第15話 戦場



 知多半島。神聖同盟の拠点と目される有馬雄一郎邸。そこに向かって警察の人員輸送車が複数走っていた。

 狭い舗装道路を一列になって進んでいる。


 有馬の会社には捜査の手が入ったが既にもぬけの殻だった。

 ヘリによる先行偵察の結果、有馬邸に多くの人員が居ることが分かったため、愛知県警の警官隊が強制捜査に向かうことになった。


「岐阜県警が取り逃がしたらしいが」

「間抜けだ」

「愛知県にはSATがある」

「完全武装の我々なら余裕だがね」


 車両内にはどこか楽観的な雰囲気が漂っていた。

 20年前の災害後。治安維持を担ってきた自負も有るのだろう。


 輸送車へ随伴するパトカーには城太郎に煮え湯を飲まされた鈴木朔太郎が乗っていた。


「あのガキが取り逃したらしいぞ、いいきみだ。なあ、そう思うだろう」


 朔太郎は運転席に座る若い警官に話し掛けた。有馬邸に聞き込みに行った時に一緒にいた彼だ。


「確かにスッとしますが、でも相手はブラックコアを持っているんですよね。我々だけで対処できるのでしょうか?」


「あんなもんしょせんはリモコンなんだ、操作してる奴を捕まえちまえばいいんだ」


「そううまく行くのでしょうか?」

「心配性なんだよお前は」


 その時だった。


 ドゴオオオオオオオオオオオン‼


 先頭の人員輸送車が轟音と共に吹き飛んだ。

 横倒しになり、そのまま燃え上がる。


「な、なんだ」


 先頭車が擱座したことにより後続車は急停車する。朔太郎は様子を見るためにパトカーを降りた。

 運転席の若い警官も降りる。

 しかしその瞬間ボンッという鈍い音と共に彼は倒れ付した。


「お、おい、どうした」


 朔太郎はパトカーを後ろから運転席側に回り込んだ。


「ヒィッ」


 倒れ付した若い警官は下半身がなかった。まだ息があるのか内臓を撒き散らしながら呻いていた。


「う、うう」


 そして朔太郎の方に手を伸ばすとそのまま動かなくなった。


「じ、地雷か」


 朔太郎は腰を抜かして尻餅をついた。


 その時、車列に十数発のロケット弾が着弾した。

 すさまじい爆発と共に燃え上がる車両。


 愛知県警官隊は壊滅した。



…………

………

……



「まさか真正面から来るとはな」


 即席のHQ(指揮所)で偵察用ドローンからの映像をみながら有馬雄一郎こと「赤スーツの男」は呟いた。

 有馬は偽名のひとつであり、彼にとって名前など意味を持たないものだった。

 今はトレードマークの赤スーツに覆面をしている。


「ヘリは?」

「既に落としました。これ以上情報を与える必要もありません」


「陣地の構築は」


「8割完成しています。ここから10キロと20キロのところに塹壕を掘りました。鉄条網を敷き詰めています。」


「迫撃砲の陣地は完成しています。税関をごまかすのが難しかったので二門しか持ち込めませんでした」


「警察相手には充分だろう」


 彼らがこんな籠城に近いことをしているのには理由があった。


 本来ならば手にいれた核物質をナージャに積み、自分達は迎えに来た自国の潜水艦に乗って共に海中から脱出。

 日本の領海の外に待機している艦隊にナージャごと引き渡す予定だった。


 しかし、ここで問題が起こった。先の戦闘でナージャが受けた損傷が予想外に大きかったのだ。


 潜水能力そのものは失われていないが、核物質を運ぶために必要な、素材と一体化して格納する機能が不具合を起こしていた。

 気密が確保出来ないのだ。このままでは海中に漏出してしまう。


 自己修復能力での回復を待っていたら、今度は三河湾内に大量の自衛軍の潜水艦が警戒に当たるようになっていた。


 これでは神聖同盟の潜水艦が迎えに来ることができない。しかし潜水艦を蹴散らすためにはナージャを出撃させなければならず、その間に拠点を敵のブラックコアで襲撃されれば終わりだ。


 ナージャの回復を待つために時間稼ぎが必要だ。もしくは敵のブラックコアをここで倒しきるか。


「だがこの国が軍隊の出動をさせたがらない事には助かる。」


 軍用兵器を持ち込んでいる神聖同盟のスパイたちだったが、バックアップを受けた陸軍と戦ってはひとたまりもないだろう。

 最終的には出動することになるだろうがそれまでには決着がついているはずだ。

 だから主に警察を相手にすればいい。それならば問題ない。


「治安出動には国会の承認が要るのだったか?さらに時間が稼げるな」



…………

………

……



 荒間城太郎邸。

 電灯を消した薄暗い書斎で彼は何者かと通話をしていた。

 盗聴対策を徹底的に施したホットラインである。


「お願いしますよ」


「……」


 通話相手の声は第三者には聞こえない。


「今彼らを逃せば通商協定の大国に大きく借りを作ることになります」

 

「………」


「県知事の要請に基づく出動なら国会の承認も必要ないはずです」


「……………!!」


「マスコミがやかましい?また金をバラまけばいいでしょう。恐山地下の金鉱脈はそっくりお渡ししましたよね」


「……」


「はい。知事の説得もお願いします。こちらにはつてがないので」


「……」


「私は役に立っているでしょう?あなたには利益をもたらすように動きます」


「」


 最後に城太郎はゆっくりと含むように呟いた。


「宜しくお願いします。官房長官」




…………

………

……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る