第18話 復活
「ば、馬鹿な」
ようやく地上へと這い出てきた赤スーツの男は双眼鏡で塹壕の様子を観察すると、そう呻いた。
最短ルートが天井の崩落でつぶれていたため、時間のかかる大回りの経路をとらざるを得なかったのだ。
その間に戦況は決定的になってしまった。
「とにかく呼び出しを続けろ!!生き残りはここに集結するように言え」
偽装が施された地上の通信中継施設、そこに仮設の指揮所を作ると赤スーツの男は指令を出した。
「リーダー!!」
そこへ塹壕とは反対の方向から数人の諜報員が近寄ってきた。
「おお、4ad8ehb。生きていたのか」
「ええ。なんとか」
「塹壕の様子はどうだ」
「ひどいものです。自衛軍に蹂躙されています。我々がたどり着いた時には奴らに占拠されていて近づけませんでした。見つからないように移動車両を捨てて迂回して来たのです」
「こちらにはすぐ来そうか?」
「いえ、塹壕の処理を優先している様でした。こちらに戦力が残っていないと踏んでいるのか、それとも核物質を警戒しているのか」
「そうか。ナージャは?」
「擱座して動けません。管制車はなんと言っています?」
「呼び出しに応答がない。シグナルも消えている。しかしクリスタルの反応は元の場所にあるようだ」
「……そうですかクリスタルが無事ならば……、自衛軍もあれの扱いをよくわかっていないようですね」
「そう願いたいな。ナージャの監視をしているのか敵のブラックコアも停止して動いていない」
「これからどうします?」
「……生き残りが集まってくるかもしれん。少し待とう」
…………
……
…
「これだけか……」
あれから半刻ほど待ったが仮設の指揮所へと辿り着いたのは4ad8ehb達を除いて3人だった。
赤スーツの男の前にぴしりと横一列に整列している。
「うぐぅ……」
赤スーツの男は呻く。
「リーダー。接続海域に待機している我が国の艦隊に援軍を頼むのはどうでしょうか?」
部下の一人がそう提案する。
その言葉に赤スーツの男は一瞬で頭に血が上り、胸のホルスターから拳銃を抜き放った。
「貴様っ!!その寝言を次に一度でも言ってみろ!!戦時諜報規定に基づいて処刑してやる!!」
ガシャとスライドを動かして薬室に弾丸を送り込み、先ほど提案した部下の額にぐりぐりと銃口を押し付けながら赤スーツの男が叫ぶ。
「そんなことをしてみろ!!この国と神聖同盟の全面戦争になる!!通商協定の大国ともな!!我々は核物質を手に入れに来たのだ!!世界大戦の引き金を引きに来たのではない!!」
赤スーツの男は唸る様にいうと、ふうっと息を吐いて銃を下ろした。
「すまん。少し取り乱した。我々が全滅したとしても神聖同盟との関りあいは残してはいかんのだ。少なくとも表向きは……だ」
警察や自衛軍は赤スーツの男たちが神聖同盟の諜報員と確信を持ってはいるが、外交上白を切り通せる程の証拠しか掴んでいないはずだ。
ナージャも国外で運用したのは初めてだ。知られてはいない。
「核物質の一部を市街地に撒いてはどうでしょうか?その混乱に乗じて脱出しては」
先ほど銃口を突きつけられた部下がさらに提案した。
パンッ!!
乾いた音と共にその部下の眉間に黒い穴がぽっかり開いた。
崩れ落ちる部下。
「同じことだ。そこまでされればこの国とて後に引けなくなる。十分な証拠が無くとも戦端を開くだろう」
先ほどとは打って変わって静かな雰囲気で赤スーツの男は言った。手に持った拳銃の銃口から煙が上がっている。
「私は悲しい。部下にこのような愚か者がいたことが。他の者たちはどうだ?同じ意見の者はいるのか?」
沈黙が支配する。整列する部下たちは気を付けの姿勢のまま、誰も言葉を発しなかった。
赤スーツの男は深く考え込んだ後、次の指示を出した。
「4ad8ehb、ナージャの管制車へ行きM2波通信を使ってくれ。君なら数分は持つだろう」
「それは……」
M2波通信。ブラックコアの本来の通信方式だ。しかし使用者はもれなく短時間で廃人となる。その持続時間は精神力に比例すると言われている。
遠回しに死ねと言っているのに等しい。
「それと同時にここの施設でブロードバンドジャミングを掛ける。全ての通信が使用不能になれば自衛軍にも混乱が起きるだろう。その隙に包囲網の一部を破壊して欲しい」
ブロードバンドジャミングは全ての周波数帯に妨害電波を掛ける方式を言う。敵の通信を使用できなくすることが出来るが自分たちも電波誘導を使えない。
しかし、電磁波を使用しないM2波通信ならばその中でもナージャを意のままに動かせる。それと同時に30パーセントほど損傷も回復するので自衛軍を相手にするだけならば充分だ。
「敵のブラックコアはどうします?」
「自衛軍は人的損害を極度に嫌うという話だ。向こうが操縦者を使い捨てるような命令を出さない事に賭けるしかない。コントローラーとリンクが途絶すれば自律防衛行動ぐらいしかしないだろう。手を出さなけば木偶と同じだ」
荒間城太郎は今は自衛軍所属ではないのだが、神聖同盟側は彼が操縦者だとはまだ知らない。
「……」
4ad8ehbは考え込むようなそぶりをした。
「私も責任を取る。……たのむ4ad8ehb、いや、アブドゥル・ビン・イシャム」
「…………分かりました」
「ありがとう。120秒をカウントしてナージャの自動帰還プログラムを起動してくれ。外装は溶け落ちるがコアは成層圏まで打ちあがって本国に帰還するはずだ。敵のブラックコアが動いた場合は、戦闘は可能な限り避けてくれ」
コアのステルス機能は現行の科学技術では探知できないはず。神聖同盟へと帰還した事は追跡出来ないはずだ。
120秒としたのはその時間内ならば4ad8ehbが廃人化しない可能性が残っているからだ。
そして赤スーツの男は別の部下に指示をだす。
「e2fgzxdgg、ナージャが包囲を破った後ここにいる者たちを連れて離脱しろ。放射性物質は処理先を決めるのに時間がかかる。もし、チャンスがあれば奪還してくれ。自衛軍から管理が他に移った時がチャンスだ」
「閣下はどうなされるので?」
「その敬称はやめろ。リーダーだ」
「は、失礼しましたリーダー」
「ここで可能な限り時間を稼ぐ。どのみち私はいろいろ知りすぎている、捕虜になる可能性のある行動はとれん」
拷問に対する訓練は受けてはいたが薬を使われた場合、どこまで堪えられるか自信は無かった。
「……分かりました」
…………
………
…
4ad8ehbはナージャの管制車へとたどり着いた。正確にはその残骸だ。
塹壕からは離れていたためか警戒が薄く思ったよりすんなりと行った。
吹き飛ばされたドアから車内へ乗り込む。全てが真っ黒に焼け焦げていたが制御装置はかろうじて原型をとどめていた。
「やはり持ち去られてはいなかったか。操縦者はこのクリスタルの重要性に気が付いているはずだがな。直接設計には関わっていないのか?」
4ad8ehbは工具を使って制御盤を取り外すと中の基盤を露出させる。その中央には輝く双四角錐型のクリスタルが設置されていた。
そしてそのクリスタルに手を当てて瞑想する。
ブジュゥッルル!!
その瞬間クリスタルから青い光の奔流が管制車内に触手のように暴れ狂った。
内側塹壕の前、擱座(かくざ)し仰向けに倒れていたナージャ・ジュールベルの単眼に灯がともる。
心臓部から青色の光が血管の様に体中に伸びていく。
潰れていた手足がバキ、バキバキと隆起するように復元していく。
それは以前の機械的な構造ではなくどこか幻想生物を思わせる形をなしていた。
ファンタジーを題材にした創作に詳しいものが見たならばゴーレムのようだと形容しただろう。
ナージャは最初に上半身を起こすと、その後ゆっくりと立ち上がった。
「よし、ナージャが復帰した。ブロードバンドジャミングを始めろ」
双眼鏡で塹壕を観察していた赤スーツの男はナージャが立ち上がるのを見て指示を出した。
こちらへと歩を進めようとしていた鋼神66が棒立ちになる。
自衛軍部隊の間にも混乱が見えるようだ。
「よし、効いている。お前たちも出発しろ」
「は、リーダーも御武運を」
部下たちがナージャが攻撃を仕掛けている方へと移動を開始する。
ヒュルルルルルルルルル~ッ!!ボンっ!!
赤スーツの男は信号弾を打ち上げた。
先ほどまでこの場にいた部下以外に戦場のどこかで生き残っている仲間がこれを見れば、それぞれ離脱を図るだろう。
そして日本国内に潜伏する。
そういう取り決めになっていた。
「来るなら来い!!」
赤スーツの男は部下たちが残していったアサルトライフルを持つと、震えながら中継地点の土嚢をつんだ壁に隠れた。
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