第7話 坑道

 ドーム状の広場には、城太郎が入ってきた入口を含めいくつかの穴が開いていた。



 ドドドドドドドドドッドオ!!



 その中の一つからホース状の物が伸び、ダンプの荷台へと岩石を吐き出していた。

 支えもなく自在に動くそれは巨大な生物のしっぽを思わせる。


 ズルリッ


 岩石を吐き出し終わったのか、しっぽが穴の中に引っ込む。


 ドーム内には何人か防護服姿の作業員らしき人間がいたがそれぞれ自分の作業に夢中で周りを見てはいなかった。

 技術的な専門職で諜報的な能力は持っていないのかも知れない。


(これならば見とがめられずに中にはいれるか)


 城太郎がドーム内に入ろうと決意し、その前に後ろを警戒しようと振り返ろうとしたその時。


 ゴリッ、カチャ


 後頭部に何か固いものを押し付けられる感触とシングルアクション自動拳銃のハンマーを起こす音が聞こえた。

 

 城太郎はゆっくりと両手を挙げ、抵抗する意思が無いことを伝える。


「監視カメラはフェイク……というわけでは無いが本命は別にあったのだよ」


 後ろから無駄に低くて良い声が聞こえる。それなりに場数を踏んでいる城太郎に気配を悟らせないあたりかなりの手練れかもしれない。


 声の主の後ろから複数人の足音が聞こえ城太郎を取り囲む。

 彼らはサブマシンガンを突きつけた。

 銃の種類はばらばらで、入手しやすい物を選んでいる。

 さらにそれぞれが射線にかからない位置取りをしていた。


 城太郎はボディチェックを受け、電気銃をはじめ銃火器や通信機を没収された。


「別口を警戒してはいたんですよ。でもわからなかった」


 城太郎が悔しそうに言う。


「あまり知られてはいない技術を使っている。卑下することは無い」


 取り囲んだ一人が銃を振って中に入れと指示した。

 城太郎はドーム状の広場に足を踏み入れた。

 


 すると、しっぽ状の物が引っ込んだ穴から複数の人物が出てきた。

 そのほとんどが銃をかまえ兵士らしき出で立ちをしていたが、一人、武装をしていない上防護服の上に真っ赤なスーツを着た大柄な男がいる。

 どこか人に指示を出すことに慣れた雰囲気を醸し出している。


 事実この場にいる兵士然とした連中はこの男を中心に統率のとれた動きをしているように見えた。


 しかしその異様な格好に城太郎は


 (そのセンスはどうなんだ?)

 

 と思ったが、空気を読んで黙っていた。

 鉄火場でいつもスーツ姿の城太郎もたいがいではある。


 その男はゆっくりと前に進み出るとしわがれた声で話しかけてきた。


「やあ、荒間 城太郎クン」


 少し有名になりすぎたのか個人情報だだもれである。城太郎は内心舌打ちした。


「噂の少年探偵とお会いできるとは光栄……」


「コンサルタントだ」


 城太郎は相手のセリフをさえぎって言った。


「探偵……」


「警察のコンサルタントだ」


「た……」


「コンサルタント」


「君は少し立場をわきまえた方がいいよ」


 後頭部にゴリゴリと銃口を押し付けられて城太郎は半眼で黙った。

 その時だった。


イヤアアアァァァァァァァァッァァァッァ!!


 女性の悲鳴のような、金属の軋むような音が聞こえる。


 しっぽ状の物が引っ込んだ穴から何か巨大な人型の物がこちらを覗いている。

 シルエットになって細部は分からないが頭部の単眼が怪しく光っている。


「やはりブラックコアか。クラフト系なら無からでも放射性物質を作れるはずだけど」


「効率が悪すぎてね。話にならない。いや、操作方法によっては出来るのかも知れないが我々には理解できない。打ち捨てられたような品位の鉱脈でもそちらから変換した方が段違いなんだよ」


「鉱脈を喰らって、不必要な岩石を排出していたのか」


「それくらいは見ればわかりますか」


 赤スーツの男は余裕を崩してはいない。


 そんな彼に城太郎は言葉をぶつける。


「神聖同盟。ブラックコア名はナージャ・ジュールベル」


 赤スーツの男の雰囲気が変わった。


 神聖同盟。近年再編された世界各国の協力体制の中で人類肥大連合、そして日本の所属する通称協定と比する勢力だ。他に小さな勢力もいくつかあるがこの三つが世界の大部分を占めていると言っていい。



「何の事ですかね。知りませんよ」


「人類肥大同盟の諜報員を殺しただろう?あそこと敵対しているなら神聖連合しかない。それに経済制裁をくらっていて表のルートで核物質が手に入りにくい。こんなところまで回収にくる動機がある。ブラックコア名が分かったのは……まあ企業秘密だ」


「拷問することもできるのですよ?」


「俺の言っていることが違っているんじゃ無かったのか?そもそも、そんな時間あるのか?」


「……」


「それと浅田次郎はなぜあんな目立つ殺し方をした?」


「さあ?誰ですかそれは?私どもは誰も殺してなどいませんよ」


「これだけの火器とブラックコアを持ち込んでおいて今更しらばっくれてもしょうがないだろう?どうせここも放棄するつもりだろ。話せよ」


「……警告、ですよ。同業の人間が見ればブラックコアを持ち込んでいることは分かるでしょうから下手に手を出しにくくなる」


「坑道に進入したことで放射性物質が付着してはいるが、そのヒントだけで警察がここを割り出すにはもう少し時間がある予定でした。周辺の監視カメラは難癖をつけて全て撤去させましたからね。行動を追うのは難しかったはずだ。その間に撤収を終える予定でした」


 赤スーツの男は首を振る。


「あの死体からここを見つけるとは噂通り有能なコンサルタントですね。城太郎君」


「それとも、元自衛隊特殊作戦群所属、現内閣調査室特別強襲班、荒間城太郎クンとお呼びすればよろしいですか?」


「……」


「あなたの体が若返った理由には興味がありますが……」


 そこへ通信機を持った兵士が話しかける。


「外からの連絡です。警官隊が突入しようとしています。拉致監禁の現行犯と殺人事件の捜査と言うことです」


 赤スーツの男が城太郎の方を見る。

 

 城太郎の防護服は顔面がアクリル板になっており、中が見えるようになっている。

 城太郎がべーっと舌を出すとその上には小さな通信機が乗っていた。舌の裏に隠してボディチェックを免れていたのだ。

 つまり今の会話は大橋警部補の通信機に筒抜けだった。機密情報に当たるものがあるかもしれなかったため他の人間には聞かれないようにしている。


「中継器をおいて地上と繋がるようにしていたのは気付いていました。回収を後回しにしたのは失敗でしたね。取り上げたのは囮ですか。すこし甘かった」


 赤スーツの男は大声で周りに指示を出し始めた。


「予定通り撤収。外の警備も坑道に下がらせろ。脱出路前に集合!!」


「こいつはどうしますか?始末します?」

 

 城太郎に拳銃を突きつけている男が指示を仰ぐ。


「いや、殺すな。身内を殺されれば警察は本気を出す。今はまだ、彼らと全面対決をするのは避けたい。外の連中にも伝えろ。避けられない場合を覗いて発砲を控えろ」


「僕の証言を聞けば本気を出すと思うが」


 城太郎が会話に嘴を突っ込む。


「士気というものはそういうものでは無いよ城太郎君。国民の命を守るのが彼らの仕事だ。どこぞの諜報員が殺されただけではブラックコアを要する武装した集団に立ち向かうにはすこし勇気を出すには足りない?しかもこちらは逃げを打っている」


「どうかな?彼らにも正義感はある。入手した放射性物質がどう使われるかは自明の理だろう」


「見解の相違だな」


「では連れ去りますか?」


 拳銃を突きつけた男が聞く。


「……いや、獅子身中の虫になりそうな気がする。勘だが」


「連れ去って、生きているように見せかける事もできます」


 赤スーツの男は少し迷ったあと決断を下した。


「……やめておこう。面倒はなるべく少ない方がいい。だが意趣返しはさせてもらう。拳銃を渡せ」


「はっ」


バキン!! バキン!! バキン!!


 赤スーツの男は銃を受け取ると城太郎の胸に3発発砲した。

 城太郎がボディアーマーを着けていることを見越しての攻撃だ。


ボギッ ボギッ ボキッ


 ボディアーマーは拳銃弾の貫通は防いだが衝撃を殺しきれず肋骨がへし折れた。

 その音を聞きながら城太郎は目の前が暗くなっていくのを感じる。


「ではさらばだ城太郎君。我々を追うのならブラックコアで反撃させてもらう。コアを持たないこの国では手も足も出ないだろう。それを警察に伝えてくれたまえ」


 薄れゆく意識のなかで赤スーツの男の声が響いた。

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