第4話 工事現場



 東濃鉱山の正面入口には頑丈な錠が掛けられ、人の気配はなく静まり返っていた。

 とても中に入って調査を行える状況ではなかった。


「ご指示の通り日本原子力開発機構に連絡を取って門を開けてもらうよう要請したのですが、担当の人間が帰宅してしまったようで「明日にしてくれ」と言って取り合ってもらえませんでした」


 2台目の車に便乗してきた斉藤巡査がそう報告する。現在18時を過ぎている。


「役所の対応としてはそんなもんか。県庁の分室に乗り込んで無理やりその担当者に連絡を取ってもらいますか?」


 杉多巡査部長が後をついで大橋警部補に問いかける。この場での最高責任者は彼だからだ。


「うーむ。流石に令状も持ってない段階でそこまでは出来んよ。まだ疑いがある。というレベルじゃしのお。」


「それでは向こうの言う通り明日また出直しますか?」


「ふむ」

「あの。よろしいですか?」

「なんじゃね?城太郎くん」


「ウランのある月吉鉱床までは200メートルほど掘らなければいけません。もし犯人たちが秘密裏に採掘したいとしても東濃鉱山の坑道を使いたいはずです。ちょうど都合のいいことに採掘は停止している上に閉山作業は来月からで今は鉱山に入る人もいません」


「そうじゃね」


「ただ、地表の鉱山施設を使おうとするとは思えません。鉱山の職員が立ち寄るかもしれませんし目撃される可能性も高いでしょう。」

「うむ」


「どこか近くで横穴を掘っているのではないでしょうか?」

「なるほど。君の推測である『犯人たちがウランを欲している』というのが正しければそうだろうな」


 横穴の事は大橋警部補が思いつかなかったわけではなく、今いち城太郎の推論を信じきれていないため、それを前提にした思考をしなかったためだ。

 大橋警部補は確実な証拠がなければ積極的な行動に出ない傾向がある。

 ただ、人命に関わる緊急避難的な場合には躊躇することのない人物ではある。


「この辺りを少し見回ってみるか」

「鉱山の周りを車で道路沿いに調べる。斉藤と杉多はコンビを組め。私と城太郎くんで明星町方面から回るからお前たちは逆回りだ」


「「了解」」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 インプレッサに乗った二人は鉱山の方へ注意を向けつつも道なりに車を進めていく。城太郎は運転に専念して助手席から大橋警部補が外を注意深く見つめる。


「今の所特に変わった様子はないな」

「何か灯りのような物は見えませんか?」


「見えないな」

「今は作業をしていないだけかもしれません」


「やはり君の思い違いじゃないのかね?」

「絶対とは口が裂けても言えませんが、確度が高い推論とは思っています」


「わかった。明日明るくなってからもう一度調べてみよう。それでなければ別の角度から捜査をやりなす。それで良いな?」

「……分かりました」


 そんなやり取りをした直後だった。

”岐阜412から岐阜514、岐阜412から岐阜512応答願います。どうぞ”


 インプレッサ車内に特別に付けられた警察無線に連絡が入る。

 この車は城太郎の私物だが、警察とコンサルタントの契約を結んだ後に無線機とコールサインを与えられている。

 コールサインは岐阜512。発信元の岐阜412は杉多巡査部長の覆面パトカーだ。


「了解、岐阜412、こちら岐阜514どうした?どうぞ」


 大橋警部補が無線を取って返信する。


”了解、岐阜514、こちら岐阜412、東濃鉱山から山を挟んで反対側、東洞川の方です。工事現場を発見、現在もそこは稼働中。忙しそうに作業をしています。ここまで来るまでに他は特に怪しい物は発見できませんでした。一応確認のためにこちらに来ていただけませんか?どうぞ”


「了解、岐阜412、こちら岐阜514、すぐに向かう。それと何の工事をしているか分かるか?どうぞ」


”了解、岐阜514、こちら岐阜412、フェンスで囲われて中をうかがい知ることが出来ません。標識には土壌改良工事と書かれています。中を見せてもらえるように交渉しておきますがよろしいですね?どうぞ”


「了解、岐阜412、こちら岐阜514、たのむ。以上」


 連絡を終了させ大橋警部補は無線のマイクを置く。


「この時間まで工事ですか。気になりますね」

「工期が押してるとかそんなんかもしれんじゃろ。一応確認にいくぞい」

「了解こちらは何も見つかっていませんしね」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 程なくして城太郎たちは現場に到着した。

 件の工事現場は太陽灯らしき強烈な光源がフェンスの隙間から漏れ出している。

 中ではなきか大きな重機の音と運搬車らしきエンジン音が聞こえてくる。

 搬出口らしき工事用ビニールカーテンの前では杉田巡査部長と工事関係者だろう作業服の男が言い争っていた。


「どうかしたか?」

「ああ、警部補。お疲れ様です。城太郎くんも」

「ええ。お疲れ様です」


 杉多巡査部長の後ろで控えていた斉藤巡査が城太郎達に気がついてくれた。


「ここの現場主任の方が中を見せてくれないんですよ。警察手帳を見せてお願いしているのですが」

「そうか。私が話をしてみよう」


 そう言うと大橋警部補は、罵声を浴びせあうほどヒートアップしているわけでは無いが、苛立たしげに交渉している二人の元へ歩いていった。


「いやいや、部下が失礼しました。私が捜査責任者の大橋警部補です」

「警部補」


 杉多警部補はどこかホッとした感じだ。


「あんたがこの人の上司?」

「ええ、こちらが警察手帳。ご確認ください」

「ふーん岐阜県警の大橋警部補ね」


 大橋警部補は杉多巡査部長の方を向くと小声で囁いた。


「杉多巡査部長、ここからは私が交渉してみよう」

「了解です。私は下がっています」

「悪いね」


「いえ」


 短いやり取りの後、工事関係者へ向き直る。


「えー、あなたがこちらの現場の責任者さん?」

「ええ。立花建設の鈴木と申します」

「失礼ですが日本人でよろしいのですかね?」


 よく見ればその工事責任者は彫りの深い顔立ちをしていた。一見してモンゴロイドには見えない。


「はい。れっきとした日本人ですよ。祖父が中東の方の出身なんです」

「そうですか。変なことを聞いて申し訳ありません」

「いいえ。慣れていますから」


「ここは何の工事をされているのですかな?」

「そこの看板にも書いてありますが崖崩れの防止柵の設置工事です。ここの場所で土砂崩れが有りましてね。この間の大雨で。そんな事を聞きに来たんですか?」


「じゃあ本題に入らせていただこうかな。実はここから5キロほど離れた地点でですね、殺人事件がありましてね。聞き込みをしているのですよ」


「それはそちらの刑事さんから聞きました。彼の言った「浅田次郎」という名前にも聞き覚えはありません。そもそも殺人事件とうちの工事現場とどのような関係があるのです?」


「被害者の衣服に放射性物質の粒子が付着していたのですよ。それで東濃鉱山の周辺を捜査しているところでして……」


 放射性物質という言葉のところで鈴木の眉がピクリと動く。それを大橋警部補は見逃さなかった。

 鈴木はふんっと鼻を鳴らして笑う。

 

「こんなところからそんなものが出るわけが無いでしょう。鉱山の方は調べたのですか?」

「行政法人の担当者が不在でしてね。勿論そちらも調べます」


「ではそちらの方をお調べください」

「僅かな疑念も潰していくのが警察の仕事でしてね。ご不快とは思いますがこちらの現場の方を確認させてもらってもよろしいですかね?」


「申し訳ありませんがお断りさせていただきます。これもさっきの刑事さんに言いました」

「理由をお聞きしても?」


「工期が大幅に遅れているのです。刑事さんの相手をしているような暇は無いのですよ。今こうして話している時間ももったいないぐらいなんですよ」

「ほんの短時間ですから、お手間は取らせません」


「令状はお持ちなんですか?」

「いえ、持ってきてはいません。ですが【市民】として警察にご協力いただけませんかね?」


 大橋警部補は少し威圧的な雰囲気を出しながら詰め寄る。任意の事情聴取は断る権利があるが実際断るとどうなるか……といった場合と似た感じだ。


「令状が無いならお引き取りください」


 しかし鈴木は臆する事なく拒絶する。

「では次は令状を持ってきましょう」


「果たして本当に令状が降りるのですかね。お聞きする限りここを調べる根拠は薄いと思いますが」

「その根拠探すのが我々の仕事です」


 そうすると突然、鈴木は表情を変える。冷酷な表情で薄ら笑いをしながらどすの利いた声で恫喝する。


「おいおい、この工事は国会議員の「臼田のりよし」先生の肝いりの工事なんだ。警察としても衆議院議員さんを敵に回したらすんなり行かねえのは知ってるだろ?」

「脅迫かね?公務執行妨害でこの場で逮捕しても良いんだぞ」


「やってみなよ。輝きの党の幹事長はあんた達全員を左遷するぐらいの権力はあるんだぜ」


 (大物の名前が出てきたな)

 大橋警部補の後方で話を聞きながら城太郎は頭の中でひとりごちた。臼田のりよしとは以前見せられた機密文書に何度か出てきた名前だ。

 いくつかの事件に関わっていながら本人は全くしっぽを掴ませない。


「良いか?この辺をあんたらがウロチョロするようなら臼田先生の方から県警に正式にクレームが行く。それは覚悟しておけ」


 大橋警部補と鈴木が睨み合う。剣呑な雰囲気が周りに満ちた。


「大橋警部補」

 

 城太郎が声を掛ける。振り向いた大橋警部補に潮時だとアイコンタクトを送る。

 警部補の方も城太郎の意を察したのか小さくうなずく。


「わかったわかった。今日のところは帰らせてもらう。この辺りもしばらくは捜査しない。それで良いな」


「ああ、わかれば良いんだ」

「みんな、撤収だ」


 大橋警部補の号令を合図に城太郎たちはその場を後にした。



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