第19話 暗黒のメイド
「おおっおおおおおお!!」
4ad8ehbは体を襲う全能感と快感に声を上げた。
視界がナージャと同期し、ブラックコアの見ているものがそのまま脳内に像を結ぶ。機体が遅延なしで思うがままに動かせる。
もう一つの体が手に入ったかの様だ。
視界の隅で棒立ちになる敵のブラックコア、鋼神66が見える。
そちらに動きが無いと確認した後、ナージャは自衛軍の戦線を破壊すべく戦車隊へと向き合った。
タイムリミットは迫っている。複雑なスキルを使っている余裕は無い。
岩盤をひっくり返して潰してやる。
ナージャは魔法陣を描くために地面へと手を付いた。
その瞬間、凄まじい衝撃がナージャを襲った。
ナージャとリンクしている4ad8ehbもそれと同じ衝撃を感じた。
吹き飛ばされながら背後を振り返る。
そこには停止したはずの鋼神66が、拳を振り切った状態で停止していた。
全身に赤い血管のようなものを張り巡らせ、さらに関節や装甲の隙間にクリスタルのような物が突き出し赤く明滅している。
「あいつもM2波通信を使用したか!!」
想定した状況の中では最悪だ。これで五分の状態へと持ち込まれてしまった。
後は自分と敵とどちらの操縦者が先に廃人になるかの勝負だ。
「だが遅い!!」
ナージャは吹き飛ばされながらも地面へと魔方陣を描いていく。4ad8ehbと一体化しているため非常になめらかに指が動く。
しかし、描き終わる瞬間、ナージャの腕が踏みつけられた。凄まじい質量に腕がへし折れ指がバラバラに吹き飛んだ。
鋼神66に踏み潰されたのだ。
「ガアアアアアアアアッ」
ナージャのダメージが4ad8ehbの痛覚に伝わり、彼はたまらず叫び声を上げた。
「なんだこの速度は」
吹き飛ばされるナージャに追いつくなど尋常ではない。
先ほどまでの鋼神66の動きとは天と地ほどの差がある。M2波通信を使っているとはいえナージャの能力上昇値よりもはるかに上回っていた。
「くそっ」
4ad8ehbは残った左腕の掘削機に全てのエネルギーを集中させる。ギャリギャリギャリと凄まじい稼働音をさせてシールドマシンが咆哮する。
「胴体にトンネルを開通させてやる」
ナージャはそのまま左腕を鋼神66の胴体へと突き入れようとした。
だが鋼神66はその突きに対して真正面から拳をはなった。
キュリィィィィぃぃぃ!!
ぶつかった拳と掘削機が甲高い高周波音を奏でる。
しかし、押し負けたのはナージャの方だった。
掘削機がバキバキと崩壊し、腕が半分程度まで外装を残して吹き飛んだ。
「うぐっ!!何故だ、近接仕様とはいえここまで差があるはずがない」
4ad8ehbは痛みと理不尽さに歯噛みする。
鋼神66はナージャの頭部を掴むと高く持ち上げた。ナージャの胴体の中心部が鋼神66の頭部のあたりまで上昇する。
鋼神66はそこに予備動作なしで抜き手を突き入れた。
指がナージャの胴体を貫通し背中から飛び出した。
「おごおおおおおおおおおおっ!!」
4ad8ehbは痛みにのたうち回る。
鋼神66はそのまま頭部を掴む腕と反対方向、つまり上半身と下半身を引き裂くように力を入れる。
めりめりと指を突きこんだ部分からナージャの胴体が裂けてきた。
ブチっ!!
ついにナージャの胴体が二つに分かたれた。
鋼神66はそのままポイとナージャの上半身を後ろにほ放り捨てる。
ガシャンという金属音と共に地面に激突する。
もはやナージャは頭部以外が原型を止めていない状態だ。
「ヒィ、ヒィ、ヒィ」
4ad8ehbはあまりの痛みにクリスタルから手を離していた。しかし、いくら手を話したからと言って一度リンクを開始すれば、複雑な手順を踏まなければ解除されない。
「き、帰還プログラムを起動させなければ」
自分の敗北を悟った4ad8ehbは、最後の力を振り絞ってクリスタルへと手を伸ばす。
「だぁ……め」
ミシッ、ミシッ、バキッ!!
突然目の前に白い女性の手が現れたかと思うと、4ad8ehbが触れようとしていたクリスタルを基板から引きはがし、奪っていった。
「なっ」
4ad8ehbはその手の主を見ようと顔を上げるが、生命力を使い果たし狭まっていく視界の中ではぼやけて良く見えなかった。
「わたし……の……糧になりなさい」
そして首筋にひどく冷たい感触を感じると、4ad8ehbの意識はぷつんと途切れた。
…………
………
…
「な、なんだあの性能は」
中継施設からナージャと鋼神66の戦いをみて、赤スーツの男は呆然とした。
「長時間M2波通信で稼働しているだと?操縦者を何十人も交代で使い捨てにしているのか?」
神聖同盟もそのような運用を考えた事があったが、貴重な技能を持った操縦者を大量に消費するのはコストに見合わないと中止になったのだ。
「いや、違う。何か余裕がある感じだ。タイトに操縦者を切り替えている動きではない」
悠然と歩く鋼神66を見ながら赤スーツの男は呟いた。
「これが本来のブラックコアの姿だというのか……」
そんな時だった。
ババババババッババババッ!!
電動のこぎりの様な音がすると、先ほど離脱していった部下たち(赤スーツの男から見るとだいぶ小さくなっていた)が血しぶきを上げて吹き飛んだ。
10式戦車の上部に取り付けられている12.7mm重機関銃M2の斉射だ。
ナージャが包囲網に打撃を与えられなかったため、戦車部隊が仮設指揮所である中継施設まで迫ってきていたのだった。
ヒュルルッルルルッルルルルルッルル、ドゴーン!!
中継施設がF-2の爆撃によって吹き飛んだ。
これによりブロードバンドジャミングが停止する。
「ヒィーーーー!!」
爆発音による本能的な恐怖により、赤スーツの男はその場から逃げ出した。
アサルトライフルも取り落とす。
「ハア、ハアハア」
先ほどの爆発で何かが当たったのか左足が痛む。
足を引きずりながら、とにかく爆発音から離れるように移動する。
土嚢の壁が爆風を遮ってくれていたのか即死は免れたのは幸運だった。
「クソッ、クソウ、クソウ!!」
あれ程いた部下も今は一人もいない。
どうしてこうなってしまったのか、どこで何を間違えたのか。
いや、それは分かっている。奴だ。奴をすぐに殺さなかったのが間違いだった。
赤スーツの男は気が付けば崖のそばまで追いつめられていた。その下には海が広がっていた。林が途切れると、水平線が一望できる。
不思議と周りに自衛軍の兵士の姿は見えなかった。
人類肥大連合の諜報員殺害に気が付いたのも、坑道に乗り込んできて警察の介入を招いたのも、活動拠点を探し当ててこちらの焦りを誘い、ブラックコアを損傷することになったのも全てあの男のせいだ。
ズンッ!!
背後で一際大きな振動音がした。
その音に赤スーツの男は振り返る。
「もう終わりですよ」
「荒間、城太郎ぉぉぉぉ!!」
振り返れば、鋼神66が膝を着く体制で手の平を上に向け地面に下ろしていた。その手の上から城太郎が飛び降りてくる。
「やはり、お前が操縦していたのか」
城太郎はコントローラーらしき物を左手に持ってはいたが使っている様子がない。右手には銃を持ちこちらに向けている。
そしてその瞳は金色に輝いていた。
鋼神66もどくどくと血管の様な物が張り巡らされ、明滅している。
「なぜM2波通信を使って平然としていられる」
「……M2波通信とはMagic、Mind、命名したのが日本人なんでいい加減な英語なんですが、言ってしまえば魔力があれば精神力を削らなくても操縦ができるのですよ。ただ、この世界の住人だと魔力持ちがほぼ0人に近いと言うだけで」
「魔力?なんだそれは。オカルトか?お前はそれを持っているというのか?」
城太郎は肩をすくめるだけで答える気はないようだった。
「アメリカあたりは後天的に魔力を使えるようにする研究をしているそうですけどね」
「そんな事を知っているお前は何者だ?」
「……警察のコンサルタントですよ」
荒間城太郎の名前が聞こえ始めたのは20年前からだ。常識的に考えて若返って年をとらない人間などというのは居るわけが無いため、代替わりした諜報員が同じ名前を使っていると考えられていた。
しかし、魔力などという非常識な物が本当ならば城太郎の経歴もただ一人の物だったのだろうか?
直接敵対したことが今回が初めてだったこともそうだが、目前の作戦に集中するあまりこの不思議な少年についての優先順位は低く設定していた。
そのツケが来たという事か。
「投降してください。有馬雄一郎さん。それとも准将閣下とお呼びすればよろしいですか?」
「ハッ」
赤スーツの男は鼻で笑った。
そして大きく口を開けると歯をかみしめる様にしようとした。
「無駄ですよ」
城太郎が発砲する。
その銃弾は赤スーツの男の顔に命中した。
そして右頬の皮膚を吹き飛ばし、奥歯を砕いた。
砕かれた奥歯からは、赤と青のコードの様な物が垂れ下がり金具がはじけ飛んでいた。
「体内に爆弾を仕込んでいたのでしょう?奥歯がスイッチですか」
「ひゃんねん(ざんねん) 、ひょっちひゃ(そっちは)、ひゃみーじゃ(ダミーだ)」
大きく顎をえぐられうまく喋れない赤スーツの男はにたりと笑った。
それと同時に胸に手を当て、肋骨を折る勢いで押し込んだ。
その瞬間、赤スーツの男の体が砕け散った。
まず最初にキンっという衝撃波が音速を超える音がする。
そして煙のような衝撃波が消えた後、赤黒い爆炎が立ち上った。
遅れて重低音の爆音が聞こえる。
…………
………
…
暫くすると爆炎も収まり煙も晴れてきた。
人間一人に仕込める爆薬はたかが知れている。
延焼もないようだ。
煙が晴れた後、城太郎の立っていた場所にはにはピッタリと隙間なく指が閉じられた鋼神66の手が、ドーム状にかぶせられていた。
ゆっくりと手がどけられる。
そこには無傷の城太郎が悠然と立っている。
彼はとっさに鋼神66に防御させたのだった。
「警察のコンサルタントとしては出来れば生かして逮捕したかったけれど……」
目前で人が一人死んだことに対する感傷は無いようだった。
眼前の崖から吹く一陣の海風が彼の前髪を揺らした。
…………
………
…
残骸となったナージャ・ジュールベル。
その傍らに一人のメイドが立っていた。有馬邸にいたメイドだ。
肌は抜けるように白く、艶やかな黒髪は肩で切りそろえられていた。耳の先が僅かばかり尖っている。
身に着けるメイド服は有馬邸にいた時より何倍もフリルが増量されたものだ。豪奢になっている。
赤スーツの男はずっとこのメイドを部下の一人と思っていたが、それは違った。
そう思い込まされていただけだった。人類肥大連合の諜報員に仕立て上げられた男たちのように。
ナージャを警備している自衛軍の兵士達もまるで彼女が視界に入っていないかのように無視していた。
「これで……分かった……あのガクは……使える……」
メイドはナージャのクリスタルを掲げると魔力を込めた。
「……召喚……」
グガゴゲと言う音と共にナージャの胸部装甲がうねうねと開いていく。
そしてなかから真っ黒な心臓のような物体が浮上してきた。
メイドの持つクリスタルから真っ黒なオーラが触手のようにその心臓にまとわりつく。
その瞬間、あたり一帯の全ての光が焼失した。
…………
………
…
「何っ!!」
ばらばらになった赤スーツの男の死体を調べていた城太郎は背後から襲い掛かった暗黒の閃光に振り返った。
視界に映るすべての光景が、色を失ったモノクロの世界になっている。
ナージャ・ジュールベルの残骸があった辺りからブラックホールのような暗黒の爆発が広がって来ていた。
城太郎はこの現象に覚えがあった。
「ブラックコアのオーバーロードだと?起爆できるほどの魔力を持った者がこの世界にいるわけが……」
だが、城太郎の脳裏にひらめくものがあった。
何度か接触をしてきた声だけの存在。
「あれか……」
すでに爆発は目の前に迫ってきていた。
もう逃げられない。
城太郎は鋼神66と共に暗闇に呑み込まれた。
…………
………
…
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