー!!」
「真山クーンっこっち向いてー!!」
私は踵を返すとその声の方向へ駆け出した。
「きゃっ!!ちょっと急に振り返らないでよ」
委員長にぶつかりそうになったが彼女の事なんて目に入らない。
「ハッ、ハッ」
息を切らせてもと来た道に戻る。
見ると彼が校門から入ってくるところだった。取り巻きの女どもが邪魔くさい。
彼の名は真山誠二。
美貌のイケメン、本当に綺麗。
それだけじゃない、成績優秀、運動能力も抜群。名門真山財閥の御曹司。そして若くして複数の会社を運営する経営者。それも実家の力を借りず、自分でバイトしたお金から初めてベンチャーを立ち上げた。すごい。
そして私の幼馴染。
最初は実家のつながりで、幼稚園時代の遊び相手として引き合わされた中の一人だった。
遊び相手には他に何名も名家の令嬢がいた。将来の嫁候補の一人としての意味もあったのだろう。
しかし、私は家格と能力が劣っていて脱落してしまった。
それでも諦めきれない。
「真山くんおはよう」
私は少しでも彼に近づこうと挨拶をする。
だが、彼と私の間を一人の女が遮った。
「あら、有芽さん。おはようございます」
「……私は真山くんに挨拶したのよ」
「私はクラスメイトに挨拶しただけですわ。礼儀のなってない女性は嫌われますわよ」
私と真山君の間に割って入ったのは西園寺英子。全国に病院を持つ医療法人西園会の会長の孫。真山くんに負けないくらいの美貌を持ちすべての成績でも彼に並び立つ才媛。
いつも一緒にいて二人は付き合っているんじゃないかと噂になっている。
他にも真山くんには現役アイドルやスポーツ特待生の女とか複数人のガールフレンドがいるらしい。
将来の真山家夫人候補にふさわしい女性を競っているという噂だ。
私も彼ほどの男を独り占めできるとは思っていない。でも西園寺英子、この女だけは気に食わない。
私は眼前の女と睨み合った。
「いいんだ西園寺くん。有芽さん、おはよう」
「真山くん……、でも」
「クラスメイトと挨拶するのは普通のコトだろう?有芽さん、少し眉の形を変えたかい?それにその髪留め、新しいのだね。かわいいよ」
「真山くん、気づいてくれたんだ……」
「ああ、それくらいは分かるよ。それよりもうすぐ朝礼が始まる。みんな教室に行こう」
彼はこういう細かいことに気がついてくれる。素敵だ。
彼に比べたら他の男どもなんてカスだ、ゴミ虫だ。クラスの男子なんて名前すら覚えていない。
立ち止まって前を行く西園寺の背中を睨みつける。
本当は彼の隣は私の場所なのに。私の方が先に出会ったのに。
彼を手に入れたい。だから藁にもすがる思いで実家の蔵にあった何でも願いを叶えてくれる精霊と呼ばれていた骨を持ち出したのだ。
そして寮の地下倉庫で復活の呪文と言う物を唱えた。
呪文は骨が収められていた箱に書かれていた。
今まで誰も読むことができなかったこの文字はなぜか私には意味が分かってしまった。
その結果言い伝え通りその骨は受肉したのに、出てきたのは精霊では無くホラー映画に出てきそうなゾンビもどきで、願いの事などは知らないという。
魔法なんてものが世にある以上、本物かもと思ったのに肩透かしもいいところだ。
「なるほど、彼が真山くんですか。たしか初めて出会ったときにその名前を口にしていましたね」
私の肩口からヌゥっと顔が突き出されるとそんな事をいった。
「あんたっ!!」
こいつっ。顔をマスクで覆っているけどあのとき蘇った精霊だ。何故か私にはそれが分かった。
「いやあ。一週間ぶりですな、ご主人さま。お元気でしたか?」
「あんたみたいなキモいヤツの主人になったつもりはないわ何でこんなところにいるのよっ!!」
そこをちょうど巡回中の警備員が通りがかった。奇しくも一週間前の夜に私が頼った人だった。
「警備員さんっ!!ほらっこいつっ!!この前の不審者っ!!」
「なにっ!!不審者っ?……どこです?」
「こいつですこいつ早く叩き出して」
「だからいったいどこに、ああ、奇康さん。仕事には慣れましたか?」
「え?」
「はは、まだ二日目ですのでこれからですよ。まだまだご指導のほどよろしくお願いいたします」
「はい、よろしくおねがいしますね」
「ちょっと、警備員さん!!なに和やかに話してんのよ!!こいつ一週間前の夜に追い払ってもらったやつでしょ忘れたの?」
「え?あの時の不審者とは似ても似つかないですよ、有芽さん。この方は土曜日から寮の用務員として来てもらっている山田奇康さん」
「はあっ?男を女子寮の用務員にするっていうの?」
この学園は元は女子校だったから寮は女子寮だけだ。こいつが管理人なんてありえない。
「私が採用したわけじゃないですけれど、北沢家からの紹介で身元もはっきりしているし、仕事ぶりも申し分ない。それに・・・その・・・ハンディキャップのある方の枠での採用だから女性にそういう事をすることもできないそうなので私達警備員は納得しているけど」
「山田奇康です。どうぞお見知りおきを。気安い奇康さんとお呼び下さい」
「ああ、じゃあ私は行くから。有芽さんも早く教室に入りなさい」
そう言うと警備員は去っていった。あの男は役に立たない。
「なにが気安い奇康よ。あんたどういうつもり」
「いえね。一週間前は蘇ったばかりで記憶が混乱していましてね。しばらくして思い出したのですがやっぱり私は願いを叶える精霊だったらしいのですよ」
「はあっ!?」
「復活の呪文を唱えてもらった以上、ご主人様に恩返しをしなければならないと罷り越したしだいで。願いはあの真山くんの恋人になりたいと言うことでよろしいですか?」
「そう……だけどできるの?」
なんだろう、凄まじく胡散臭いわこいつ。
「実は今すぐにとは行かないのです。魔力を集めないと。私自身の魔力量ではその儀式を到底まかない切れませんので誰かに魔力を融通してもらわないと」
「私はどうすればいいのよ」
「幸いこの学園には魔力を持った生徒が多いようです。私からなにかお願いするよりも同じ生徒のご主人さまから頼んだ方がいい場合もあるでしょう。その時はお願いいたします」
「嘘だったらアンタに痴漢されたって言って警察につきだすから」
「それはそれは・・・怖いですな。約束しますよ。どのような形にせよ真山様と結ばれるようにすると。まずは私だけでも魔力が回収できないか、動いてみることにしましょう」
「もう行って。ものすごく臭いわよあんた」
「え?私、臭いますか?」
こいつ鼻が馬鹿になってるんじゃないかしら?いや、腐り落ちてるのか。一週間前にみたこいつの顔を思い出していやな気分になった。
「……」
私はもう話すことはないとこいつから顔をそむけて教室に向かった。
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