第3話 スラム
アンデッドとして復活したわたくしは息を切らせる事も無く走ることができ(呼吸をしていませんので)、無事警備兵を振り切ることができたのでございます。
そして、ちょっとした広場へとたどり着いていました。
入り口には「公園」と書かれた看板が立ててございました。
翻訳の魔法が瞬時に人類の集合意識から意味を読み解いてくださいます。
なるほど、民が憩いの場とするために国が整備した場所ですか。
グラム王国には無かったものですな。
私有地でなければわたくしのような行く当てのないものが入ってもとがめられないかもしれません。
公園の中には子供たちが遊ぶであろう遊具、そして何かの競技をするであろうグラウンド、その脇には木が植えられ雑草が生えている場所がございました。
そしてその雑草が生えている場所には青色のてかてかした布で貼られたテントが並んでいました。
わたくしはそこに懐かしいにおいを嗅ぎ取りました。
【スラム】の匂いです。
貧乏男爵の三男である私は王都に住んでいた時分、当然仕送りなどなく極わずかな賃料ですむスラム暮らしを余儀なくされていたのでございます。
ここならば当分の宿の代わりになるでしょう。
わたくしはそのテントの群れに近づいて行きました。
こういうところは死も身近にあるもの。家主が死んで空き家になっている物件が一つぐらいあるかもしれません。それを探しましょう。
「あんた、どうしたんだ?」
わたくしの足音に気が付いたのでしょうか?テントの中から一人の老人が顔を出しました。
こんな深夜に起きている人がいるとは思いませんでした。
「武器は持ってないみてえだな。この間の不良じゃないらしい」
こちらをじろじろと品定めします。
なるほど、「武器」ということは以前にここを襲撃した人間がいるということでしょうか?それで夜でも警戒していたのかもしれませんな。
グラム王国でも貴族のボンボンがスラムの住人を戯れに殺す事件が何度もありました。それと似たような事でしょう。
「宿を用意してくれるはずの雇用主が結局雇ってくれませんでねえ。遠くの国から無理やり働かされるために連れてこられたんですが、そういうわけで寝る場所も無い有様で」
嘘は言っておりません。通常使い魔の住居は契約者が用意しなければいけないのです。
「あぁ、そうか、それは災難だったな。それにしてもひっでえ顔だな」
手を見た時にうすうす感ずいてはいましたが、顔の方も相当腐れた肉塊状態なのでしょう。
まあ、元の顔も醜男ではありましたが、ひどいと言われたことはありませんでしたし。どちらかといえば特徴のない顔でした。
「ええ、どうにも生まれつきで」
「うん?”先祖返り”か?」
「先祖返りとは」
「知らないで生きてきたのかよ。それは大変だ」
「源さん。どうしたんだ?例の不良たちか?」
老人の隣のテントから若い男が出てきました。なるほど今話していた老人は源さんというのですか。
二人と薄汚れてひどいにおいがします。まあ、わたくしも腐った匂いがしていますのでお互い様ですが。
「ちがうみてぇだ。なんか寝るとこがなくてここまできたらしい」
「大丈夫なやつなのか?」
「ああ、こっちに危害を加える感じじゃない。この人雇止め(やといどめ)にあったみたいなんだ。そのせいで寮に入れなかったらしい」
「そっか。あんた服は?」
そうでした、皆様には言っておりませんでしたが、わたくしは復活したときから粗末な布をまとわりつけているのみでした。
死亡したときにはそれなりの魔法の付加された服を着ていたのですがね。
「先ほどひどい人にみぐるみをはがされてしまったのです」
「はぁー踏んだり蹴ったりだな。ちょっと待ってろ」
若い男は自分のテントに戻ると、緑色の服を持って出てきました。
「ゴミ捨て場から拾ってきたジャージだ。俺にはサイズが合わなかったからよ。あんたにはちょうどよさそうだ」
「あ、ありがとうございます」
「それにこれ、布のマスク。あんたの顔を見てるとちょっときついからな」
「何から何までありがとうございます。」
死ぬ前から数えてもついぞこんな風に親切にされたことはありませんでした。涙があふれそうになります。アンデッドなんで泣けませんが。
「今度だれか困ってるやつがきたら、そいつに借りを返してやんな。ココはそれで回ってるんだ」
「ということは、しばらくここに御厄介になっても?」
「ああ、ええよ。ここのホームレス村は、来るもの拒まずだ」
答えたのは若い男では無く源さんだった。後で知ったのだがここのまとめ役のようなことをしていたらしい。
「そこのテントが空いてるから使うといいよ。持ち主の川原さんはこの間病気で亡くなっちまったから。救急車で連れていかれてそのまま」
「ありがとうございます。川原さんにも感謝を」
「気にならないのかい?」
「こういう場所ではよくあることでしょう」
「そうか、それがわかってればええ」
源さんは少し眼を細めてこちらを見ました。
「俺は木村源、こっちの若いのは星和也だ」
わたくしは一瞬本名を教えるかどうか悩みましたが、素直に答えることにしました。
「キヤス・オールドリンです」
「なんだ、外人さんか。それにしては日本語がうまいな」
日本?それがこの国ですか。それに顔では判別付かない状態ですか。
「魔法で翻訳ができるのですよ」
今、この社会の魔法への認識が知りたくて話題を振ってみた。
「はぁー。あんた魔法が使えるのかい」
「ええ、多少」
「魔法って言ったらほんのちょっと火をつけたりそよ風を起こしたり、大道芸みたいなもんかと思っていたが通訳にも使えるのかい」
「今でも魔法が使える人がいるのですか?」
「何とか流宗家みたいな、歌舞伎みたいな伝統芸能で国が保護してる人たちがいるけどたいしたことはできないな。何百年も前だともっといろいろできたらしいけど、科学技術が発展してきてからは廃れちまったな。なんせ科学は魔力が無くても火が起こせるからな」
源さんの跡を継いで星さんが答えてくれました。
なるほど、夜道を照らす灯りや精密な建築は科学という物の産物ですか。
「あまり人前では使わないほうがいいみたいですね」
「そうかも知れねえな」
「じゃあ、外国人というのも隠しておいたほうがいいですね。この国で多い苗字はなんですか?」
「山田とか、田中とか、鈴木とかじゃねえか?しらんけど」
「ファミリーネームが前に来るのですね?では山田 奇康(やまだきやす)と名乗りましょうか」
「そうかよろしくな」
「ええ、よろしくお願いいたします」
わたくしは微笑んで言いました。肉のそげ落ちた顔ではうまく表情を作れませんでしたが。
「どうか、――――気安い奇康さんとお呼びください―――――」
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