第9話 用務員、奇康

 「もう行って。ものすごく臭いわよ、あんた」


 「え?私、臭いますか?」


 (私の催眠魔術ではきかないようですね。臭いで不審がられないように常に発動させていたのですが、ある程度魔力があるとレジストされますか。やはりこの方はあのクソ師匠の子孫という可能性が高い。私を使い魔にさせるとか何を考えていたのやら)


 死霊魔術で操った北沢くんのコネを使って、というより彼を更正させたといったらご両親は泣いて喜んでいらっしゃいました(本当は死んでるんですけどね。)そのお礼に雇ってもらったというわけです。


 首尾良く用務員には成れたものの、即、魔術で操って儀式の続きをするわけにはいかないようです。流石は師匠の子孫。

 ガルム王国時代に儀式をするように頼んだ女性のように丹念に心を折って蟲を仕込まなければ。


 幸い真山くんを手にいれるためと言えばうまく自分から罠に飛び込んでくれそうです。


 有芽沙紀嬢はまるで虫をみるような一瞥を私にくれると去って行きました。


 どのみち彼女だけでは魔力は足りません。何人かは魔力の高そうな生徒を見つけたのでそこから徴収することにしましょう。


 キキッ!!


 突然鳴り響く 車のブレーキ音でそちらを見ると、校門の外に高級そうなセダンが停車したところでした。


 中からショートボブの小柄な女性が降りてきました。


 はて、車での送迎は禁止されていたはずですが。


 そこへ登校中だった何人かの女生徒が駆け寄っていきます。


 わたしは気づかれないように少し離れた場所から聞き耳をたてます。


「阿形さん。もう大丈夫なの?」 


「大変だったわね」


「ええ。普通に生活する分には平気みたい」


「そう、良かったわ本当に」


「教室まで一緒に行きましょう」


「うん。ありがとう」


 なるほど、今の会話から推察するに何か大病をして体調が優れないための特別待遇というわけですか。


 「阿形 陽子」たしか生徒名簿に阿形という苗字は一人しかいませんでしたから彼女で間違いないでしょう。

 この奇康、事前準備は怠らぬ性分ゆえ主だった生徒の情報は調べています。生まれ持った習慣というよりは仕込みをしっかりとしないと簡単に負けてしまう弱者だったから身に付いたものですが。


 たしかオリンピック候補にも選ばれた俊英だとか。私が生徒の成績表を盗み見て知ったのはそこまででしたが、どうやら病気で休学していたとは。

 遠目に見ただけですがなかなかの魔力を秘めているようですね。魔力を回復する贄とさせていただきましょう。


 それにあの顔、周りに気を使われてお礼を言っているように見えますが、その実相当な屈辱を感じている模様。

 体力が取り柄の人間がその分野で自分より劣る人間に気遣われている現状が気に入らないのでしょう。


 その辺に付け入る隙がありそうです。


 わたくしはクックッと笑うと用務員の業務に戻るために校舎裏の倉庫へと向かいました。



 

  

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