第14話 ナージャ・ジュールベル
ナージャが手近に有ったビルにマニュピレーターを添える。
その指先から巨大な魔方陣がビルの側面に書かれた。
するとクンッという音と共にビルが中ほどから折れ曲がるとまるで蛇の頭の様に伸びて鋼神66に襲い掛かる。
すさまじい轟音と共にビルが屋上から鋼神66に激突したが、鋼神66は僅かな抵抗を受けただけかのように前進を開始する。
まるで流水の中を歩いているかの様だ。
ビルの奔流が収まると、鋼神66を中心にモーゼの十戒のごとく縦に裂けたビルが残された。
鋼神66はさらに前進すると左フックをナージャの腹部に叩き込んだ。
ナージャはその攻撃にスライドするように横へ飛ばされたがズザザザザザという音を立てて脚部で滑るように速度を殺し、停止した。
今度はナージャが殴りかかる。腕部に付いた破砕機を稼働させると、キィィィィィィイイィィイインという音と共に鋼神66の表面装甲を削り取った。
初めて鋼神66が傷らしい傷を負う。
だがすぐに鋼神66はその腕を振り払うと打撃を何発もナージャに叩き込む。
ナージャの管制室。
「妙に動きがいいな」
諜報員【4ad8ehb】は敵のブラックコアを見てそう呟いた。
モニター越しに操縦をしているナージャは遠隔操作の仕様上どうしても映像に遅延が発生しワンテンポ動作が遅れる。
操縦担当者はそれも折り込み済みで先読みして操作しているが、敵のブラックコアはそれよりも反応が早い。
「たぶん操縦者は目視出来る距離で操作している。破片をまき散らす様に戦え。うまくすれば当たってくれる」
「了解しました」
「あいつの使用してる周波数は分かったか?」
「それが、どうも携帯電話用のネットワーク回線を使っているようです」
「地の利というわけか」
基地局が周囲に大量にある状態ではそれを全て潰すわけには行かない。たぶん敵の操縦者は政府側の人間だ。プロバイダのサーバーを経由しなくてもいくつかの基地局をバイパスするようなシステムを構築すれば遅延も最少で済む。
民間業者に命令して整備させたのだろう。もちろん依頼された側は自分が何を作らされているか知らなかったかも知れないが。
「ハッキングは可能か?」
「いえ、通常の通信の上に独自のプロトコルを載せているようです。解析するには専門の技術者を連れてこなければ……。それにプロテクトも掛けられているでしょう。ジャミングは出来ますが」
「既知の周波数を大音量で垂れ流せばここが特定される危険がある。却下だ」
「白兵戦では不利だ。現場周辺の人員に連絡しろ。操縦者を見つけて殺せ」
…………
………
…
「こちら城太郎、杉多巡査部長どうぞ」
城太郎はコントローラーに内蔵されている無線機能で呼びかける。当然秘話コードを入れている。
「こちら杉多。どうした城太郎君?」
「大橋警部補が忙しいみたいなのでお願いしたいことがあるのですが」
「分かった。なんだ」
「敵のブラックコアなのですが、操縦には複数の周波数を短期的に切り替えて発信元を分かりづらくしているようなんです」
「なるほど。それで?」
「しかし、インターネット網を使わないで操作するとなるとそれなりに強い電波を出さなければなりません。ですので大型の装置を持っていると思うんです」
「その装置を持っている奴を探せばいいのか」
「ええ。目視出来る距離では無いと思いますが、近い距離にはいるかもしれません。大きなアンテナを付けた車両か何か、見ただけでは分からないように偽装している可能性が高いです」
「分かった。探そう」
「お願いします」
…………
………
…
ナージャの動きが大きく、ダイナミックになってくる。
わざと手や足をビルにぶつけているようだ。
「こっちが近くにいるのに気が付いたか」
城太郎はそれも折込済みの距離を取ってビルの屋上から操作している。さらに軍用の迷彩コートを着ている。
これは周囲に設置したカメラで撮影した映像を、表面を覆った薄い有機ELに表示する物でまるで透明人間になったかのように周囲からは見えない。
カメラが撮影できない範囲には動けないが、突っ立って操縦する分には十分だ。
ブラックコアのセンサーなら探知できたかも知れないが、戦闘中にその余裕は無いようだった。
キィィィィ。
城太郎がいる屋上へ続く扉が開く。
見たところ何の変哲も無い普通の男が銃を構えて入ってくる。
ゴトッ。
突然、その男の首が落ちた。
「ここを嗅ぎ付けたか。優秀じゃないか」
城太郎はそれを横目で見ながら呟いた。
神聖同盟の工作員かもしれない。一般人にまぎれて周辺に待機していたのだろう。
男の横には細い昆虫のような3本の足の上に武骨なカメラアイ、さらに鎌のような腕を持った警備装置が立っていた。
男の首を切り落としたのはこいつだ。強力な敵味方識別装置を持った鋼神66のオプション兵装だ。
”彼”が試作品だと言って残してくれた。
「感謝してもしきれないな」
城太郎は複数の動作に意識を振り分ける事が出来る。
この間も操縦は同時に行っていた。
…………
………
…
「しかし、でかいアンテナを持った車なんて目立ちそうなものだが」
杉多巡査部長はパトカーを走らせながら呟いた。
「通信管制って言ったら電子戦機の場合もありますけどそんなもの飛んでるわけ無いですしね」
助手席に座る斎藤巡査がそれに答える。
「どこか建物を借りて設備を作っているんですかね?」
「どっちにしろアンテナが目立つ。あちこち拠点を作らなきゃ運用できる範囲が狭まるし、ご近所さんの噂になっちゃうだろ」
「うーん衛星回線とか」
「日本上空を通る怪しい軍事衛星は全部撃ち落としたって話だからそれはないだろう」
「そうでしたね」
「たぶん通信車両で合ってるとおもうんだが」
そうこうしているうちに、規制線の前まで来た。
そこには外側に追い出されたTV局の撮影隊が複数集まっており、レポーターがカメラに向かって実況をしていた。
杉多巡査部長がそれにふと目を止めた。
「TVの」
「中継車?」
杉多巡査部長と斎藤巡査は顔を見合せながら言った。TVの中継車ならデカいアンテナを付けていても不思議に思われない。
「自分、TV局の連中なら顔見知りだから、聞いてきます」
斎藤巡査は過去にマスコミ対応をしていたことがあった。
「まて、俺も行く」
二人はパトカーを停めると飛び出した。
…………
………
…
「東亜テレビさん?あれって東亜さんの中継車?いつもの奴とは違う車両だよね?」
ほどなくして違和感を覚える中継車が見つかった。目立たない位置に止めてあり、斎藤も見たことが無いナンバーだ。東亜TVのロゴが車体にはペイントされている。
「斎藤さん。久しぶり!!ああ、あれね。なんかスポンサーのごり押しでむりやりねじ込まれた下請けの制作会社なんだけど、全然仕事しなくてねえ。上にクレーム入れたんだけどほっとけって言われて、もうしょうがないから無視してるんですよ」
「中の人みた?」
「いや、打ち合わせにも出てこないよ。ドライバーだけあいさつに来たんだけどマスクで顔を隠してたわ。普段の車両で中継してるから、追加の車なんていらないんだけどねえ」
「ふーん」
(これは当たりか?)
斎藤はそう確信すると杉多巡査部長とともにその車両へと向かう。
コンコンと運転席サイドガラスを叩いて中の人間を呼び出す。
「あの、すみません。警察です。取材許可証を見せて貰えますか」
中から、茫洋とした顔の男が対応した。
中継車は後部がボックス型になっていて運転席からは独立していて中がうかがえない。
「あ、ハイこちらです」
「これは東亜TVさんの許可証ですね。確認しました。ただ、こちら初めての車なんで中を見させてもらってもいいですか?」
「もちろんです。後ろの人間に伝えておきますので声をかけてください。中から開けさせますので」
(随分と素直だな。自信が無くなってきた)
斎藤は車への職務質問を何度もしたことがあった。しかしそれまでの黒だった場合の犯人は極力悪あがきして車への捜査を遅らせようとしてきたのだった。
「警察です。ここを開けてください」
斎藤と杉多はホルスターに手をかけて呼びかけた。
しかし銃を抜いてはいなかった。
「はいはい。今、開けますね」
明るく朗らかな声が聞こえた。
斎藤はその声に油断してしまった。
「斎藤っ!!」
杉多が斎藤にとびかかって引き倒す。
ダン!!ダン!!ダン!!
中継車の扉をぶち破って銃弾が飛び出した。
間一髪斎藤の頭をかすめて後ろへと飛ぶ。
それと同時に中継車は急発進するとバリケードを破壊し、規制線の中へと飛び込んだ。
…………
………
…
「くそっ偽装が甘かったか」
【4ad8ehb】は杉多巡査部長達に発見され、逃走中の中継車の中で歯噛みした。
もちろんこの中継車は外見だけであり、内部はナージャの管制を行う設備を備えた車だ。
【4ad8ehb】は雑な偽装工作をしてしまったと後悔した。
しかし1日程度の時間ではこれが限界だった。顔を覚えられる事を嫌ってTV局の人間と会わなかったのもまずかったかもしれない。
東亜TVに広告を出稿していたダミー会社ももう使えないだろう。
「充分とは言えないが時間は稼いだ。撤収するぞ。ナージャの方へ向かえ!!」
背後から追ってくる警察車両を引き離しながら中継車はナージャの足元へと突っ込む。
格闘戦をして不規則に動く鋼神66とナージャの脚部を間一髪で躱しながらナージャを盾にするような位置に停まる。
警察車両はブラックコア同士の戦闘に尻込みをして鋼神66の手前で追跡を止めてしまった。
「よし、壁をつくれ!!」
ナージャが地面に魔方陣を書く。
ナージャはスキル【錬金】を使用して地面内にある砂鉄を抽出し巨大な鉄の防壁を築いた。
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ドドドドドドドドドッドドドッドドッドオドド!!
「無駄だよ」
城太郎はギッギギギギと鋼神66に溜めの動作をさせた後、右ストレートを放った。
ドゴンッ!!
鋼神66の拳は防壁を破壊するとそのまま貫通して、その背後にいたナージャに突き刺さった。
バガンっ!!
めり込んだ拳は、ナージャの頭部から胸部を酷く陥没させた。
そしてその衝撃でナージャは吹き飛ばされた。
しかしそのおかげで鋼神66より距離を取ったナージャは背後にいた管制車を引っ掴んだ。
それと同時にスキルを使い地面を液状化させ、その中にもぐりこむ。
プシュウッ!!
もぐりこむ寸前、中継車から煙幕がまかれる。
あたり一面が煙に包まれ何も見えない。
煙が晴れた後には、スキルの効果が切れ元のアスファルトへと戻った地面がわずかばかり歪み、そこに少しの痕跡が残るのみだった。
「……」
城太郎は赤面して周りをきょろきょろと見渡す。
”無駄だよ……”などとイキってしまったところを誰かに見られでもしていないかと心配になったのだ。
「くそっ」
敵のブラックコアをまんまと逃がしてしまった。
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