第6話 潜入
工事現場のフェンスは鉱山側の切り立った崖の部分で途切れていた。
城太郎はフェンスの上部に監視カメラが設置されているのを見て取ると、死角になる場所に身を潜める。
(崖側にどこか登れそうな箇所はないか?…ここか)
城太郎はフェンスの端より10メートル程離れた箇所に登れそうな岩場の亀裂を発見した。
城太郎はフリークライミングの要領で難なくそこを登っていく。
崖の上は鬱蒼とした森になっていた。
(近づくにはちょうどいいな)
(さすがにフェンスの外までは警備の人員を配置していないか)
(ただの工事現場にそこまで厳重な警備をすれば逆に怪しまれるからか?)
城太郎は赤外線暗視ゴーグルを着けると森の中を歩き出した。
(むっ)
幾ばくもないうちに城太郎は森の中に光る光点を発見する。更にその周辺に何箇所か明るく照らされた箇所が見える。
城太郎は赤外線暗視ゴーグルを外すと肉眼で光のあった場所を確認する。
しかしそこには光など何もなく夜の闇に沈む森があるだけだった。
(レーザーによる侵入探知トラップと赤外線ライトか。ライトの側には暗視カメラもあるな。やはり崖側にも警戒を敷いていたか)
城太郎は再び暗視ゴーグルを着けると、センサーに掛からず尚且つライトに照らされない位置を慎重に測りながら移動していく。
(こういう時はこの小さな体が役に立つな。この体になって良かったなどとは口が裂けても言わないが)
この警戒網はもとから小学生くらいの体格を想定していないのか城太郎には僅かに滑り込む隙間があった。
そうやってフェンスの内側の位置までくると疑惑の工事現場全体を見渡す。
(どう見ても防止柵の設置工事などでは無かいな。警部補、やはり私が正しかったようですね)
フェンスに覆われた場所はかなり広く、同じ崖側であっても城太郎の立っている場所から反対側のフェンスの端まで距離がある。
その途中には巨大な横穴が掘られ工事車両が入っていけるように鉄板で地面が補強されていた。
また、事務所に使用しているのだろうかプレハブ小屋が何軒か建てられていた。
そしてフェンス内を警備の人間らしき幾人かが巡回している。
(警備が肩から下げているのは、銃か……。フェンスの中を見せられないのも当然だな)
城太郎はスマートウォッチで工事現場全体と警備員をズームで写真に撮ると大橋警部補に送信した。
これで応援が到着次第突入してくれるだろう。SITにも出動要請が行くかもしれない。
だが城太郎はその突入を待つつもりは無かった。先行して侵入できる場所を探す。
城太郎の本当のクライアントである【日本政府】にとって警察が押収してはまずいものが有るかもしれないからだ。
幸いな事に今立っている斜面のすぐ下にプレハブが建っている。その裏には見つからずに降りれそうだ。
(さて、横穴に向かうにはあの警備が邪魔だな)
城太郎は音もなく斜面を滑り降りるとプレハブの影から様子を伺う。
横穴との間には警備員いや、もはや装備からは警備兵と言っていい者が行ったり来たりしている。
(そこまで密に警備を敷いているわけでは無さそうだな。人員が足りて無いのか?あの警備兵をどうにかすれば行けそうだな)
警察が押しかけた影響だろうか?どちらかといえばフェンスの方に意識が向かっているようだ。
(ん?こちらに近づいてくるか)
横穴との間にいた警備兵がこちらに近づいてくる。城太郎に気が付いたわけではなく通常の警備経路を回っているだけの様だ。
城太郎はプレハブの影に身をかがめて隠れる。プレハブの裏は雑草が伸びるがままにされており
小さな城太郎の体をうまく隠蔽してくれた。
(つっ)
警備兵が最接近した時はさすがに城太郎でも緊張した。吐息が漏れないように抑え込む。
コツコツコツ……クルリッ
どうやら城太郎には気が付かなかったようだ。そして都合の良いことにに城太郎が隠れているプレハブの前で反転して戻っていく。背後ががら空きだ。
城太郎は足音を立てないように近づくと警備兵に後ろから飛びかかって首を腕で締め上げた。
「かっはっ」
警備兵は突然の襲撃に動転しているが喉を抑えられていて声が出せない。
しかし訓練されているが故か警備兵はすぐさま立ち直ると無線機に手を伸ばす。
声が出せなくても争う物音が伝われば異常は察知されるだろう。
「させないよ」
「ぐっ」
身長差から警備兵の背中にぶら下がるようになっていた城太郎は地面から浮いて自由になった足をわきから押し込むと無線機を蹴り飛ばした。
「ぐおっむぐっ」
その動作を見て警備兵は自分に組み付いている相手が小柄なのを悟ったのかそのまま後ろに倒れこもうとしてくる。
大人の身長程度でも地面に叩き付けられればたとえ装備をまとっている城太郎でも多少のダメージはあっただろう、しかし。
ミシッ!!
急激に力を増した両腕が万力のように警備兵の首を絞めつける。首の骨にひびが入りそうなほどのそれは首の動脈をせき止め脳への酸素供給を著しく低下させた。
ぐるんっと眼球が回転して白目をむくとついに警備兵は意識を手放した。
城太郎は手早く警備兵をプレハブの影へ引きずり込むと雑草の生い茂る中へ隠した。
さらに拘束バンドで後ろ手に親指を縛り別のバンドをさるぐつわ代わりに口へ巻く。そしてダメ押しとばかりに電子短針銃(テイザー)で電極を打ち込む。
電子短針銃(テイザー)電極を銃のように飛ばして(コードは本体につながっているため射程は短い)高アンペアの電流を流して相手を気絶させる護身用の装置である。
「ふごぉぉぉぉぉぉっ!!」
ビクンッビクンッ!!
一瞬電気ショックで意識を取り戻した警備兵だったがすぐにまた悶絶して気を失った。
大橋警部補が見ていたらやりすぎだと頭を抱える所業だろう。
(さて、後は出入口の監視カメラだけか)
プレハブの影に潜む城太郎はチャンスをうかがう。
(いちど大橋警部に連絡を取るべきか?)
首の咽頭マイクに手をやり逡巡する。
(いや、やめておこう。先ほどのメールに返信がある。向こうも準備ができ次第行動に移るはずだ。お互い状況が見えない中下手に音を出させて発見されるのもまずいな)
(こちらは先行して偵察しておくか。警察が大挙して押しかければ首謀者には逃げられるかもしれない。正体だけでも掴んでおきたい)
ガラガラガラガラガラ
ブロロロロロロロロォォォォォォォォォ
工事現場入口のシャッターカーテンが開くと大型のダンプが入ってきた。入口でセキュリティチェックを受けると坑道の入口の方に向かっていく。
(外の方へ警戒をしているな。警部補たちの行動がばれているのか?)
(だがちょうどいい。ダンプの影に隠れれば監視カメラをやり過ごせるか)
坑道の入口は大型車両が通れるほどの広さはあったが、それでもダンプ・トラックではではギリギリらしくかなり速度を低下させ徐行して進入しようとしていた。
城太郎は素早くプレハブの影から飛び出すとダンプ・トラックの影に隠れ並走して走った。
張り出した荷台がうまく上部からの視界をさえぎってくれたようだ。
暫くダンプ・トラックに張り付いて坑道内をすすんだが警戒状態になった様子はない。
そもそも通常こういった運搬用のダンプ・トラックが鉱山内部まで入って行くものだろうか。
トロッコ等で鉱山外部まで運び出してから積載するだろう。
何か隠したいものがあるかもしれない。
坑道内は排気ガスが篭りひどくけぶっている。城太郎も防毒マスクをしていなければ中毒になっていたはずだ。
法律で鉱山内へ乗り入れる車両の排気ガスに含まれる有毒物質には制限が課せられていたはずである。
つまりこれだけで違法行為だ。
大橋警部補達の逮捕理由にはなる。
坑道は直線ではなく何度かジグザグに折り返して下っている。城太郎は折り返し地点でダンプ・トラックのサイドミラーに映らないように気を付けながら後ろをついていく。速度は相変わらず徐行レベルだ。
やがてダンプ・トラックはかなり広くドーム状になった場所に到着した。
今まで通過してきた坑道はドームの側面に繋がっている。
城太郎はその中に入っていくダンプ・トラックから離れ入り口に身を隠した。
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