第11話 朔太郎

「この座標が犯人たちの拠点だと?」


「出どころは明かせませんが、信頼できる情報だとは思いますよ」


 岐阜県警の会議室。入り口には「潜入工作員殺人事件」と筆文字で書かれた垂れ幕がかかっている。

 そこで「捜査責任者」とプレートのおかれた席に座る大橋警部補に城太郎は昨日得た情報を報告した。

 他の捜査員はで払っているのか二人きりである。


「それは、君の本業の方からの線かね?」


「……そう考えてもらってかまいません」


「なら私としては信じるしかない。しかし場所がなあ」


「知多半島の……美浜町ですね。これだけ海が近ければ国外へ核物質を運び出すのにも都合がいい」


「管轄が違うからな。情報元を明かせんとなると強制捜査をするのは難しいかもしれんぞ。愛知県警を説得できん。通報があったと連絡すれば聞き込みぐらいはしてもらえるが、令状が無ければ我々が踏み込むことは出来ん」


「聞き込みですか?警戒させるだけですよ?。出来れば油断しているところを一気に制圧すべきです」


「あの犯人達と戦うとなるとSATも投入することになる。いざ完全武装で突入してみたら違っていたでは済まされん。君は私を信じさせるだけの実績を見せているが他県の幹部にはそうではない」


「岐阜県警には今、警察庁が間借りしているのでしょ?命令してもらえばいいじゃないですか」


「生き残りの官僚がわずかに腰かけでいるだけだ。まだ組織の再建は出来ていない。今はそれぞれの県警が好き勝手やっている状態だよ。証拠が固まれば協力したりはするのだがね」


「このまま逃すわけには行きません。横紙破りをしても岐阜県警の方で突入しましょう」


「我々は警察だ。君の古巣とは違う。法律は守らねばならん。何も放っておくとは言っておらん。段取りを踏めと言っているのだ」


「僕一人でも行きますよ」


「一人でか?いくら君でも返り討ちに会うぞ。それに”アレ”は使わせん。最終決定権はわしにあるからな」


「前にも言いましたが、核物質がどう使われるかは想像できるはずです」


「分かっておる。時を待て。まず愛知県警に捜査をして貰う。君がその気になれば無視できるかもしれないが、それくらいの友情は信じさせてくれ」


「……分かりました。待機しています。何かあれば連絡を」


 城太郎は会議室を出て行った。


 それと入れ替わるように杉多巡査部長が入ってきた。


「城太郎君どうしたんです?珍しくカリカリしてたようですけど」


「ん?まあ、ちょっとな。それよりどうした?」


「公安からの情報です。最初は出し渋っていましたが核物質の件を出したら折れましたよ。殺害されたのは城太郎君が言っていた通り人類肥大連合の間諜で決まりです。犯人も神聖同盟の諜報員で裏が取れました。公安も何かやっているということぐらいはつかんでいたようです」


「臼田のりよしの線はどうだ?」


「事務所に問い合わせましたが立花建設とかかわり合いがない。鈴木などという男など知らんの一点張りです。出資自体も帳簿上は関係ないように見えますね。何の根拠もなく名前を使ったとは思えないんですが」


「いつか尻尾を掴んでやる。だが今は消えた諜報員を探す方が先決じゃ」


「そうですね」


「公安も最初から情報をよこしていればもっと早く手が打てたものを……。そうだ。杉多。城太郎君を尾行しろ」


「は?」


「また一人で暴走するかもしれん。それを抑えてくれ」


「えー?仲間を監視するなんて嫌なんですけど」


「彼はコンサルタントだ。警官じゃない」


「本気で言ってます?」


「……いや、口がすぎたな。心にも無いことを言った。彼のためでもあるんだ。下手をすると愛知県警に逮捕されるぞ」


「どういうことです?」



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 杉多が城太郎のインプレッサXVを覆面パトカーで尾行する事約5分。速攻でばれた。

 普段は着ないスーツ姿にマスクやサングラスで顔を隠したりしたものの、面が割れてるのに尾行なんて土台無理な話なのである。


 前方に止まったインプレッサXVから城太郎が降りてこちらに向かってくる。杉多巡査部長は徐行していた覆面パトカーを停車させた。


 城太郎はこんこんとサイドガラスをたたいて尋ねた。


「何やってんです?杉多さん」


「ごほっごほっ。だーれのことかなあ?」


 杉多がわざとらしくとぼける。


「いや、僕、県警の全てのナンバーを覚えているんです。本部を出てすぐに気づきましたよ。大橋警部補の命令ですか?」


「……うん。警部補も親心でやったことなんだ」


「ええ。分かっています。あの人も過保護だな」


「だからおとなしくしていてくれ」


「うーん、分かりました。だから杉多さん。これから、きしめんとか食べに行きません?」


「へ?」



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「……っておいここ例の座標の場所じゃないかっ!!」


「たまたま、旨いきしめん屋に行く途中にこの場所を通りががかっただけですよ」


 杉多巡査部長を自分のインプレッサに拉致ると一時間ほど車を飛ばして知多半島まで来たのだ。覆面パトカーは路駐だ。レッカー移動されないことを祈ろう。


「ああっもう。警部補に怒鳴られる」


「まあまあ、僕も一緒に怒られてあげますから」


「君のせいだろっ」


 座標の場所にはコンクリートで覆われた要塞のような屋敷が立っていた。

 県道からかなり外れたところにある。ここまでくる間に他の建物はなかった。

 道路も舗装こそされていたがいたるところひび割れて保守されている形跡が無い。


 あたりはうっそうと茂った林か丘陵地帯になっている。

 屋敷の裏手は切り立った崖になっていてそこからは海が見えた。


「来る前に見た衛星写真とは違いますね。最近改築したのでしょうか?」


「インターネットのサービスで見れる奴ね。あれ、リアルタイムじゃないしな」


 大手検索サービスが提供している衛星写真では普通の民家が写っていた。


「しかし……早いですね」


 城太郎達より先客がいたようだ。屋敷の前にはパトカーが停まっていた。


「大橋警部補が連絡してくれたんじゃないのか」


「僕が報告してから一時間ちょっとしか経っていませんよ。所轄まで命令が来てるわけがない。110番したわけじゃないんだし……そうだ、匿名で通報して踏み込ませれば良かったかな」


「かんべんしてくれよ。それで何も出なかったら。偽計業務妨害罪で君を逮捕しなくちゃならない」


「冗談ですよ」


「冗談に聞こえないんだよな」


「とりあえず当人達に聞いてみましょうか。まだパトカーの中にいるみたいです。着いたばかりなんですかね」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 城太郎達がインプレッサから降り、近づくとちょうどパトカーから警官が出てくるところだった。

 パトカーには美浜11と書いてある。

 警官はセオリー通り二人組だ。

 白髪交じりの年配者と若い男だ


「こんにちは」


「なんだね君たちは。小学生は学校の時間だぞ」


 年配の方の警官が尋ねてくる。

 スーツ姿の男に子供の組み合わせがこんな辺鄙な所にいるのだ、警官たちが訝しげな視線を向けるのも無理からぬことだった。


「僕は岐阜県警のコンサルタントです。これID。こっちの人は杉多巡査部長、岐阜県警の警官です」


「お、おい」


「杉多さん、警察手帳を見せて」


 しぶしぶ杉多が手帳を見せる。


「そっちの手帳は本物らしいがその子のコンサルタントというのがよくわからん。警官が子供を連れますのは良くないんじゃないか?」


「先輩、その子って例の……」


 若い方の警官が年配者の袖を引く。


「ああ、そういえば……。岐阜県警が子供を雇っている噂は本当だったのか。それでその少年探偵さんが何の用かね?」


「コンサルタントです。我々の追っている殺人事件の容疑者かも知れない人物がここに住んでいるという情報を掴んだのですよ。そちらはどのような要件で?」


 一地方署の警官が隣県の殺人事件を知っているとも思えない。また、事件発生から一日しか経っておらず、事が外国の諜報組織の絡む件なのでマスコミにも情報は出していない。

 だから城太郎は素直に答えた。


「管轄が違うぞ、勝手にかぎまわられちゃ困る。うちの上には許可とってるのか?」


「私は警察に雇われているとはいえ民間人です。民間人が調査をするのに管轄も何も無いでしょう。杉多巡査部長は子供に見える私の身分を証明するためについて来てもらっているだけです」


「屁理屈だな。この件は正式に抗議させてもらうぞ」


「どうぞ。でどうしてここに」


「答える義務はないな」


「ふーん。では”ピーナッツ”の件を公表しても?」


 年配の警官の表情が変わった。


「どこでそれを」


「先輩、それ、何の話です?」


「お前は黙っていろ!!」


「二人で少し話しませんか?」

「……分かった」


 パトカーから離れた場所で年配の警官と話す。杉多と若い警官には聞こえない距離だ。


「なぜ私が関わっていると知った」


「この地域の、ある年齢より上の警官なら大体該当するでしょう」


 嘘である。今【鑑定】の能力で知ったばかりだ。彼のステータスの備考欄に長々と書いてあった。”ピーナッツ”は大規模な汚職に関わるキーワードだ。他にも”啄木機関”なる組織が警察内部にあることも示唆されていた。覚えておこう。と城太郎は思った。


 とりあえず今は神聖同盟をどうにかしなければならないので脅しに利用させてもらう。


「証拠がないぞ」


「存在がマスコミに公表されるだけでも大打撃でしょう。その原因を作ったあなたはしっぽ切りされる」


「つ……」


「別に今、汚職をどうこうしようと言う気はありません。私の仕事は事件を解決することであって事件にもなってないような事は興味がない」


 彼の瞳をじっと見つめる。


「ただ少しこちらのお願いを聞いてほしいだけです」


「何が望みだ」


「ここに来た理由を知りたいのと、聞き込みをするならば同席をしたいのですが」


「密輸品がここに隠されていると言う通報があったんだ。名前を名乗らなかったようだしそのような情報は今まで無かった。だからいたずらの可能性は高いが念のため確認に来たのだ」


「ふうん」


 密輸品。一応間違ってはいない。輸出の方だが。

 表ざたになっていない殺人事件の犯人がいる。というよりはよほど動きやすいだろう。

 通報者はそのあたりも考えていたのだろうか?人類肥大連合の連中が保険でやったことなのか?


「聞き込みの方は……勝手にしろ。わしらは自分の仕事をするだけだ」


「もう一つ」

「まだ何かあるのか?」


「僕たちがここに居たことは上には黙っていてくれませんか?」


「わしら以外の警官はいなかった……それでいいな」


「ありがとうございます」


「小僧、名前はなんていうんだ?」


「荒間 城太郎です」


「城太郎。覚えておくぞ」


「どうも、鈴木 朔太郎さん」


 朔太郎が目を剥いた。名乗っていないのに何故知っていると言った顔だ。

 城太郎はにっこりと笑い返しただけだった。


 パトカーのところに戻ると朔太郎は若い警官になにか話しかけている。少し距離があるので聞き取りづらいが城太郎たちの事を黙っていろと言っているらしい。


 城太郎は小さな声で囁いた。


「杉多さん。いずれ手柄にしていいので今は黙っておいてもらえませんか?」


「……了解」



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