第17話 再戦
地下指揮所より200メートル離れた地点。
芝生に偽装されたハッチが開き、ナージャ・ジュールベルが浮上した。
ナージャは巨大な物体が移動するとき特有の、遠目にはゆっくりと見える、その実かなりの速さで内側の塹壕の前へと移動していく。
塹壕内で迎撃態勢を整える諜報員達はそのたのもしい援軍に歓声を上げた。
地下指揮所では赤スーツの男が外部モニターに映し出されれたその光景を、腕組をしながら眺めていた。
表情は厳しいままだが、内心は少し落ち着きを取り戻していた。
敵のブラックコアがいまだ現れないのは不気味だが、ここへ移動させてもナージャが自衛軍を蹴散らすまでには間に合うまい。
敵の側でなにか予想外のトラブルがあったのかもしれない。
このままいけば十二分に時間を稼ぐ事が出来る。
そしてナージャが回復次第、全員を収容し【13番ハッチ】の脱出艇で海中へと逃れればいい。
やる事の筋道が決まれば、後はその通り行動すればいいだけだ。
明確な答えが分からない中で複数の選択肢から行動を選び、決断する事は精神力を大きく削る。ましてやそれが部下の命が掛かっているとなればなおさらだ。
迷わなくて良いだけ、だいぶ楽にはなった。
赤スーツの男は部下に気取られないように小さくため息を付いた。
そんな時だった。
オォォォォォォォォォォォォォォォォン
遠雷のような音がした。そして遅れて微細な振動。
「何の音だ?」
「調べます」
部下が端末で施設をチェックしていく。
「リーダー!!13番ハッチが破壊されています」
「え?」
…………
……
…
「ばかな!!外から見ればただの岩肌だぞ。どうやって見つけた!!」
脱出時に内側から爆破して初めて穴を開ける予定だったのだ。
「破壊したのは敵のブラックコアです。メインモニターに映します」
「……っ。脱出艇が」
モニターには外側から破壊され海水が流入する13番ハッチと、そこに格納されていた脱出艇を踏み潰しながら前進する鋼神66の姿が映し出されていた。
鋼神66は地下施設をずたずたにしながら地表へと直進する。
その動きはどこか単調で直線的に見えた。
「海底を歩いてきたのかっ!?電波が届かないぞ。自律行動システムを使っているのか」
ブラックコアを所有する組織は人工知能による自律制御システムを組み込んでいる場合が多い。かんたんな目的と行動指針を与えてそれに沿って動く。
主にコントローラーとの接続が途絶した場合の自動防御などに使用される。
しかし、複雑な駆け引きが必要な戦闘などは訓練された人間が動かした方が強いとされていた。
「今ならば、有人操作のナージャで勝てるものを。ナージャが外へ出るのを待っていたのか?地表まで到達されればコントローラーの電波が届くか。くそ」
地上で操縦者と合流してナージャと戦うつもりだろう。
「核物質は?」
「無事です。対爆シェルターに隔離してあります」
「そこは避けるように設定していたか」
そんな時だった。ひときわ大きな爆発音が響く。
耳障りな警報音と共に照明が消え、地下指揮所は非常灯の赤い光のみになった。
「電力途絶。発電施設が破壊された模様です!!」
「予備に切り替えろ」
「駄目です!!ラインが途中で途切れています」
鋼神66が移動の途中で偶然発電施設を破壊したらしい。
指揮所の端末とモニターの殆どは無停電源装置でまだ動いている。しかし装置のバッテリーが切れればそこまでだ。非常灯も同じである。
このままでは目と耳を奪われることになる。
赤スーツの男の決断は早かった。
「地上に出る!!中継施設を仮設の指揮所とする。あそこならば前線へ通信が出来る」
「「「はっ」」」
部下たちは身の回りの必要な物をかき集めると、赤スーツの男と共に地上へと急いだ。
…………
……
…
ナージャが出現したハッチが内側から吹き飛び、鋼神66が現れる。
自衛軍の兵員輸送車に便乗した城太郎は塹壕の近くまで来ていた。
旧知の隊員にお礼を言うと車両から飛び降りる。
そして銃型のコントローラーのスタンバイモードを解除すると鋼神66とのリンクを復帰させた。
「今日は思う存分暴れさせてやるぞ!!鋼神!!」
ナージャも鋼神66の存在に気付いたのかゆっくりと振り返る。
2機のブラックコアが対峙して睨みあう。
わずかな時間静寂が辺りを包みこんだ。
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先に動いたのはナージャだった。
ナージャはスキルを使用して、地面から巨大な鞭の様な物を作り出す。
それは蛇のように鋼神66の足に絡みつくとそのまま引き倒そうとする。
再戦の火ぶたは切って落とされた。
バランスを崩した鋼神66は仰向けに倒れかけるが背中のブースター(あくまで姿勢制御用で飛んだりは出来ない)を吹かして何とかこらえる。
だがその隙にナージャは次の手を用意していた。
地面より金属を抽出すると数十の槍を作り出した。
その全てにブラックコアの超常の力が付加されている。
それらが攻城弓のように鋼神66を襲う。
雨のように絶え間なく襲いくるそれは鋼神の巨体では回避しきれない。
ついには鋼神66の装甲版が破損し始めた。
肩のバインダーや頭部の兜飾り、そして胸部の鎧等が吹き飛び始める。
「くっ!!なんとか前にっ!!」
城太郎は鋼神66のそのシオマネキのようにアンバランスな右腕を前に掲げ、盾のようにして槍を防ぎ、じりじりと前進させた。
右腕にダメージが蓄積するが仕方がない。
ナージャは距離をつめられると不利なのを悟って後退する。
「いけっ!!」
しかし、城太郎はそれをさせない。
一気に鋼神に踏み込ませると、左ストレートを放った。
だが、それもナージャ側の罠だった。
鋼神66が踏み込んだ瞬間、地面が大きく陥没。下半身が埋まってしまった。
「落とし穴っ?」
さらに穴の両側が大きく隆起し、怪物の咢の様に左右から鋼神66を挟み込もうとバクンと閉まる。
「くっ!!こらえろっ鋼神っ」
すかさず城太郎は鋼神が呑み込まれないように両腕を伸ばし、つっかえさせる。
バキッバキッバキ
岩盤のような地面がプレス機のごとく鋼神66を押しつぶそうとする。
鋼神の関節からミシミシと嫌な音がし始めた。
さらにナージャから追撃が入る。
巨大な一本の槍を作り出すと両腕の使えない鋼神66に撃ちこんだ。
その巨大な槍は装甲板を貫くと胴体の半ばまで進んで止まった。
城太郎の持つコントローラのモニタには複数のエラーコードが悲鳴の様に表示される。
コア自体に損傷は無いが、動力系の一部に異常が出ていた。
「くそっ。こっちが近接特化だと知っていろいろ対策してくるじゃないか」
敵も馬鹿ではない。近づかせない戦術に城太郎は歯噛みした。
だが、ここは日本である。圧倒的にこちらが優位だった。それを見せつけてやる。城太郎は獰猛に笑った。
そして通信機を取りすとおもむろに話し始めた。
「天城一尉?そちらはどうです?」
「ああ、特定した。これから破壊する」
…………
……
…
天城井伊史郎一尉は城太郎の古巣、自衛軍特殊作戦群に所属する隊員だ。部下4名と共に自衛軍本隊より先行して偵察及び迫撃砲陣地の破壊をしていた。
彼が覗く誘導装置の中心部には東亜TVの中継車……に偽装したナージャの管制車が映っていた。
かなり塹壕から離れた、戦闘には関係ない位置である。さらにネットを掛けてその上に植物を大量に付けて周りの風景に溶け込む様に偽装されている。
だが、先ほどから強力な電波を何度も出していては特定は容易だった。
市街地ならば似たレベルの電波を出す施設はいくつもあったが、人家もまばらなこの地域では他に欺瞞するものが無かった。
ナージャを含め、戦力が揃っている段階では防御も可能だと考えていたのだろう。
天城一尉は誘導装置のスイッチを入れる。不可視のレーザーが管制車をポイントする。
そして上空を旋回するF-2攻撃機に連絡をとる。
「やってくれ」
「了解」
F-2攻撃機から切り離された爆弾が誘導装置とリンクする。
そして正確に管制車を吹き飛ばした。
ダガァァアッァッァアアアン!!
爆発により空高く巻き上げられた管制車はくるくると回転するとそのまま地面に激突した。
ダンっダンダン!!
そして2度バウンドすると平らにつぶれてしまった。
墜落地点に素早く移動した天城一尉たちは管制車内部に入る。
「クリアっ。生存者無し」
生き残りが居ないことを確認するとナージャの制御装置にに何発か銃弾を撃ちこんだ。
「よし、撤収」
そして音もなくその場を立ち去った。
…………
……
…
オォォッォォォォォォォォォォォン
鋼神66とナージャの交戦地点。今まさに止めを刺そうとナージャが2本目の巨大な槍を作り上げていた。
キュウゥゥゥゥぅぅぅぅぅぅっぅぅん
しかし、そこで突然ナージャが力が抜けるように棒立ちになる。管制車が破壊されたことによる制御がなくなったためだ。
鋼神66を拘束していた岩盤の咢も力を失った様に地上へ崩れ落ちた。
「さすがは天城一尉。行けっ鋼神っ!!」
そこで鋼神66は素早く陥没した地面から抜け出すとナージャへと肉薄する。
ナージャの自動防御システムが働いて回避行動をとろうとするが、ワンテンポ遅い。
そこに鋼神66の右フックが突き刺さった。
「もっとやれ鋼神っ!!」
さらに左フック、右フック、左フック、右フック、左、右、左、右、左右、左右、左右、ダン、ダダン、ダダダダン、ダダダダン!!連続して打撃を叩き込む。
左右から遅いくる打撃にナージャの上半身がゆすられる。
さらに連続した攻撃がナージャの上半身をぶちぶちと潰し始める。
「止めだっ!!」
関節や動力部に十分なダメージを与えたと判断した城太郎は止めに巨大な右腕でストレートを放つ。
その衝撃に後天的に付けられた制御装置も破損したのかナージャはまともに喰らい、吹き飛ばされた。
そして、塹壕に潜む諜報員たちの見ている前で地面へと叩き付けられ、沈黙した。
シンッとした沈黙が塹壕内を支配する。諜報員たちは覆面で隠れてはいたが、その中では皆、絶望の表情を浮かべていた。
「な、ナージャが」
士気は最悪である。
だが、最悪は終わらない。そこへ10式戦車部隊が襲い掛かったからだ。
ブラックコア同士の戦いに気をとられて接近に気が付かなかった諜報員も多かった。
「げ、迎撃しろっ」
「無理だ、もうRPGが無い」
10式戦車は今度は榴弾砲などという面倒なことはしなかった。
オプション装備のブルドーザーブレードを車体前面に装備し、土を押し出して塹壕の上に直接土を被せていく。
「ぎやぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁあ」
「うぷっ」
もはや十分な対戦車装備のない諜報員たちはなす術が無かった。
たまらず逃げ出した諜報員は戦車の後ろからついてきてた随伴歩兵に射殺された。
逃げ遅れた者達はそのまま生き埋めにされて窒息死した。
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