第12話 アジト

「おや、警察の方ですか?」


 四人で聞き込みを行う事で話がまとまり、朔太郎が呼び鈴を鳴らそうとしたその時、屋敷の扉が内側から開いた。

 屋敷には「有馬」と表札がかかっていた。


「パトカーが長い間、前に停まっていましたからね。何事かと思って出てきたのですよ」


 中から出てきたのは白髪をオールバックにしてひげを蓄えた紳士だった。

 屋敷にいたからか少しラフに着こなした、しかし上質な物だと一目で分かるシャツを着けている。ボトムはピシッと折り目正しくアイロンのかけられた黒のパンツである。

 一見して日本人に見えるが、彫りが深く外国の血が混じっているようにも見える。


「こちらにお住いのかたですか?」


「はい」


「これが警察手帳です。確認してください。こちらで密輸品を扱っているという通報がありましてね。いたずらだとは思いますが、念のため改めさせてもらってよろしいでしょうか?」


 先ほどの横柄な態度とは打って変わって丁寧な物腰の朔太郎である。

 そういう話し方もできるんだと城太郎は思った。城太郎に対する態度とは大違いである。見た目って大事だね。


「そのような事が!!。私には全く心当たりがないのですが……」


「令状も無いものですので、お断りいただいても構わないのですが我々も通報があった以上、捜査をしないわけにもいきませんので」


「分かりました。私もいわれの無い疑いを掛けられたままでは寝覚めが悪いです。どうぞお入りください」


「ご協力感謝します」


「その……そちらの子供さんは……」


「あー、警察の協力者の様な物です。気にしないでください」


「は、はあ」


 城太郎たちは屋敷に招き入れられた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 最初、城太郎はこの屋敷に忍び込むつもりだった。

 真正面から尋ねて行って管轄外の捜査を愛知県警にでも抗議されたら面倒な事になるからだ。

 

 しかし、所轄署が正式に聞き込みを行うなら渡りに船だ。

 厳重な警備装置が仕掛けられているであろう場所に堂々と踏み込んで捜査できるからだ。

 なかなかしっぽを掴ませないだろうが、わずかでも証拠を掴めればいい。


 というか、いきなり銃撃戦になっても困るので、この犯人にはさいごまでしらばっくれていてもらいたい。


「まずはお飲物でもいかがですか?お茶請けもありますよ」


 最初に応接室に通された後、そう勧められた。


「お、そうですか。悪いですね」


 朔太郎は悪びれもせず応じる。いわれもしないのにソファに腰かける。若い警官もそれに続いた。


 おいおい、捜査先で飲食物を貰っていいのか?収賄的な物にならないか?とは思ったが城太郎は黙っていた。管轄違いだしね。


「そちらの子供さんもどうです?」


 城太郎は首を振ると入口のそばに立った。


「そちらのかたは?」


「いえ、結構」


 杉多巡査部長も城太郎に倣う。


 ちりんちりん。


 白髪の紳士がベルを鳴らすと、年若いメイドさんがワゴンを押して入ってきた。

 紳士と警官たち二人の前にティーカップを置くと紅茶をそそぎ、お茶請けの入った皿を出す。


「いただきます。おいしいですな」


「ありがとうございます。当家では良いものを揃えていますので」


「そうですか。さっそくですがお名前をお伺いしてもよろしいですか?」


「有馬 雄一郎と申します」


「お仕事の方は何を?」


「小さいながらも商社を営んでおります」


 朔太郎が巡回連絡カードに個人情報を書き込む。警官がを個人宅をまわって収集した情報を書き込む書類だ。災害時の安否確認にも使われる。


「こちらはご自宅で?」


「ええ。わずかばかりの使用人と共に住んでおります」


「ご家族は?」


「妻に先立たれましてね。親戚づきあいもありません」


「会社の住所と電話番号を教えていただけますかな?このお屋敷の番号も」


「ええ、分かりました。おい、君」


 有馬氏はメイドを呼ぶと一枚の紙と名刺を持ってこさせた。


「こちらが会社のパンフレットで連絡先も書いてあります。この名刺は私の個人の物ですな。携帯と下の番号がこの屋敷のものです」


「ふうん。港区ですか?何を扱っているのですか?」


 城太郎はひょこっと顔をだしてパンフレットを覗き込むと聞いた。


「おいこら」


「石油を扱っていますよ」


 朔太郎が咎めるが有馬氏は気にしていないようだ。


「石油会社でも無いのに?」


「現地に行って買い付けて大手の石油会社に売っているのですよ。もちろん輸送は石油会社の船を使ったりしますが。あんがい我々のような中小や個人のエージェントも活躍しています」


「でも、大変でしょう。石油だと日本の反社会勢力が噛んでいる事もあるし、仕入れ先によっては基軸通貨を握っている国が決済を止めてしまうこともある。よほど強いコネをお持ちのようだ」


「良縁に恵まれましてね。小さいのによくご存じだ」


「こちらには以前から住まれているのですか?」


「何年か前に購入しましてね。改築したのですよ」


「こんな不便な所に?会社にも遠い」


「都会の喧騒を離れて静かなところで暮らしたかったのですよ。辺鄙な所だといっても車を飛ばせばすぐ市内に出ますし、会社は部下に任していましてね。ほぼ引退状態なのです。今は月に一,二度出社するだけです」


「もういいだろ」


 朔太郎が城太郎を押しのける。


「すみませんが、屋敷の中を見回らせて貰えませんかね」


「ええ。もちろん」


 有馬氏はソファを立つと先導をはじめた。


「ではこちらに」



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 寝室や使用人の部屋、キッチンとリビング、一通り案内されたがこれと言って怪しい所は無いようだった。


「どうもいたずらだったようですな」


「理解していただけたようで」


 安堵したような雰囲気が漂い、朔太郎も帰り支度を始めた。

 そんな中、城太郎がぼそっとつぶやく。


「地下室は見せていただけないんですか?」


「えっ?」


「玄関を入ったすぐ近くの床に不自然な隙間がありました。地下へ続く階段でもあるのでは無いですか?」


「そんな部屋があるのですか?」


 朔太郎の目がにわかに厳しくなる。


「ええ。ここ一年ほど使ってはおりませんで、失念しておりました。申し訳ありません」


「見せていただけますかな」

 

「わ、分かりました」


 有馬氏は書斎からカギを持ってくると、床に開いた鍵穴にいれて回す。

 鍵穴の下は板をずらして取っ手の様に出来るようになっていた。


 その部分に手を掛けて引き揚げる。

 ぎぎーと言う音と共に廊下の床が持ち上がった。

 その下から地下に続く階段が現れた、


 センサーがあるのか城太郎たちが中に入ると自動で電灯が点く。


「ご覧のとおり会社で使わなくなった備品がわずかばかり置いてあるだけです」


 城太郎は無言で全員より前に出ると跪いて、床を調べ始めた。

 

 床にはほこりが積もっており、最近誰かが入った形跡はない。

 さらに壁や床に不自然な隙間も無く稼働しそうな雰囲気はない。

 備品や什器を退かしてみたが隠し扉のようなものはなかった。


「問題なさそうですね。ご協力感謝します」


「いえ。市民の義務ですので。また何かあればお申し出ください」


「ご迷惑をおかけしました。おい、帰るぞ」


 未だに地下室を調べている城太郎を朔太郎は無理やり有馬邸から連れ出した。


「何も出なかったではないか。お前らの勘違いではないのか?」


「そちらの密輸と違って、殺人事件は住宅を調べただけでは分かりませんので」


「ではなんのために来たんだ」


「収穫はありました」


「なんだ。教えろ」


「捜査情報ですので、答えかねます。管轄が違うのでしょう?」

「てめえ。どうせ負け惜しみだろう」


「それより、有馬氏が言っていた事、裏を取ってくれるのでしょうね」


「言われるまでもない。何もないとは思うがな」


「お願いします。鈴木さんとはまたお会いする事もあるでしょう。これから宜しくしてくださいね」


「ふざけろ、二度と会うか」


 朔太郎は憤慨するとどすどすとパトカーの方へ歩いて行った。


 城太郎たちもインプレッサに乗り込むと帰路につく。


「で?どうなんだ?」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 杉多巡査部長が城太郎に聞いた。


「黒も黒、真っ黒ですよ」


 城太郎は有馬雄一郎を【鑑定】して驚いた。

 偽名であることは予想していたが、まさかあの「赤スーツの男」本人だとは思っていなかったのである。声も坑道で聞いた時とは別人の様だった。ヴォイスチェンジャーでも使っていたのだろうか?そんな電子的な感じはしなかったのだが。

 声紋鑑定でもしなければ分からなかっただろう。


「これを聞いてください」


 城太郎はスマートウォッチを操作して音声を再生した。


“KFSから総員へ……ザ……いま地上施設に警察が来ている。ザザッ……音を立てるな”


”ザッ…ザッ……こちらDD。作業に遅れが出ている、どこかで作業を継続したい”


”ザッ……KFSからDD。K区画の隔壁を閉めろ。対爆仕様の実験室だ。そこで作業をしろ”


”DD……ザッ……了解”


「あの屋敷で傍受した無線です」


「いつの間に」


「スクランブルがかかっていましたが、神聖同盟でよく使われていた形式で、秘話コードは坑道にいた警備兵の指の動きをみて覚えていました」


「その時計にはそんな機能もあるのか」


「秘話コードを変えられていたら駄目でしたけどね。1日程度では更新されていなかった様です。たぶん地下施設の出入口はあの屋敷には無いのでしょう。敷地の外に偽装されて存在するはずです」


「解析できなければただ何かの電波が飛んでいたというだけで証拠には薄かったな」


 地下で使用するためにあちこちに中継器がおいてあったはずだ。電波だけは頻繁に傍受出来たかもしれない。


「これでも根拠として薄いですけどね。しかし、警察がごり押しすれば令状は出るでしょう。そうすれば岐阜県警が家宅捜索できるかもしれません」


 司法がまともに機能していた昔ならともかく、二十年前の災害後は治安維持のため、警察が司法を無視して強権を発動することも多い。

 大橋警部補のような良識を持った警官はそれを苦々しく思っていて変えようとしている。

  

「しかし、ブラックコアは別としても警察の装備で彼らをとらえられるでしょうか?少し考えなければいけませんね」


 城太郎は顎を引いて黙考しながら岐阜に帰るためにインプレッサを走らせて行った。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 城太郎達が去った後の屋敷。

 有馬雄一郎が窓から外を伺いながら呟いた。


「警察が嗅ぎ付けるのが早すぎる。何者かが情報を流したか」


「人類肥大連合でしょうか?」


 メイドが答える。


「彼らにそれだけの情報収集能力は無いと思っていたのだがな」


「どういたしますか」


「迎えの潜水艦が来るまで時間を稼ぐ。特に荒間城太郎が問題だ。彼をひきつけておかねばならん」


「優秀だとは思いますが個人をそこまで警戒する必要があるのでしょうか?」


「何か切り札を隠し持っているような気がする。勘だがね」


 有馬雄一郎は少し考え込むと指示を出した。


「岐阜市街でナージャ・ジュールベルを暴れさせろ」


「脱出の準備が整ってもナージャが無ければ核物質の搬出ができません」


「現用兵器ではブラックコアを傷つけることは出来ん。損害を無しで陽動をするためには出し惜しみは出来ない。幹線道路を破壊し、地下を通れば撤退する時も引き離せる」


「分かりました。出撃させます」




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