第8話 帰宅

「城太郎君っ!!しっかりしたまえ!!城太郎君!!」


 激しく揺さぶられ城太郎は意識を取り戻した。

 眼前に夜空が広がっている。坑道の外に連れ出され仰向けに寝かせられていたようだ。


「大橋警部補。けが人に対してその対応は無いんじゃないですか?」


「診察をして問題なさそうだったから叩き起こしたんじゃ」


 そばには大橋警部補の他に救急隊員らしき人物がいた。


「問題なさそうですね。では私どもは撤収します」


 他にけがをした人間はいなさそうである。赤スーツの男が言っていたように神聖同盟側があまり激しい抵抗をせず後退したからだろう。

 他の警官たちは忙しく動き回っていた。防護服を着て坑道の中に続々と入っていく。

 現場検証だろうか。


 城太郎は胸のあたりを抑えてみる。折れたはずの肋骨はすっかりくっついていた。本来なら全治数か月のけがである。というか肋骨は一度折れたらふつうは元には戻らない。


(これくらいのけがなら治ってしまうか)


 今の肉体になってから驚異的な治癒能力が宿っていることは知っていた。がどの程度まで回復可能か試す気になれず、いまいち限界が分からない。

 今回は平気だったが頭部を撃たれていたらどうなっていたか。

 その場合、いくつか切り札を切らなければいけなかったため助かった。

 赤スーツの男の銃の腕が確かで助かった。


「撃たれて意識を失うだけとはずいぶん丈夫なボディアーマーじゃな」


「ええ。まったく」


 大橋警部補と目配せをしあう。下を見ると診察のためか服をはだけさせられていた。

 救急隊員に見られる前にボディアーマーを隠していてくれたのだろう。

 赤スーツの男達との会話を聞いていたはずだから前置きを省略する。


「今はどうなっています?」


「坑道の奥に爆破され崩されている部分があった。あらかじめ脱出路が掘ってあったのじゃろう。撤去するには大規模な工事が必要じゃ」


「あの掘り方じゃ崩落事故が起きそうですしね。ブラックコアの能力で固めていたのでしょう。下手に手を入れないほうがよさそうです」


「ああ、その間に国外にでも逃げられたら困るしの。規制線を引いてはいるが出口がどこにあるか分からんからな。だいぶ外側だろう」


「ええ、物資も必要でしょうから地下帝国でも築いていない限り、どこか地上の拠点があるはずです」


「国外に核物質を持ち出すことを考えると海岸に近いどこかかの?」


「邪神竜戦争の時に知多半島のあたりでずいぶん海岸線が後退しましたからね。それで放棄された建物が多くあります。あの辺では無いでしょうか」


「ずいぶんと範囲が広いの。それに管轄が違う。君の推測だけでは動けんのお」


「僕も思いつきを言ってみただけですので……しかし何か動かないと。時間は奴らの味方です」


「うむ」


 うーんと二人で首をひねる。今回は殺人事件に端を発した遭遇戦の様な物である。城太郎も十分な準備や捜査をしているわけではなかった。

 ありていに言って今のところ打つ手がない。


「今日はもう帰りたまえ。君も疲れただろう」


「そうします」


 城太郎は素直に頷いた。

 肉体的な疲労は回復力で消えていたが精神的な消耗ははげしい。

 まだこれから作業をする警部補達には悪いと思いながら帰ることにした。


「君の防護服は除染しておく、明日、県警で渡そう」


「ええ、お願いします」


「ご丁寧に君の装備品も置いて行ってくれた。細工されていないか確認してくれ。そこにある」


「分かりました」


「ああ、そうだ犯人一味の顔を見たかね?」


「いえ、全員顔を覆うタイプの防護服を着けていましたから。ただ」


「ただ?」


「一人変な格好をした人間が居ました。どうもリーダーの様です。真っ赤なスーツを着ていました」


「スーツ?そいつは防護服を着ていなかったと?」


「いえ、防護服の上に」


「上にかね?」


「ええ」


「それは意味が分からんの」


「まったく」



 遠くで杉多巡査部長と斎藤巡査が手を振っている。

 城太郎は彼らに手を振り返すと車へと戻った。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 城太郎の家……というよりは大きさ的に屋敷というべき住居は岐阜市の北、山県市にあった。

 土地が安いためそれなりに広い敷地を構えている。またそれを維持するだけの報酬は貰っていた。

 周りに民家は見当たらない。

 もし、何者かの襲撃があった場合隣家の人間に被害が出ないようにわざと辺鄙な人のいない場所を選んだのだ。


 城太郎はインプレッサを屋敷とは少し離れた場所にある車庫へと入れ、屋敷の側面へと向かった。

 屋敷の周りには白砂を敷き詰めてある。何者かが侵入していれば足跡が残っているだろう。均して痕跡を消したとしても一部分のみならばどこか不自然になる。また、城太郎は自分で均した状態を記憶していた。別の人間が均せば気が付く。


 警報装置を張り巡らせてはいるが、過信は出来ない。城太郎は住居へと入る前、必ず自らの目で確認するようにしていた。


 外部の装置を停止させると地面を確認していく。城太郎がスイッチを着る瞬間を狙って屋敷へと入ったとしても内部のセンサーが感知するようになっている。


「つっ……」


 これまでに侵入が確認された事は無い。しかし今日は初めて足跡が認められた。スマートウォッチで監視カメラの映像を呼び出そうとする。しかし、ネットワークにつながらない。

電話の呼び出しも不可能だった。

 

(ジャミングか……)


 にわかに緊張感を高かまっていく。城太郎は電子銃を構えると、追跡を再開した。足跡は屋敷の裏手、北側から西側に回り込むように続いている。侵入する場所を探しているようだ。

 そしてとある窓の下で途切れていた。

(ここから侵入したのか?いやそれにしては内部の警報が鳴っていない)


(俺が屋敷周りの警戒をするのを知っていて、白砂の外側で待機、そして外の警報を切るのを待っていたのか、そしておれが裏手に来るまでの時間で窓の下まで足跡を付けた。)


(そのまま自分の足跡を正確に踏んで後ずさる、さも建物内部に入ったかのように偽装して自分は敷地の外へ。つまり侵入者は今どこにいるかというと)


 城太郎はくるりと振り向くと電子銃を即座に撃った。


「ぎゃっ」


 振り返った先には黒い戦闘服を着こみ、覆面で顔を隠した2名の賊が忍び寄っていた。

 電子銃の端子はそのうちの左側の人間に当たり痺れさせた。

 もう一人はスタンガンを手に構えこちらに踏み込んでくる。

 

 城太郎は小柄な体格を生かし相手のスタンガンを持った手の内側に入り込むと自身の能力の一つを解放した。

 肉体の打撃力は体重に比例する。爆発的に盛り上がった筋肉が質量となって踏み込んだ足元で白砂を巻き上げる。

 そしてそのまま肩口で相手の鳩尾に体当たりをした。


 小学生の様な城太郎の体躯からその打撃力を想像出来なかったのだろう。その男は体当たりをまともに喰らいあっけなく吹っ飛んだ。

 そのまま受け身を取ることも無く地面に背中から落ちる。


 動けない2名に城太郎はさらに追撃しようとする。


 キバンッ!!


 硬質な金属音のような銃声とともに城太郎の足元に砂煙が上がった。


 城太郎は懐から拳銃を抜くと銃声のした方向へと向ける。


「待て。我々は争うつもりは無い」


「姿を見せろ」


「分かった。今出ていく」


 屋敷の裏手の茂みから覆面を着けた3名の男たちが姿を表した。三人とも拳銃を構えている。

 銃以外は倒れている二名と装備がほぼ一致していた。


「何が争うつもりが無いだ。武装しているじゃないか」


「……自衛のためだ。我々は敵も多い。それは君も一緒だろう」


「そこの二人。スタンガンを持っていた。僕を拉致して有利な状況で何か強制しようとしたな」


「理解が早い。ならば今の状況でも同じじゃないのかね。三名が君を狙っているぞ」


 城太郎は薄く笑い、解放した力をそのままに一瞬で3名の側面へと回り込むと拳銃を3連射した。

 その弾丸は正確に彼らの持つ銃の撃鉄を打ち抜いた。これで射撃することはできない。


(もう一人、狙撃手がいる。600メーターぐらい先か。近いな。本職じゃないのか?)


 異様に夜目の効く城太郎は林の中に隠れる狙撃種を正確にとらえていた。

 城太郎は裏庭の樹木を盾にして射線をふさぐ。


 最初のスタンガンを持った二名はまだ動けないようだ。戦力に数えなくていい。


 

「さあ、話をしようか。人類肥大連合の諸君」


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