第16話 虐殺

「偵察用ドローンが落とされています」


 地下施設の指揮所。

 赤スーツの男は部下の報告に眉を寄せた。


「対ドローン用のドローンだと思われます。警戒網が維持できません」


「警察がそのような装備を持っていたか?まさか」


 その時だった。


 ズゴゴゴゴゴゴォォォォォォォーオォォン!!


 ビリビリと地下指令所の壁が震える。


「なんだ?」


「リーダー。あれを見てください」


 部下が地上を映すモニターを示す。

 神聖同盟の築いた塹壕に爆発が起こっている。


 最初の爆発が終わる前に遠雷のような音を響かせて爆発が発生する。

 赤スーツの男の視点からはわからないことだが、30キロ先の陣地から行われた「99式自走155mmりゅう弾砲」の砲撃だった。


 さらにキィィインというジェットエンジンの音が聞こえたかと思うと迫撃砲陣地が吹き飛んだ。

 次に有馬邸こと地上施設も木っ端微塵になり炎上した。

 F-2支援戦闘機による精密爆撃だ。


「自衛軍の攻撃!!速すぎる」

  

「リーダー。テレビを」

「なに」


 情報収集用に一台だけ置いてあったテレビを見る。


「愛知県知事の要請により総理大臣が治安出動を決定しました。自衛軍の出動は20年前の災害以来のことです……」


 画面のなかでキャスターが淡々と原稿を読み上げる。


「馬鹿な。この国は軍隊を忌避していたんじゃ無いのか。政権が倒れるぞ」


 誰かが圧力をかけたのか?通商協定の大国が介入したのか?


「ええい。今、その事はいい。損害は?」


「3分の1ほどが死傷。残りは塹壕に潜っていたために無事です」


 状況の把握が早い。優秀な部下だ。砲撃や爆撃は一時止まっているようだ。


「自力で動ける者は後退して治療を受けろ。傷が深い者は衛生兵の到着を待て。他のものはありったけのRPGを準備しろ。あれがくるぞ」


「ブラックコアですか?」


「違う。今のは典型的な侵攻前砲撃だ。次に来るのは【戦場の王】だ」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 前線の塹壕はひどい状況になっていた。

 突然の爆撃に諜報員達は退避壕に入る暇が無かったのだ。


「救護兵!!救護兵はどこだ!!」

「左腕ぇ俺の左腕が!!」

「おい!!こいつ息をしてないぞ」


 彼らは軍事訓練を施されてはいたが本職は潜入工作で、本格的な野戦の経験がなかった。


 また、砲撃の爆音と衝撃波は冷静さを保つよう普段から徹底されている彼らの理性を揺るがした。


 鉄の意思で拷問も耐える彼らが、泣き叫ぶ者も出始めていた。

 野戦砲の爆撃はただ破壊力が高いだけではない。こういった精神的なダメージも大きいのだ。

 

 その時だった。複数の低いディーゼル音が聞こえ始める。

 丘陵地帯の麓から土煙を上げて複合装甲に覆われた金属の獣が登って来ていた。


 その獣の名は10式戦車と言った。

 配備から30年近く経ったがいまだに第4世代戦車として現役の性能を誇っている。

 まさに【戦場の王】だ。


 ブラックコアは広域の破壊は出来ても散らばった敵兵を一人づつ潰すのは不得手だ。こういった機甲部隊や歩兵が必要になる。


 十数両のそれらは鶴翼陣形で塹壕へと近づいてきていた。


「オイッ!!【戦車】が来るぞ!!対戦車兵はRPG-7を構えろ」

 

 諜報員たちの分隊長はどうにか動揺を押さえようと大声で指示を出す。

 対戦車戦闘の役割を与えられた諜報員は世界で一番有名で安価な対戦車ロケット弾を構える。

 

 弾頭が装甲に接触した時点で点火した炸薬が、モンローノイマン効果を引き起こし超高圧のメタルジェットがユゴニオ弾性係数をこえてどのような金属も侵徹する。


 複合装甲に含まれるセラミックは侵徹時の液状化を遮ることができるが装甲に覆われていない部分は破壊できる。


「砲塔と車体のすきまを狙え!!」


 RPG-7の照星が10式戦車を捉える。

 しかしその瞬間、それを構えた諜報員の頭部が吹き飛んだ。


 脳漿と眼球を撒き散らしながらその場に崩れ落ちる。

 さらに次の瞬間RPG-7の発射筒が火花を散らしてへし折れた。


「ッ!!」


「狙撃主がいるぞ!!こっちのスナイパーは何をして……、つっ!!」


 塹壕に設えた銃座には顔面の半分が崩れた味方のスナイパーが事切れていた。


 次々と対戦車兵が潰されていく。

 その結果10式戦車部隊はさしたる反撃を受けることもなく塹壕へと到着した。


…………

……


 塹壕から2キロほど離れた丘の上。草木で覆ってカモフラージュを施したタープの下で50口径の対物ライフルを構えるのは荒間城太郎だった。

 先程から狙撃していたのは彼だった。


【鑑定】のスキルを使えばどれだけ遠距離でもステータスが表示される。

 そこから対戦車兵と狙撃兵の属性を探しだして弾丸を撃ち込めばいいだけの簡単なお仕事だ。


 おまけに射線が命中する場合は赤色でマークしてくれる。屈強な兵士が複数人で扱うアンチマテリアルライフルもスキル【身体能力超強化】で城太郎は一人で運用できた。


「これだけやれば戦車の損耗も押さえられる。そろそろ鋼神66も到着する。そうすれば終わりだ」


 スコープで戦場を見渡しながら城太郎はそう呟いた。

 鋼神66は自動航行モードでこちらに向かわせている。


…………

……


 10式戦車の部隊は鉄条網を蹴散らすと、塹壕から数百メートルの位置で停車した。

 車両同士は等間隔で距離を開けている。


 そして主砲から榴弾を放つ。

 

 発射された砲弾は塹壕の直上で炸裂して破片が雨のように降りそそいだ。

 横からの砲撃を避けるため、塹壕の深い溝に隠れていた諜報員も空から落ちてくる鉄の雨には坑しきれるはずもなく次々と倒れていく。


「ぎゃああああああ」


「ぐあああああ」


「う、うげえええええ」


「は、早く退避壕に!!」


 生き残った諜報員たちは横穴のように掘られた退避壕に逃げ込んでいく。

 この退避壕は洞穴のように土の天井があるため破片も避けられる。


 退避壕に隠れた諜報員は気付いていないが、砲撃を続ける10式戦車の後ろに、数十両の96式装輪装甲車が現れた。

 96式装輪装甲車は自衛軍の兵員輸送車で、完全装備の兵士10人を運ぶことができる。


 96式装輪装甲車は止まることなく10式戦車を追い越すと塹壕に近づく。車両が榴弾の影響範囲に入る直前に砲撃は止んだ。


 そして96式装輪装甲車の後部ハッチが開くと兵士たちが飛び出してきた。

 ほとんどが自衛軍のアサルトライフルである89式5.56mm小銃を装備していたが、1両につき2名ほど火炎放射器を装備している兵士もいた。


 火炎放射器を装備した兵士は素早く塹壕に飛び込むと退避壕の入り口から中に向かって炎を発射した。

 ゲル状の燃料が燃え上がり入口以外逃げ場の無い壕の中を焼却炉のように高温にした。


「ヒィィィィィ」


 さらに炎が発射される。


「ヒギィィィィィィ」


 たまらずに退避壕の中から飛び出してくる諜報員もいた。

 燃え移った火をはたき落とそうとするが体に付いたゲル化燃料はそんなことでは取れない。


 「ああっ、ああああああああああああ」


 熱さに暴れる諜報員も89式小銃の5.56x45mm NATO弾で蜂の巣にされ、すぐに静かになった。


 2列あるうちの外側の塹壕では、そこかしこで一方的な虐殺が繰り返されていた。



…………

……


「内側の塹壕まで撤退させろ‼」


 地下指揮所。赤スーツの男は叫んだ。

 装備が違いすぎる。軍隊を相手にするには同じ軍隊が必要だ。


 軍がこれほど早く出てくるのが分かっていたらもっとゲリラ戦に持ち込むような戦略を取ったものを……。


 自分の経験上、警察を相手にするだけで済んだはずだ。それならば圧倒するだけの戦力はあった。

 なにか歯車が狂っている。


 思えば人類肥大連合の工作員をハプニングから殺してしまったのがけちのつきはじめだったか?

いや、今までの潜入工作の間にはそんな事は何度もあった。


 それが早期に我々の仕業と発覚したのが問題だ。それを暴いたのは誰か……。


 頭に浮かんだ少年の顔を振り払いながら赤スーツの男は指示を出す。


「敵のブラックコアはでているか?」


「いえ。目撃報告は挙がっていません。あの巨体です。近くには居ないのでは無いでしょうか」


「出撃させていない理由が不気味だな」


「ええ。もしくはこちらに運搬している最中かもしれません」


「まあいい。居ないならば好都合だ。ナージャを出せ」


「はっ」


「自己修復を優先させたかったが仕方がない。内側の塹壕の前に、戦車が越えられない幅の塹壕を掘れ」


「管制車に伝えます」


「その後に戦車を蹴散らせ。最後に敵兵だ」


「了解しました」


 そうした指示を受けて部下達は通信装置を起動した。


…………

……



 【4ad8ehb】は外側の塹壕で分隊の指揮を執っていた。

 たまたま戦場を俯瞰するためにそちらを見渡していてたのが幸いした。遠方の丘に一瞬光が見える。


「あぶねえ‼」


 【4ad8ehb】は近くにいる諜報員を塹壕の中に引きずり倒した。

 彼は戦車を攻撃しようとRPGを構え、身を乗り出していた。


 ドゴォ‼


 直後に背後の地面に土煙が上がる。


「狙撃兵がいる。【z82hsa99l】っ狙えそうか?」


 塹壕の中をずりずりと這いずりながら味方のスナイパーの場所へ行く。


「さっきからこっちへ何発も撃ってきてます。まともに頭を上げられません。」


「ミラーで位置を確認しておけ。スモークの中で記憶を頼りに狙撃できるか?」


「自信は無いですがやってみます」


【z82hsa99l】はそう言うと車両検査用のミラー(長い棒の先に鏡がついているやつ)の先を恐る恐る塹壕の上へと出し、敵の狙撃主の位置を探る。


 【4ad8ehb】は、【z82hsa99l】が充分に確認する時間を取ってから指示を出す。


「2時の方向にスモークを焚けっ!!」


 周りに居た部下たちが、一斉に煙幕を発生させる筒に摩擦で火をつけ塹壕の外に放り投げた。

 敵の狙撃主との間に壁のように煙が上がる。


 それと同時に【z82hsa99l】は先程銃撃を受けた場所とは別の場所から狙撃するために顔をだした。敵がこちらの位置を記憶していた場合に備えての行動だ。


 しかしその瞬間、【z82hsa99l】の頭が吹き飛んだ。


「なんの手品だ!!煙幕の中を正確に狙撃できるのか?」


  【4ad8ehb】は驚愕したがすぐに指示を出す。


「2時方向の丘の上だ。撃ちまくって頭を上げさせるな!!」


 一般の諜報員が持っているアサルトライフルでは射程外になるので殺傷能力は期待できない。しかし牽制にはなる。


「とにかく戦車を排除しなければ」


 彼の部隊は塹壕の上に鋼板を渡してその下に隠れて榴弾をやり過ごした。

 しかし斜めに降ってくる破片はふせぎきれず、少なくない被害が出ていた。


 【4ad8ehb】は落ちているRPGと予備の弾頭の入ったバッグを抱えあげると塹壕の中を中腰で走った。


 狙撃兵の位置は割れている。

 そこから狙えない角度を割り出して攻撃する。


「ここか」


 【4ad8ehb】は銃座から顔を出すと素早く狙いをつけて引き金を引く。

 ロケットモーターで加速した弾頭は運良く方向転換をしていた10式戦車の排気口に突き刺さった。

 

 ゴォォォォォォ


 爆発音のあと、エンジンを焼かれた10式戦車は燃料に引火して炎上した。


 【4ad8ehb】は次弾を発射筒に取り付けると安全ピンを抜く。


 そして、先程破壊した車両の僚機だろうか、隣に居た次の1両に発射。こちらに砲口を向けようと回転していたターレットと車体の隙間に命中した。

 

 ダガンッ‼


 爆発し吹き飛ぶ砲塔。【4ad8ehb】はさらに2両ほど破壊することに成功した。


「隊長。撤退命令が出ました」


 でかい通信機を背負った諜報員が声をかけてくる。


「ッ!!そうかッ」


 【4ad8ehb】は周りの部下たちに呼び掛ける。


「ありったけのスモークを焚け。その後バラバラに南へ走れっ‼運が良ければ内側の塹壕までたどり着ける」


 その後、彼の部隊は煙幕を張り、遁走した。

 彼のようにうまく離脱できた部隊はわずかであった。


 そして自衛軍の戦車隊はゆっくりと内側の塹壕へと進軍を開始した。



…………

……



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