第11話 蠢動-2
退勤した警備員から鍵の束を預かった私、気安い奇康さんは通用口などの鍵をかけながら各教室を見回っていきます。
夜の帳は降り、部活動も終わった頃合い。
流石に残っている生徒もいないかと思いましたが、2年5組。この教室にはいくつかのかばんが机の上に残されていますね。
確か有芽お嬢様のクラスです。
当然、敬愛するご主人さまのクラスですので全員の名前は名簿で確認済みです。
まさか鞄だけ残して帰宅したとは思えません。この方々はどこにいるのでしょうか?
校内に残っているのはほぼ確実だとは思いますけれど。
ここは警備を引き継いだ用務員としては指導しなければなりませんねふふふふ。
席の位置から残っているのは「大村 頼子」「田中 さち」「左緑 かよこ」「村松 めぐみ」さんの四名と分かります。
特に大村さんはクラスのリーダー的な存在だったと記憶しています。
この方々は、ふむ。寮ではなくて自宅からの通学組ですね。寮ならばとっくに戻っていなければ寮長が探しに来ますからね。
おっと、その大村さんの机には鞄の横に水筒が置かれていました。ふふふ、中には飲みかけが残されていました。
ごくごく。女子高生の芳しい唾液の味がしますな。
この学校は良家の子女がが多いため、水道水をまずいと感じる方が水筒にミネラルウォーターを入れて持参する事を許されています。
下水道すらなかった時代の人間からすれば常に真水を供給できるこれは神の発明と思いますがね。
ここで私は「すまあとふぉん」というものを取り出します。雇用契約を結ぶのに電話番号というものが必要でしたので先に入居予定の用務員室の住所で回線を契約したのです。
確か「しゃしん」という似姿を記録して置けるのでしたね。この水筒を撮影しておきますか。いんたーねっとというもので同じものを探して、通販という販売形式で買えばいろいろ使えそうです。すり替えたりとかね。
さて、この教室の鍵を閉めるのはまだ無理という事ですね。
ならば見回りを続けますか。そのうち下校時刻を守らない不埒な輩も見つかるでしょう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あんた、ちゃんと言うこと聞きなさいよ。体育の片付けしとけって言ったでしょ」
「そうよ。あんたが最後だったんだからあんたがやるべきでしょ」
「・・・あなたがやるべき」
「はあっ?あなた達が当番なんだからあなた達が片付けるべきでしょ」
「それじゃ不公平だから最後の人間がやるって決めたのよ。最後まで残ってなくちゃいけないでしょ?」
「そんなの聞いてないし、ずっと当番がやるって形でやってきたでしょ何かってに変えてるのよ」
「クラスのみんなは賛成してくれたわ」
「みんなって誰よ」
見回りで図書館に来たところです。中から大声で言い争う声が聞こえます。
図書委員は戸締まりをしなかったのでしょうかね。
戸をそっと開けて中を見ます。一人の女生徒を三人が取り囲んで詰めっています。
取り囲まれている眼鏡の女性が村松めぐみさん。取り囲んでいるのが大村頼子さん、田中さちさん、左緑かよこさんですか。リーダー格が大村さんという感じですね。
おおっ、コレは僥倖。詰められている村松さん、そして大村さんからこの時代の人間にしては大きな魔力を感じます。その分催眠魔術が効きませんので面倒くさくはありますが。
どうにか契約して魔力を分けてもらえるようにしなければ。
「片付けもできないの?幼稚園児なみね?」
大村さんが村松さんを心底見下した感じで言い放ちます。
「なら下校時刻を守れないあなたは何でしょうかねえ」
私はそっと扉を開けると大村さんに声をかけます。
「きゃっ!!」
「だれっ?」
「不審者っ?」
その不意打ちに村松さんを詰めていた三人が振り向きます。
「数日前からこちらに勤務させて頂いている山田奇康と申します。気安い奇康さんとお呼び下さい」
「そ、そういえば新しい用務員が来たって話を聞いた様な」
「用務員?」
「きもっ!!本当に用務員?」
「いえ、校内の見回りと戸締まりを頼まれましてね。下校時刻はとっくに過ぎていますよ」
私は手に持った鍵の束をじゃらじゃらと見せます。
外部の人間がその様なものを持つわけはないので関係者だと信じてくれたようです。
「私の親はこの学園に随分と寄付をしているわ。PTAの会長もしています」
大村さんがそう語りかけてきます。
思い切り権力をちらつかせてきますね。
暗に見逃せと言っているのでしょうか。
「ならばなおのこと校則は守っていただきたいですな」
大村さんはこちらを虫を見るような目で見たあと、無言で教室を出ていきます。
田中さんと左緑さんもその後に続きます。この二人は腰巾着と言ったところでしょうか。
後に残された村松さんは口を引きむすんでうつむいています。
コレはいんたーねっとに書いてあった有名ないじめの現場、いやその始まりを目撃してしまったのではないでしょうか?私の人生でも似たような経験がありますね。
「明日から、有形無形の嫌がらせが始まりますよ」
私は村松さんに語りかけます。
「は?私は間違った事は言ってないわ」
どうやら村松嬢は現状をよく分かっていないようですね。
「彼女たちにとっては違ったということでしょうね」
「今回の事だけじゃないわ、あいつら今までなかったようなクラスのルールを作って、それに背くと文句を言ってくるのよ。うっとおしい事この上がないわ」
「あーそのあたりは経験がありますね。私がいた騎士団でも、それまでは無かった、わざわざしなくていい仕事を新任の団長が作り出して、それをしなかった団員を出来ないやつ、ルールを守らないやつとレッテル張りをしていくのです。結局は気に入らない人間を排斥する理由が欲しいだけなのです」
「騎士団?」
「おっとそこは気にしないで下さい。とりあえず直接脅迫じみた事をしてくるということは、クラスの掌握は出来ているという事でしょうか。明日から”いじめ”というやつが始まるのでしょうな」
「え?」
「先程は最後通牒のつもりだったのでしょう。自分たちの奴隷になって彼女たちがやりたくない片付けをやり続けるかどうか。断って排除されるかどうか」
「そ、そんな。片付けをするかどうかでいじめに発展するの?」
「あなたは今までにも彼女たち、クラスの中心グループに反抗的な態度を取っていたのではないですかな?」
「よ、よく分かったわね。そうよ」
「その積み重ねですよ。ついにあなたを排除する事にしたのでしょう。さっきの件は、あなたがルール違反をした者だからいじめて良い、という言い訳を作るためですかね。まあ、本人たちはそこまで具体的にあなたを排斥するために策を練ったというわけではないかもしれません。彼女たちの頭の中では【授業の後片付けを円滑にするためにルールを改善した。それに従わない者は悪だ】という事になっているのでしょう。特にああいう輩は」
「・・・・・・」
村松さんは目を見開いてこちらを凝視しました。だいたい当たっていましたか。
「最後の人間が片付ける。ですか。あなたがさっきそのルールに同意してたらきっと毎回、なにか妨害が入って最後の一人になる状況がずっと続いていたのではないですかな。自分がしたくない事を押し付けたいだけですよ」
「ふん。あんな連中に負けないわ」
「一対一ならば勝機もあるかもしれません。しかしクラス全員・・・が加担するとは限りませんが大多数が相手となるといささか分が悪いのではないですか?」
「私は間違っていない。あいつらの言う通りにはしない」
村松さんは自分に言い聞かすようにつぶやきます。
「教室にある自分の私物をずっと監視しているわけにもいかないでしょう。目を離した隙に隠されたり破損させられたりしますよ。それに何人かで連携して事故を装って怪我をさせられたり。周りで口裏を合わせられれば、あなたの証言なんか通りません」
「そ、それは」
初めて村松さんが動揺して口ごもります。
「良ければ、私がお助けいたしましょうか?」
おっと、つい、にたあ、と口を歪めて笑顔をみせてしまいました。いや、マスクで隠れていますから見えませんが。
「い、いえ。いいわ。まだ、いじめが始まると決まったわけではないし」
見えないまでも怪しい雰囲気は伝わったのか、村松さんには引きつった表情で断られてしまいました。
「まあ、良いでしょう。何か困ったことがあったらご相談下さい。生徒の皆さんのお役に立つのが私用務員の努めですからね」
「そ、そうね。何かあったらその時は頼むわ」
「承知いたしました。貴方様のお名前をお聞きしてもよろしいですか?私は先程も名乗った通り、山田奇康と申します。気安い奇康さんとお呼び下さい」
私はニパッとなるべく朗らかな雰囲気で問いかけた。まあ、最初から名前は知っていましたが、気味悪がられないためにちゃんと本人の口から聞いた体にしたかったのです。
「私は村松。村松 めぐみよ」
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